第2話 不思議な三毛猫

 放課後になってから、私の所に一年生の女の子が伝言に来た。私は音学部に所属しているのだが、顧問の先生が出張してるために今日の部活は休みになったとの事だ。既に、幽霊部員になっている私の所にも律儀に伝言を寄こして来たのは、音楽部部長、清志郎の指金だろう。


 春若清志郎はるわかきよしろう、音楽部の部長。長身で、中学生のくせに渋い低音が魅力的なイケメンだ。部活の名前は音楽部なんだけど、やっている事は混声合唱。部員は50名くらいで結構大所帯なんだけど、男子は15名くらいで全体の三分の一くらいしかいない。清志郎は啓二と仲が良かった。


 後河原啓二うしろがわらけいじ。彼とは二年前、私から告白して付き合い始めた。今と同じ、夏みかんの花が香る五月の事だった。半年ほどの短い期間だったけど、その時は幸せだった。でも、彼は亡くなってしまった。その後、私は歌えなくなった。そして部活には顔を出さないまま、一年半が過ぎていた。


 私は道草もせずに自宅へ戻った。いつもなら部活を無断で休んだという罪悪感があったのだが、今日はそれがない。少しだけ気分が清々しいのは不思議だ。


 ちょっと新鮮な気分になった私は、海を眺めようと思い立ち散歩に出かけた。堀内地区を横切って海岸沿いの石彫公園まで歩く。片道15分ほどの距離だ。


 土がそのまま塗り込んである土塀にそって海を目指して歩く。しかし、30分以上歩いているのに海にたどり着けなかった。自宅の近所、知っている場所のはずなのに、私は迷子になってしまったようだ。


 城下町は概ね碁盤の目のような、整然とした区画になっている。ところどころに鍵曲かいまがりのような、迷路的な路地も存在しているのだが、それでも袋小路になっている場所はない。東西南北どこへでも、真っすぐ進めば知っている場所か大通りに出るはずなのだ。しかし、いくら歩いてもそんな気配はない。


 民家もなく、コンビニもなく、繁華街や商店街も見えない。見えるのは朽ちかけた土塀と、その向こうに茂っている夏みかんの木だ。その夏みかんの木には、初夏を彩る白い花がたくさん咲いていて、付近に甘い香りを漂わせている。

 もう日が落ちる。あたりには街灯すら見当たらない。夕闇に包まれ、次第に真っ暗になっていく。さすがに途方に暮れた。


「お嬢さん。どうされましたか?」


 後ろから声をかけられた。男の人の声だった。突然だったので驚いてしまったのだが、人と出会えた事に安堵した。そして振り向いてからまたビックリした。そこにいたのは三毛猫だったからだ。


 それは、今日の授業中に私の膝の上に乗っかってきたあの三毛猫だと思う。あの三色の模様、黒と茶の配置には見覚えがあった。しかし、本当にこの三毛猫が喋ったのだろうか。


「そんなに驚かないで。私の名前は藤吉郎とうきちろうです」


 信じられないんだけど、猫が喋っている。しかも、どこかの武将みたいな名前にも違和感があった。しかし、意を決して私も挨拶した。


「私は亜希あき亀山亜希かめやまあき。中学三年生です」

「そう。その制服は西中だね。家は近所なのかな?」

「はいそうです。堀内一区です」

「ほう。本当に近所だ」


 藤吉郎と名乗った三毛猫はニコニコと笑っている。本当に嬉しそうだ。私は思わず、彼に質問した。


「ここは何処? どうしてあなたは人間の言葉が喋れるの?」


 三毛猫獣の藤吉郎はフッと笑って尻尾を振った。


「ふふ。亜希お嬢様。今夜、貴女をアドリアーナへご招待いたします」


 藤吉郎は尻尾を振りながら土塀の方へ歩き始めた。そして振り向いてあごをしゃくる。


「さあ亜希さん。こちらですよ」

「わかりました」


 三毛猫の藤吉郎はそのまま土塀に向かって歩いていく。するとその壁にぽかんと大穴が空き、藤吉郎はその穴をくぐって向こう側へと歩いて行った。私も藤吉郎に続いた。そこにあるはずの夏みかんの木は一本もなく、江戸時代の古めかしい街並みが広がっていた。


 その江戸時代の街並みの中で、藤吉郎の体が不意に大きくなっていく。彼は二本足で立ち、身長も私より大きくなってしまった。

 顔は三毛猫そのまんま。しかし、いつの間にか立派な背広を着ているし、二本足で立ってる足元は、磨かれたきらりと光る革靴を履いていた。そして、お尻からは三色の長い尻尾がゆらゆら揺れている。ヤバイ。あの三毛猫が噂の猫獣人だったんだ。

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