飛び込んで来た美しい鳥[完]

ちょうど

門の近くおりましたので

「おはようございます。

如何されましたか?」


と、お約束も伝言もない

早朝の訪問客の訳有りげな

様子に、小首を傾げながら尋ねる


お爺さんとお婆さんが

何やら困り果てた様子で

「おはようございます。

朝早くから、

申し訳ないですけんど…」


え?

ほんとに?

この状況、まるで日本昔ばなしで

常田富士男さん市原悦子さんが

語って下さる様な…

なんとまぁ

贅沢なシチュエーションです


お婆さんは、両手で何やら大事そうに

風呂敷包みを抱えられ

お爺さんの方は

落ち着かない様子で庭園内を

見回していらっしゃいます


お話しが長引きそうでしたので

作務衣のポケットに入れてある

携帯で時間を確かめます


お二人の足元に

注意を向けながら

腰掛け待合にお誘いし


そこで温かいお茶など

ご一緒に頂きながら

お話し伺いましょうと

お声をかける


先程から、

お婆さんを労るお爺さんの

優しそうな柔らかい手が

お婆さんと一緒になって

そのすみれ色の風呂敷包みを

支えて、


私はそんな温かな場面を


ただただ、

お話しが始まるのを

微笑みながら

お待ちしていました


このお宿は

山道という程の急勾配では

ないが、少し川上に位置し


お爺さんお婆さんの

呼吸も荒く

お車ではなかった様で


多分、民家のあるかなり

距離のある川下より

登って来られたのでしょう


先程より

フロントの子が

邪魔にならない様にと

茶と菓子、それと

ふわふわのひざ掛けを

静かに置いて行ってくれました


静かで穏やかな時間です


頂き物の羊羹と緑茶を

おすすめし、ひざ掛けを

お二人にお掛けして

私も、大好きな緑茶を含み

お二人に今一度

如何されましたか?と尋ねる


真っ白の頭をさすりながら

お爺さんが、訥々と話し始められ


2、3日前の大雨の後

自宅のガラス窓にすごい勢いで

鳥がぶち当たって

脳震盪を起こし


瀕死の状態だったので

温めたり、水を上げたり

揺すったり、さすったり

砂糖水あげたり


よく見ると、まぁ綺麗な鳥で


ちょうど、夏休みに

孫が残して行った

鳥の図鑑があったので

何度も何度も

照らし合わせてみると

まぁ、貴重な鳥だと分かって


どうしよう

インコか何かで

鳥かごから飛び出して

迷っちまったんだろう

位に、思ったんだけど


形や色、くちばしの特徴等から

とても貴重な野鳥だと知った。


それで、少し元気になったら

この辺りでこの鳥が

気持ちよく飛んで

家族の元に帰れる所は?


と、婆さんと二人で

話し合って、ここの旅館に

お願いするのが一番良かろう


と、

ここらの水は綺麗だし

静かで、餌も沢山ありそうだ


どうか、ここいらで

離してもらえないか…


こういうお話しだった


やはり…

青い鳥を助けた

爺さん婆さんの昔ばなし、だわ


なんだか

話されるお爺さんの

温かく飾らない口調に

聞き入りながら


またまた、迂闊にも

涙が溢れ…

「そうでしたか、

とても良い事をなされましたね」



…て

何様目線…?


だって

他に言葉が見つからなくて


お婆さんが、少し曲がった

優しくて柔らかそうな

両手を添え

持って来た風呂敷包みの中の

貝合わせにしたザルを

そっと見せてくれました。


使い古し、ところどころ

劣化して、かけたそのザルが

お爺さんとお婆さんの

温かで優しい時間を

共に過ごして来られた歴史を


垣間見ている様で


なんて素敵で

爽やかな朝でしょう


ザルは少し

黄ばんではいるものの

柔らかくふわふわの

真綿に包まれて

鎮座している青い鳥


深いため息が出るほどの

美しく可愛らしい小鳥


お茶を飲み干し、

ざるを受け取り

では、元気になった小鳥さんを

離してあげましょうかと、お声をかけ


「さぁ、美味しいご飯を

沢山食べて、またいつか

戻っておいでね」


蓋になっているザルを

静かに開け


飛び立つのを三人で

静かに

固唾を呑んで、待ちました。


鳥は、一瞬たじろぎ

その後、見逃してしまうほど

早く、舞い上がり

その美しいオレンジ色の内側と

鮮やかな

エメラルドグリーンの濃淡の

背中を交互に、羽ばたきます。


飛ぶ姿をこんなに近くで

見たのは、私も初めてです。


お爺さんお婆さん

こんなに元気になったよ


と、見せてくれている様な


その後、何度も何度も

敷地内を舞い

木陰から、川面から、

岩陰から、チラチラと

その宝石の様な美しい羽を

広げて…見え隠れし


チーチーと、

甲高く、澄んだ鳴き声が

遠くに遠くに

やがて

聞こえなくなり

いつもの静寂が戻り


ふっ

と、我に戻った頃には

三人とも目をうるませていました


ほんの一瞬の出来事でしたが

言葉では言い表せない

永遠に続きそうな感動で

しばらく、次の言葉は

出ませんでした


やっぱり、幸せの青い鳥

お爺さんとお婆さんに

助けられる、日本昔ばなし


だったんじゃない…


カワセミの特徴

光の具合で色の変わるエメラルドグリーンが美しい川辺の野鳥。頭から尾にかけて背面が鮮やかな青緑色をしている。この美しい色は色素によるものではなく構造色といわれるもので、羽毛の表面の細かな構造に光が当たる際に複雑に反射することで、人間の目に様々な青を見せている。
耳羽と喉が白く、腹は明るい褐色をしている。足は赤い。魚を捕まえるための嘴が長いのも特徴的だ。幼鳥はやや褪せた黒っぽい色をしている。瞬膜をもち、水中にダイブする際に目が覆われる。

漢字では「翡翠」と書き、この美しい色を指して「渓流の宝石」などと呼ばれてきた。清流にだけいるというわけではなく、エサ等の条件が揃っていれば街中の小川でも見られる。


※目に見える生き物図鑑様参照

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る