第3話 夢の国アドリアーナ

「藤吉郎さん?」

「はい」

「あなたは、授業中、私の膝の上でお昼寝していた三毛猫ですよね」

「そうです」

「何故、授業中に私の所に来たの? ここはどこなの?」

「ははは。二つ同時にも質問されても困りますね。まず、昼間あなたに会いに行ったのは、ここに招待するのに価する人物かどうかを確認させていただいたからです。ここは夢の国アドリアーナですよ」


 ああ、そうなのか。

 私は猫獣人の都市伝説を否定しなかったし、むしろ信じていた。それを確認したかったんだ。でも、夢の国って何なのだろうか。

 

「夢の国?」

「ええ。言い方を変えるなら潜在意識の世界。まあ、現実世界と霊的世界のはざまとなります」

「えーっと。わかんないんですけど」

「そうでしょうね。夢の世界に迷い込んだ、と思っていただければ結構ですよ」

「夢の世界……って、神隠しみたいな? 私、家に帰れるの?」

「亜希さん落ち着いて。私の仕事はね。アドリアーナに人間を招待する事なんです。それとは別に、ここに迷い込んでくる人間を助ける事も大切な仕事なんですよ」


 一応、筋は通っているような気がする。私は藤吉郎の言葉を信じることにした。


 暗くなった路を、藤吉郎はすたすたと歩いていく。私は彼について行った。あたりはすっかりと暗くなっていたが、所々に吊るしてある提灯のあかりで歩くのに不自由は無かった。とある屋敷の中から笑い声が聞こえてきた。門が開いていたのでちらりと覗いてみたら、中庭で大勢の人がお酒を酌み交わし料理を食べていた。人って言うか、みんな猫獣人だったんだけど。


「さあさあ、こちらですよ」


 三毛の藤吉郎に案内されるまま夜道を進む。突き当りには、こじんまりとしているけど立派な洋館が建っていた。私たち二人はその中へと入っていく。


「いらっしゃいませ!」


 元気のよいスタッフに声をかけられた。彼は茶トラ猫獣人だった。オレンジ色の縞模様が可愛らしい。まだ若い男性ってイメージ。脇にあるカウンターには、落ち着いた雰囲気の黒猫獣人がいた。彼がこの店のマスターかな。そして奥の調理場からは胸元が豊かな白猫獣人が出て来た。妙に色っぽい。まだ胸の膨らみが貧弱な私は、かなりの衝撃を味わう。猫に、猫獣人に胸のサイズで圧倒的な劣等感を与えられるとは……。いや、この事は考えまい。


「今夜は月がきれいよ。庭のお席はいかがかしら」

「そうですね」


 白猫獣人の言葉に藤吉郎が頷いていた。茶トラ猫獣人に案内され、私と藤吉郎は庭に設置された席に着く。


「あの……」

「なんでしょう。亜希さん」

「私、家に帰らないと。お母さんが晩御飯作って待ってるから」

「大丈夫ですよ。ここでの一時間が向こうでは一分なんです。ここでお食事をしてお茶を飲んでゆっくり過ごしても、向こうの世界ではほとんど時間は経過してませんから」

「え? そうなんですか?」

「そうですよ。だから、ここでお腹いっぱい食べても大丈夫。お家に帰るころにはまたお腹が空いてますから」

「わかりました」


 白毛のグラマーな猫獣人のお姉さんが、お水とメニューを持ってきてくれた。茶トラ君は表に出て営業中の看板を立てていた。そして、黒猫のマスターがレコードをかけ、音楽が流れ始めた。

 その音楽は、オーケストラの演奏だけど「めりーさんのひつじ」だった。この雰囲気なら大人っぽいクラッシックとかジャズとか、そんな音楽が似合うイメージだったのでちょっとズッコケてしまった。しかし、猫獣人が闊歩する夢の国なら童謡だって似合うと思った。

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