第7話 生きる術
入院歴が長い事と、生きる術が巧みなのは比例している。
入院中は色々な行動制限や、金銭についても制限される。外部との連絡も電話すら禁じられている患者もいるし、制限が多いほどどうやってこっそり制限を破れるか......考える時間だけはいっぱいあるので、何とか看護師たちの目を誤魔化すか考えるのだ。
みちるはお金も売店での買い物も、外部との電話連絡も厳しく管理されていた。
ある日、麻衣子が自宅へ電話しようと、病棟にある1台だけの公衆電話を使おうとしていると、みちるが走り寄ってきた。
「麻衣子ねぇちゃん、この番号に電話してCDと新しい服とお菓子とか送って、って伝えて!」
麻衣子はその時は意味も分からず、言う通りに電話した。
電話口には若くない男性の声。
「分かりました」
と言われたので、すぐに電話を切った。
後で分かったのは、その男性は70歳くらいの、元入院患者で、会社経営をしていた。いわゆる入院中の時の、みちるの口のお客様だった。
その男性が退院してからは、もう完全にみちるのスポンサーだったようだ。
後日、みちるがお願いした通りに、大きな段ボールが届いたが、みちるには少しずつ支給された。食べ物を一度に渡すと、いっぺんに食べてしまうので、糖尿病のみちるには中々渡されない。
みちるはそんなこと百も承知なので、ほかの患者に、
「今度、お菓子渡すから、今その分を私に頂戴!お願~い!」
とまた、猫なで声でいくつもの病室を回る。ちゃんと看護師に見られないように。
そしてお金の制限を何とか誤魔化すために、夜の活動をする。
メニューによってだが、基本は1,000~5,000円。本番は時間がかかって、看護師の巡回の時が危険なので、よっぽどじゃないとしない。
手持ちのお金の少ない人は分割払いまでしていた。
みちるの生きてく術は、そんな感じだった。
水商売でスナックで3軒ほど働いたことがあるのが、みちるの自慢。
どうして自慢なのか分からないけれど。
母親もスナックを営んでいるらしかった。でも母親に捨てられたのが10代後半だとみちるが言っていた。
みちるのことが手に負えなかったらしく、精神科病院に入院させたあと、連絡を断ったようだ。そう思うとみちるも可哀そうに思う。
そこから一人で生きるには、自分なりの知恵で生きていくしかない。その母親は今どうしているのだろう。
みちるは、男性患者には奉仕、女性患者からはカツアゲ、看護師と医師には取り入るのに必死だ。
精神疾患患者と家族の関係は難しい。
親と連絡を取っていない人も何人もいる。
面会に家族が来てくれても、話は平行線でどちらかが暴れたり、怒って帰ったり。
患者も相手の気持ちが考えられないなど家族ももうウンザリしていたり。
たまに本当に子供が憎いとか思い、病気のことすら理解しようともせず、病気のことを学ぶ気もない家族や。
子供だけが親を許さず、親だけに暴力を振るったり......
色んなパターンがあるのだ。
みちるは毎日朝早くから、何通か手紙を書いている。
その日の出番の看護師の表を確認して、看護師宛に
『カッコイイ!』『優しい!』『感謝してます!』などの言葉をちりばめたラブレターだ。この閉鎖病棟は急に暴れる患者が多いので、男性の看護師が大半を占める。
押さえつけるのに、やはり男性看護師のほうが都合が良いからだ。
しかも、若くイケメン看護師が多かった。
みちるは、ちゃんと考えていて、かっこいい看護師には勿論、人気のない目立たない看護師もちゃんと押さえていた。
イケメン看護師達は殆どラブレターを読まずに、シュレッダーへかける。地味な看護師はそっとポケットにしまっていた。
唯は朝早起きだったので、ずっとそんなやり取りの様子を見て、麻衣子に逐一話していた。何か可笑しくなって、麻衣子と唯は笑っていた。
たくさんの患者たちの中には、もう十年以上この閉鎖病棟にだけ居る患者さんも多い。ある男性患者は、歳は40代半ばで、食後の薬の量は半端ないくらい掌にてんこ盛り。でもそのおかげで昔のように暴れなくなったり。
ある30代の男性患者は天涯孤独で、いつも公衆電話からあらゆる弁護士事務所へ電話している。
退院したいから、手続きを求めるためだ。
病院ではいい子にしていても、あの状態の精神疾患で一人でアパート暮らしは、本当に危険だ。ちゃんと一日の薬を服用するとか、ちゃんと約束が守られるかが不安だからだ。
麻衣子と唯とじゅんちゃんが、会話を楽しんでいるところに来て、
「来週弁護士に見せる文章だけど、これでいいかな?見て欲しいんだけど」
彼、
じゅんちゃんが適格なアドバイスをすると、
「分かった、ありがとう!」
と、にっこり笑った千歳。本当に症状が良くなって、なんか嬉しく感じた。
「千歳もうまくいくといいけどね。退院はちょっと無理だろうね」
千歳は弁護士だけが頼りだが、そのあと3年経っても退院できなかったようだ。
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