第8話 恐ろしい想像
麻衣子も入院して2カ月も過ぎ、みちるとぶつかることもあるようになってきていた。みちるは新規の入院患者にすぐにまとわりつき、いろんな物を奪う。
麻衣子はその邪魔をしたり、時には
「もういい加減にしないと、看護師に言うよ!」
と制したり、みちるはそれが嫌で麻衣子の事を悪く言いふらしたりしていた。
麻衣子はまだみちると出会い立ての時、みちるから色々身の上話を聞いていた。
みちるはいつもそうやって、同情を引くことと、私のバックには右翼がいるのよ、とマウントを取ろうとして身の上話をみんなに聞かせる。
中でも一番、麻衣子が引っかかっていたのは、母親の話だった。
よーく思い出しながら、時系列で考えたり、言葉の端々の濁り具合とか......母親の事で何かがしっくりと来ない。
母は美人で、スナックを一人でしている。
一緒に住んでいた頃、男の人を色々変えて家へ連れてくる。
自分が10代の頃、母に捨てられた。
今は付き合いもないが、住んでいた家は変わっていない......
でも今となって母親を怨む気持ちはない。母親が美人だったから、私も綺麗になった。でも......母親の彼氏からいたずらされたのは怨んでいる。
どんなに本当の事を言っても、母親は信じてくれなかった......
この母の彼氏とのことから先は聞いたことがなかった。
何かあるのではと、麻衣子は思ってはいたが。
ある夜、また長い廊下の先からみちるのヒソヒソ声が聞こえた。もう慣れてしまった麻衣子は気にせず真っ暗なテレビコーナーの長椅子で横になった。時刻は午前0時を過ぎたばかり。病室ではいびきのうるさい患者がいて、眠れなかった。
ウトウトしていると、巡回の看護師に体を揺らされ起こされた。
「お部屋に戻って寝なさい」
トイレに行ってから部屋に戻ろうとすると、男性患者の個室から、みちるが唇を拭きながら出てきた所に出くわした。
『やばいっ!』という様に一度目が合ったが、みちるは自分の個室に慌てて入って行った。
『別に知ってるのに......』と思いながら麻衣子は追加眠剤をもらってから寝た。
翌日、みちるは自室に籠り出てこなかった。
そして翌々日は我慢できず個室から出てきていた。
「やばいよ、見つかると......隔離だよ」
と麻衣子は、みちるにこそっと言った。
するとみちるは、思いもかけないことを言った。
「誰かに言ったら殺すから」
「私は母親も殺したんだから、なめないでよ、あの女の男を寝取ったわ。復習よ、私を捨てた......」
本気で言っているのか、嘘なのか見当がつかなかった。
でもありえない事でもなく......
みちるが15~20歳の間に母親に縁を切られた。
26歳ころに長女を出産。その後1年も経たずに長女が施設へ。その15~20歳の時に母の彼氏とみちるは関係を持っている。それを知ったのも、みちるを見捨てた原因にもなった。母親の彼氏とみちるはどちらから誘ったのかははっきりしていなかったが。
みちるが母を殺したと言った時期は長女を出産した後の事だ。
施設側からみちるの母親に連絡が行ったはずだから。
またみちるは麻衣子の耳元で
「母は私の子を引き取らなかったし、私が一時退院した時に家に行ったら、今度は若くてかっこいい彼氏がいたから......寝取ってやったの」
その時の音声を録音して母に聞かせたと言う。
「母は狂ったように怒って、私を何度も何度も殴ったの。そんなくだらない女だった」
「そうしたら、二度も娘に彼氏を寝取られて、頭がおかしくなったのね」
と、すごく嬉しそうに言った。
「私が手を下さなくても、勝手に死んだのよ」
「だって、私のほうが若くて綺麗だもの、しょうがないわよって、優しく教えてあげたわ。あの世へのお土産にね」
でも彼女はたくましく生きていても、細やかな計画は立てられない。
みちるは嫌われているようで、みんなが心配している一面もあったから。
そんな不思議な一面もある女だった。
それに結果的にそうなったのだとしても、計画的にそんなことが出来るほど賢くもない。
多分、麻衣子を怖がらせるために結果、母親が亡くなったのを自分が自殺に追いやったと、言っているだけだと思う。だからどこまで本当でどこからが嘘かはみちる以外に誰も分からないのだ。
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