武勲

長万部 三郎太

その名を残す

21世紀末、ピコプロセッサの画像処理技術は、もはや肉眼と何ら変わらない映像をコンタクトレンズに投影することに成功したのだ。


この技術を用いた『XR分野』はすっかり一大娯楽産業となり、旅行に出かけずとも世界を、いや時間の概念さえも意識を飛ばすことができる。人々は皆、網膜に映る仮想現実に魅入られてしまった。



かねてより武士道に想いを馳せていたわたしは、この度念願の戦国の世界へと旅立つこととなった。

乱世のなかで武勲を立て、歴史にその名を残す! それがわたしの野望だ。



アトラクションに入場したわたしは係員の指示に従い、コンタクトを付けてベッドに横になる。それからしばらくの瞑想。



どれくらい眠ったのか。

はっと目が覚ますと野営地にいた。ここが合戦の虎口前であろうか?

足軽を始めとする雑兵が所狭しと駆け回っている……。


わたしは自分の手足に目をやると、他の兵士たちよりも上等な物を身につけているようだ。次に頭に手をやった。小さいながらも兜には立物が据えてある。


「キャラクターメイキングで設定したとおり、多少は位が高い武士のようだ」


安心したわたしは、急に尿意を催しトイレならぬ厠を探した。


しかし多くの兵が行き来する混雑した野営地でそれを見つけることはできず、仕方なく陣を離れたところで下衣を脱ぐと用を足した。


その刹那、太ももに熱いものが垂れた気がした。


「しまった、漏らしたか」


前垂れをどかすと下衣が鮮血に染まっていた。


漏らしたのではない、斬られたのだ。


「名のある武将とお見受けするが、小便のために陣を離れるとは迂闊この上なし」


背後から声をかけられた直後、振り返る余裕もなくわたしの意識はそこで途絶えた。



わたしが再び目を覚ますと、ベッドの上にいた。


「まだ動かないでください。あなたは『戦国体験ツアー』を終えたばかりです。

 プログラムの終了までそのままお待ちください」


係員らしき人がわたしを制する。


わたしはベッドに横たわったまま軽く体を動かし、四肢が無事であることを確認するとこう申し出た。


「もう大丈夫です、落ち着きました。それよりトイレに行かせてください」


仮想現実空間でお漏らしをせずに済んだわたしは、施設内のトイレに駆け込んだ。

そしてさっきと同じようにズボンを脱ごうとしたが様子がおかしい。


元の世界ではジーンズを履いているはずなのに、また下衣を身につけているのだ。

これは夢の続きか幻か。するとこの後は背後から斬られるはず……!


わたしは慌てて振り返ると傍に立てかけてあった刀を手に取り、闇雲に振り回した。


「ウワァアアアアアアアアアア!!!」



遠くで聞こえる誰かの声。



「……お客様、お客様! コンタクトレンズを外してください!!」



結果としてわたしはそのアトラクションから出禁をくらったわけだが、下半身を丸出しにして、小便をまき散らしながらトイレブラシを振り回した男として人々に語り継がれ、永く名を残したという。





(筆休めシリーズ『武勲』 おわり)


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武勲 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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