第8話
その女は、慌てたりも、気後れしたりもせず、ごく自然に、カラダをほぐすようにストレッチしながらあくびをした。
ひとつひとつの動作が、流れるように、しなやかに型にはまっていた。よりそれらしい、といおうか。
まるでモデルなのだが、個々はそれほどパッとしない。
どこにでもいそうな、と思いかけて、やめた。
頭からパリパリと先割れて、肌が捲れるように脱皮していったからだ。
中からうら若い女性体が顔を覗かせた。
文句なしの絶頂期の女のボディだ。
ああんとか、あーんとか、悩ましげな声を上げながら堪えているようだった。
小刻みにプルプルと身体が震えている。
生命力のたくましさを感じ入っていたら、脱皮は終わりを迎えていた。
女は上へ向かって反って腕をくねらせながら、大きく息を吐いた。
そこから一気に脱力して、その場に倒れこんだ。
反射的に、駆け寄って支えてやる。
シーツの上なんだから、なのだが、魂に刻まれた精神には勝てない。
ぼんやりとした視線と目があった。
見透かしているみたいで、迷子に疲れ果てている輝きをしていた。
温もりが愛おしいというより、孤独の共感が伝わってきた。
キスしたい衝動に見舞われたが、呼吸を荒く整えてこらえた。
口から泡を吹いていたので、慌てつつも、なるべく落ち着いて水差しの先を含ませる。
ごほっ、ごぼっと大きく咳き込む。
背中を優しくさすってやる。
触れてみてわかったのだが、赤ちゃんの肌だ。
生まれたての生き生きさと潤いがある。
「む、れ……」
「?」
「雨の、群れ……」
迷いのない、まっすぐな意志さえ通っている言動だ。
そのとき、どこか多くで朝の夜明けを告げる鳥の囀りを聞いていた。
「ボディなんて位置、座標に過ぎないのよ…」
その言葉たちを吟味するかいなか、彼女は気を失っていた。
やんわりと寝かしつけながら、頭にのぼってきていた。
はじまって、いたのだ。
まったく見知らぬ、誰もみたことのないかもしれないような、物語景色が。
それは未踏の、禁地の見渡しかもしれない。
いずれにしろ、ありきたりでなく、不可解さえあるかもしれない。
いったいどこへ辿り着くと言うのだろう?
願わくばとびっきりワクワクできますように。
とりあえずZxiになる。
情報が、浮かんでは消えていった。
情報の真性度は高いから、確定して、進みつつあるのは疑いようがないのだ。
量子の状態からかすみ見るから、よく振れ具合が見通せる。
これも、このボディがいるといないの両方に足を突っ込んでいるから。
意識の観測者をしっかりさせていないとすぐブレてしまうが、このボディも長い。
思い出に浸るのは感傷に浸かる時かつらい時に思い返すときにとっておきたいので、黙々と現状を把握するための情報どりを攫っていった。
超感覚の聴覚を広げたのだが、よく見知っている夜の村に違いない。
大雨が続いたほかは取り立てて騒がせるようなイベントも起こっていない。
奇妙なのだ。
これだけ物語が飛ぶと、通常ならば揺り返しがある。
多奏世界の整合性によって、ある程度の辻褄が合わせられてしまうものなのだ。
いまのところ、それが生じていない。
可能性は二つある。
なんらかの障害が発生しているからか。
それとも、そういう物語だからなのか。
どっちにしろ、自分ではどうすることもできないのだが、先の見通しぐらいは立てられる。
むしろ、乗っかってしまうことで、流れに身を任せ、微調整をしていくのが正しいあり方だ。
歪みの遠吠えが耳朶を撫でた。
凪の予感が、情報の波を唸らせた。
物語が、自らを横たえて、転換点をつくろうとしている。
世界が眠ろうとしていた。
俺もそうしたいところだが、やっておくことがある。
こんこんこんと、そこらじゅうをノックし始めた。
背後、椅子の裏側にあった。
小さな、小人でも通れそうなアーチ状の赤い扉。
身なり、形状を整えて、控えめなノックを8回、する。
ややあって、「どうぞ」と、中から声がする。
男でもあり、女でもある。若くもあり、年老いてもいる不明瞭な聞き取りだ。
俺は躊躇いなく、身体を折りたたんで中へ入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます