第9話 私を知って

 みちるは父親の記憶がなく、母との確執があった。

でも親との確執がある患者は結構多い。

やはり常人には、精神疾患を患っているひとを中々分かってもらえない。その摩擦から、余計に入院が長引いたり、家族との関係が悪いことで病状が尚更安定しなかったり......。

とても難しい問題だ。


 しかも両親や兄弟がいない場合、いつまで入院しなければいけないのか判断も付きづらく、長期入院している人も多い。


 患者の哲さんは60歳くらいだが家族がみんな亡くなっていて、もう20年以上入院している。普段は穏やかだが、カチンとくると暴言を吐きまくり、反省しても許可が出るまで病棟から出れなくなったりしていた。

麻衣子はなんやかんや言っても哲さんと仲良しだった。

同じ病院に入院しているけど、病棟が違うのでちゃんと84円切手を貼って、哲さんは手紙をよくくれた。


 もう退院する可能性は殆どないのに

『ハワイに一緒に行きましょう』

『社交ダンスを一緒にしたいので、私を連れ出して下さい』

とか。どこまで本気で、どこまで実現すると思っているのだろうと思うと、可哀想過ぎて泣けてきた。

「私は家長として、○○家の当主らしく生きています!」

というのが口癖だった。

多分せめて家族が生きていてくれたら、グループホームに行けたかもしれない。


 哲さんは口の悪い人が嫌いで、みちるのことも大嫌いだった。

話しかけられると

『うっせー、ブス!コノヤロー!』

と罵っていた。


 精神疾患患者については、家族でも本当によく勉強しないと分からない。

すごくパターンが多くあって。

家族が理解しようとしてくれると、本人もとても安心できるし病状も良くなると思う。


 医師ですら病名を決めるまで迷うことも多い。

だから薬も色々と少しずつ変えて、どれが合うのか試行錯誤しなければいけなかったりする。


 例えば『うつ病』と『双極性障害』との違いとか。

ちょっとした違いで薬は全然違う。

それを家族が理解しようなんて難しいけど。

ただ、信じられる主治医の指導に従うしかない。


 主治医の判断で病名が決定し、それに従って薬が決まってくる。

だから麻衣子は他の入院患者の飲む薬で大体、何の病気か判断していた。

統合失調症、双極性障害Ⅰ型、双極性障害Ⅱ型、自閉症スペクトラム障害、発達障害、適応障害、不安障害などなど。

行動、言動、薬......で

『この人は多分○○○○という疾患だな』

という風に。でも麻衣子も医師ではないので経験上の素人判断だ。


 麻衣子は双極性障害Ⅱ型。唯はうつ病。

じゅんちゃんは自閉症スペクトラム障害。外見では全く分からない。賢く、美人で、スタイルもいいのだが、一度タガが外れるともう誰にも止められないほど、マシンガントークになってしまい、相手は疲れ果てる。

大人しめの自閉症スペクトラム障害の男性も

『両親と兄弟の前で、ゆっくり端的に話さないと、退院させてもらえないから落ち着いてね』

と、何度も言い続けるが、話し出すと止まらなくなり、また弟に殴られていた。

看護師達が弟を押さえつけて説得するも、何も変化のないまま両親と兄弟達は帰って行った。

『本当にお前はダメな奴だな!』

と、弟は吐き捨てて。


 本人にはどうしようもなく、何がダメかも分からないから進展しない。

病気なのだから......としか言いようがないのだ。

杉の山心身病院に彼が来たのは、弟にボコボコにされ、顔が二倍くらいに腫れあがっていた。たしか名前は和樹と言ったと思う。


 こちらに入院するまでは発達障害と言われていたらしかった。

やっと自閉症スペクトラム障害と新たに判断され、それに合った薬を処方された。

歳は31歳。今まではお店で調理を担当していたらしかった。

ちゃんと寮で一人暮らししていた。

両親から

『自宅のある市内には住まないで!』

と、きつく言われていたのが可哀そうだったが。


 麻衣子がよく思う事は、精神疾患のある人には絶対、家族の理解が必要だと思う。

ただ、とても難しい事であるのはわかる。

でも病気についての本を読むとか、ネットで色々調べてくれると嬉しい。

みんな自分のことを知って欲しいのだ。

ただし、親しくない人には、あまり覗かれたくないこともあるが。

大切な人達には、共感してもらったり、理解して欲しいと思うものだ。


麻衣子自身も、両親から

『精神科なんかに入院して......世間様に恥ずかしい』

と言ってお見舞いや面会に来たことは一度も無かった。

でも両親の気持ちも理解できる。


 でも、私たちは『』ではないのだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る