第5話
これは隠語だ。
意味ハザードが発生しようとしている。
世界が、揺さぶっているのだ。
多世界解釈はある意味正しかった。
というより、世界はひとつとしてまとまっていない。
クラスターを形成することはあっても、全一なる真世界なる夢想は知的生命体の脳の中だけの産物なのだ。
全容を知り得る存在などいない。
神の如きに昇り詰めたとしても、世界は新たなる謎をもってその前に立ちはだかる。
我々は知ってしまった。
世界がわかり得ないことを。
証明したとある物理学者は、すべての穴を塞いで自殺した。
量子コンピュータは探り続けている。
どこかに痕跡があるはずだと。
それは特異点の際を攻めているといえるかもしれない。
世界が世界であろうとする、差異の囁きを、選り分けて聴きとろうとするのだ。
脇道がそれた。
意味ハザードは、物語が、今いる場が、そのあまりにも高密度な意味の圧のゆえに存在の危機に立たされたり、地層を剥き出したりするのを指して言う。
意味的にその場が高濃度の汚染にさらされているのだ。
俺は、自分の物語場に、しっかりとアンカーを刺した。
こうすれば、たなびけれど、飛ばされることはない。
あいだ、スキマに入ってしまうと厄介だ。
圧縮されたり、取り込まれたり、混ざったりしてしまう。
うまく溶け込んで、一部となるならばまだいい。
斜め向かいのコンクリート塀の壁をチラ見した。
シミとなって、引き伸ばされた黒いシルエットが張り付いている。
シミュラクラ現象として片付けてまうにはあまりにも真に迫っている。
それもそのはず、実際に人間だった残滓なのだ。
今の俺の目ならば、それがわかる。
あった、という証は、高いレベルになればなるほど、なかった、という見目になっていく。
まるで深海に潜った潜水艦のようで、見つけるほうも、見つけられるほうも、意思のあるなしに関わらず、物語が投影されている。
”物語”について話すと長くなる。
それは、温い穏やかな吹きっさらしにとらえられた。
あいだに、意味が挟まっている。
身体に触れた意味が、パルスとなって一瞬の幻夢を見せる。
数式に見えた。
数の羅列が立体の層になって、波打っている。
声だ。
ふざけ、ささやき、喚き散らす。
思考をシャットダウンする。
眠りではない闇が下りる。
ここでは俺は、一連の儀式のように、これまでのものを数え上げて、ゆっくりと思い返すことにしている。
心臓が早鐘を打っているのがありありと手に取れた。
どんなカラダで、経験を積んでいても、これは慣れるもんじゃない。
呼吸に神経を集中しながら、耐え待っていると、何かしらの意味とバッティングしたのか、強烈なイメージがなだれ込んできた。
今あるカラダをめりめりと背中から脱ぎ去って、羽化して目醒めて飛び立とうとしている。
あちこちに鈍い痛みが走った。
これはマズイと、ボディを切り替えようとして、ある記憶に行き当たった。
水に浸かっている、
溺れかけているのだ、
手を伸ばそうとして、
自らの小さな手に、
掬い上げようとする手をさし伸ばしたのは
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