第11話

「死んのだかと思ったぜ、てっきりイーターに取り込まれちまったのかとちょいとばかし焦ってそわそわしてたんだぞ?」

 人形とおぼしき白磁の肌。

 能面の如き動かない表情。

 過剰なぐらいの装飾がなされた黒いゴスロリ衣装。

 大きくなったビスクドールが8頭身で肘をついて大仰に座り込んでいるのが目の前のコッペリアだ。

 中身の魂は40前後のおっさんである。

 自慢の大きくウェーブした金糸の髪を大きく揺らしながら、笑いのジェスチャーをとってみせる。

 そのボディはなんでもダークグラウンドの闇のパラゴンのひとり、裏を知り尽くした一柱なのだ、威厳がありそうなものなのだが、本人曰く、中身がぼっちで寂しがりや、人一倍人見知りで気が小さいだそうで、その実その数倍内弁慶なせいで、こまっしゃくれた乳臭い小娘だ。

 さらに女好きでもある。

 自身が力のある女性体のボディを使っていると自覚しての、だ。

 嫌いでなく、苦手でもないが、なんとなくソリが合わないのまもまた実情だった。

 頭の中ではどんな妄想が渦巻いているんだろうな。

 気遣いながらも誘惑もちらつかせる気の置けない相手に、しかし、感謝もしているのだ。

「ウェーブに飲み込まれてな。戻すのに時間がかかったんだよ」

 今の姿はアリ型の戦闘傭兵だ。

 精確には多腕のヒューマノイドのアリ型、なので、アップリフトとは違う。

 表情も読まれないし、読ませない。

 独自の発声法を駆使し、相手に翻訳させている。

 テレパシーは相手によりけりだ。プライバシーが尊重される場面もあるからだ。

 腕を組みながら残りの腕の一部を使って器用に搾りたての果汁ジュースにシロップを入れる。

「そうかあ?かすかな花香がするぜ、お前。刺激が若干強いから、誰か上のヤツに会ってるだろ」

 あいかわらず嗅ぐチカラは衰えてないらしい。

 妙な隠し立ては通じないなと、

「黒の賢女様にお膳立てされてね。なんでも、新生命を探しているんだと。お前の界隈で、そういう話は聞かないか?手がかりになる情報だけでもいいんだ、断片でも」

「裏の動きが尋常じゃねえ。祭りが近いから、てっきりその賑わいかとあまり気にしてなかったんだが…陰謀劇の動きはやっぱ読めないな、ワシはここで酒でもひっかけて燻っているのが一番心地いいな」

 器用に口の中にミード酒を注ぎ込んで、気持ちいいのだろう、身体がゆらゆら小刻みに揺れる。

「裏道はどうだ?」

「あいも変わらずだな。どうせお前が使うのは獣道だろ?ならそのボディを忘れないことだな、引きも切らず血に飢えているからな、あそこは」

 この小競り合いの着地点はおおよそ見えている。

 ある程度消耗したところで、交渉の場が設けられる。後は担当官の腕の見せ所、どこまで言い分を通せるか、引き出せるかだ。

 どうせ面の皮の厚い偽善者同士、欲に塗れたもの同士、それほど違いは見られないのだ。

 あるのはデザイアのラビュリンス。

 たいていの知的生命体、特に人間ならそういうもんだ。

 人間以外で尊んですごいのはあんまりいない、と思ってしまっている。

 どれもが理解不能か、どうも共感できないんだよ。

 どこだかの物語に、人間がもうひとつの平和的な知的生命体とファーストコンタクトして、交流を始める、ってのがあったが、結局人間はそのものたちに戦争をふっかけて滅ぼしちまった。

 現実でも確実にそうなるね。

 そういうところを見越してか、ほかのものも人間を模してくれている。

 だから標準人格に人間が選ばれているのだし、AIはパートナー、友人として留まってくれているみたいだ。

 人間が見つけた、極地のさらに先なんて、とあるそいつのそっとした控えめな諭しによれば、気がついたら、そこにいることになるとは言っていたが、なかなかどうして、人間は歩みが遅い動物だ、気長に待つしかないのだろう。

 このような状況になっての柔軟性は目を見張るが、追い付いていないヤツがあだ名でよばれるサイコや病気持ちになっていく。

 病気のほうは可能性の指摘もあるが、風聞としてだけで、実際目にしたことはない、憶測の産物だ。

 懐からテーブルに色彩煌めくビー玉を数個、相手の前に置いた。

 コッペリアが鼻白ばんだのが伝わってくる。

 ゴクリという唾を飲み込む音さえ聞こえた気がした。

「クリサリスか」

「そっ。純度は高い。鵬の氣が混じっているからにおいが一層強いかもしれないな。わかるだろ?分厚い雲の層の向こう側のさらにその先」

 空の不可侵領域の特異点を想った。あそこは誰もがいける場所じゃない。

 世界が交差してるとか、因果律の崩壊はもとより、常識がことごとく覆る、新しい見たことのない領域。

 この世にあるいくつかの、凝縮された秘密でもあった。

 いいね、いつか自身で挑んでみたい、こんな回りものじゃなくて、だ。

 2分くらいだろうか。

「わかった。いいよ、使わしてやる」

 俺はZXiにかわっていた。

 ご丁寧に、飴玉状で、コッペリアの目前の皿に転がる。

 なんでもない造作で、彼女はそれをつまみあげ、ひょいと口に放り込んで飲み下した。

 さて、闇の中だ。




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