変化とは、常に勇気を必要とするもの。――6

『ギャギャッ!』


 岩陰から現れた俺を、ゴブリンの濁った目が捉える。


 現れた獲物にゴブリンがニタリと醜悪しゅうあくに笑い、闘争心を高めるようにブンブンと棍棒を振り――


『ギャギャギャギャッ!!』


 猛然もうぜんとこちらに突っ込んできた。


 さあ、勝負開始だ!


 俺は素早くストレージを開き、二枚のカードを実体化させて、使用する。


「『魔力ブースト』、発動!」


 カードには、味方となるモンスターを召喚する『クリーチャータイプ』、魔法効果を発揮する『ソーサリータイプ』、アイテムを生成する『アイテムタイプ』の三タイプが存在する。


 魔力ブーストはそのうちのひとつ、ソーサリータイプのカードだ。




・魔力ブースト

 カードタイプ:ソーサリー

 消費MP:10

 効果:MPを50得る。このMPはカードを発動させるためにしか使えない。




 使用した二枚のカードが消滅し、青白い光りが俺を包む。


 ウィンドウに目をやってステータスを確認すると、俺のMPは180になっていた。20消費した代わりに100増えて、差し引きえで80のMPを得たかたちだ。


 ちなみに、HPとMPを得るさい、上限値以上の数値になった場合は超過分ちょうかぶんだけ上限値が伸びる。この仕様しようのおかげで、魔力ブーストを用いれば、俺のお粗末そまつなステータスでも、戦うに足るだけのMPが手に入るわけだ。


 まあ、カードの効果は戦闘が終わると消えるから、得たMPを次の戦闘まで持ち越すことはできないんだけどね。


 戦うためのMPを得た俺は、続けざまにカードを使用する。


「『リッチの秘宝』、生成!」


 手のひらの上に、野球のボールくらいある、暗紫色あんししょくの宝球が生まれた。




・リッチの秘宝

 カードタイプ:アイテム

 消費MP:50

 効果:クリーチャーを生けにえささげることでMPを5得る。




 リッチの秘宝は変則的へんそくてきなMP獲得アイテム。MPを得られるのはいいが、一回ごとにクリーチャーを生け贄に捧げなくてはならない。


 クリーチャーの召喚しょうかんにはMPがかかるし、大抵5以上のMPがかかる。つまり、リッチの秘宝を普通に使った場合、MPは差し引きでマイナスになってしまうのだ。これでは役立ちそうにない。


 だが、今回の戦闘では、このリッチの秘宝がキーカードとなる。


 俺がカードを使用するあいだに、ゴブリンは着実に距離を詰めてきていた。肉迫にくはくされたら流石さすがにマズい。一方的にやられてしまうだろう。


 それでも俺の頭は冷えていた。勝利への道筋みちすじもしっかりと見えている。ルーティンの効果はてきめんだ。


 焦ることも慌てることもなく、俺は四枚のカードを実体化させた。同じ名前のカードなので、使用可能上限数だ。


 四枚のカードをかかげるようにして、使用する。


「『マナウィスプ』、召喚!」


 ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ、と軽い音を連続させて、人間の頭くらいのサイズをした、青白い火の玉が、四体現れた。




・マナウィスプ

 カードタイプ:クリーチャー

 消費MP:10


【ステータス】

 HP:15/15

 MP:12/12

 攻撃力:2

 防御力:2

 魔法力:6

 魔法耐性:5

 敏捷性:3

 精密性:3


【スキル】

 魔力解法:自身が戦闘不能になったとき、使役者のMPを5回復させる。




 マナウィスプのステータスは、最弱レベルの探索者こと俺のステータスよりもずっと低い。Eランクモンスターのゴブリンにさえ、まったく歯が立たないだろう。


 しかし、俺にマナウィスプを戦わせるつもりはない。マナウィスプは、あくまでもコンボパーツのひとつだ。


 進路をふさぐように現れたマナウィスプに、ゴブリンの注意が向く。


『ギャギャアッ!』


 ゴブリンが棍棒を振りかぶり、一体のマナウィスプ目がけて振り下ろした。マナウィスプのステータスでは一撃で戦闘不能になるだろう。


 そんなことはわかっている。わかりきっている。


 わかりきっていながら、俺はあえて、ゴブリンにマナウィスプを狙わせたのだ。


「発動しろ、リッチの秘宝!」


 ゴブリンの棍棒がマナウィスプに叩き込まれる寸前、俺はリッチの秘宝を使用した。


 ゴブリンに狙われていたマナウィスプが、暗紫色の光に包まれて消滅する。


『ギャギャッ!?』


 マナウィスプが消滅したことで攻撃が空振からぶりに終わり、ゴブリンが戸惑とまどったように目をいた。


 味方のモンスターが負けるとわかっていながら、こちらを攻撃しているモンスターに対し、防御するためにぶつける戦術。カードゲームの世界では、この戦術を『チャンプブロック』と呼ぶ。


 ようするに、味方モンスターを使い捨ての壁にする戦術だ。


 俺がマナウィスプにさせたのもチャンプブロック。負けるとわかっていながら、ゴブリンの足止めに用いたのだ。


 ここでミソになるのが、マナウィスプのスキル『魔力解法』だ。


 マナウィスプが戦闘不能になったことで、俺は5のMPを得た。さらに、リッチの秘宝で生け贄に捧げたことによって、追加で5。


 合計で10のMPを獲得。マナウィスプを召喚する際に消費したMPと、ちょうど同じあたいになる。


 マナウィスプをチャンプブロックに用いたのち、リッチの秘宝で生け贄に捧げることで、MPを(実質的に)消費することなく時間稼ぎしたわけだ。

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