第9話
「最近の訪問者は先急ぎ過ぎている」
そこは、真っ白な空間だった。
お茶会に使うテーブルと椅子が置かれており、見事なまでにもてなしがしつらえている。
いつでも午後のアフタヌーンティーをできる状態は万全だ。
向かい合うように椅子に座っている相手は、黒かった。
といのも、影のように、ブラックホールよろしく、空間が品のいいお嬢様の形だけ、抜き取られていたからだ。
影絵とも違う、抜き型だった。
ただの居抜きではなく、息を吹き込まれ、鼓動を持って動いている。
虚無が命を持ったとしたら、こうなのかもしれない。
ちょうどくつろぎの一杯を飲み終えたところだったらしい。
なんとなく上機嫌に見えた。
「見ていたぞ」
「危なかしくって、思わず介入してしまいそうなぐらいだ。約定を忘れさせてしまうような、窮状であった」
小さくふふっと、笑みをこぼした。
彼女こそが、パトロンのひとりであり、強力なパラゴン、黒の賢女なのだった。
その存在の足先はほぼ隅々まで届いていると言われ、威容を誇るボディと魂のライブラリを持ち得ている、数少ない越境者なのだ。
悪魔の祖とも言わしめられる彼女は、あらゆる秘密の絶対者でもあった。
親しげなものに対しては強めに出るが、控えめで、しっとりしているほうが彼女にとっては気楽らしい。
しゃなりとしているが、飾らないといえば、飾らないのが俺には性に合っていた。
「波が荒いんだよ。強い力の重なり、ぶつかり合いがあったかもしれない」
「最近多いわね。それも局地的な、ピンポイントな紛らわせ」
無いはずの、古めかしい時計の、定時を告げる音。
「今を張り付いて生きている俺には少ししか見えん。お前はどうだ?今回の些事をどう見てくれる」
目を細め、夢見る表情で
「……どれくらいのスケール?そうだねえ、ギリあんたに合わせると、つくり手たちが新しい創造をしたよ。善かれなんだけれだろうけど」
「新しい概念か?」
「それがねえ、これが眉唾でね…物語的全能生命だっていうのさ」
「なにものも目指せる、どんなものにもなれる存在だという?一説には世界の世界、神あらざる神といわれ、可能性が指摘だけされて仮説の域を越え出ない……」
「どうやら量子コンピュータたちが未来に飛ばした先で得た量子技術と来訪者の一団から取引した未知の方法が使われているらしい…とりあえず、イマココ、ね」
「閉じた世界ならともかく、リアル世界でだろ?そりゃ本当なら揺り起こしが来るわけだな」
いっぺんの間違いのない完璧なメイドが賢女の側まで音もなくやってくると、何事か耳打ちした。
黒い目がさらに黒くなった。
立ち上がり、やにわにコートのような概念を羽織る。
「事態は急変した」
ほう?と俺はコーヒーでくつろぎながら返す。
「世界だ。セットでかりそめだがこの世界規模の創発創造を促したものがいると大いに思われる。これから犯人探しだ」
部屋が折り畳まれようとしている。
俺はどうしようか。
ひとまず、やりかけの仕事を終わらせないとな。
空間が、空間でなくなるその間際に、
あとにはエレガントな香りだけが残った。
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