第3話

 埃を、汚れを払えるだけ払い、落とし、乱れた服を整え、呼吸を正す。

 ここに至る記憶がない。

 まるで置物のように、据え置かれたようだ。

 違和感だらけだが、ポッケに入っている飴でも舐めて整理してみよう。

 ファンタジア世界の、とある小国同士での戦争のただなかで、違うボディで剣をふるっていた。

 ついた側が押され気味で、相手がドールを投入してきたところから、どうも記憶がぼやけ始めている。

 ドールは強制的に、魂をめちゃくちゃに改造したボディに入れ込んだ最下級奴隷で、どの世界でも忌避され違法化されている。

 そのドールも酷かった。

 わからなくなるほどレイプされ、長いこと蟲毒の争い場に放り込まれて、狂い死にしない様にだけ魂をこねくり回され、殺し合い中エクスタシーを感じっぱなしの使い捨ての戦闘義体に焼き付けられた、生体人形少女のドール。

 一体だけでも胸糞悪いのに、一小隊のありさまをみて、仲間とともに、身体が、心が動いていた。

 狂戦士とは違う、正反対の怒りの表出。

 恐ろしいまでに落ち着いていた。

 裡でどす黒いまでの哀れみが高まり高まった冷徹な執行者の意思がぐるぐると逆巻いて今にも吹き出しそうになっていることを除けば。

 なるべく手際よく、痛みを感じないうちにその命を絶つ。

 それがしてやれる最善手だ。

 やってやっている感覚は残っている。

 熾火のように、魂の奥底でくすぶっているからだ。

 ひとりのドールが崩れ落ちる。中から絡み合った、ねじくれた身体同士がキメラのように融合したミュータントが剥き出し、身を捩りながら苦悶のうめきをあげていた。

 あまりの苦しさにひきつけを起こしかけている。

 ───禁術まで!

 対処を、と脳内のパルスが活性化したタイミングだった。

 雲、だったと思う。

 霧、靄、とにかく水蒸気の大量の集まりだ。

 突然の通り雨、流動する生き物の中にいると感じる。

 魂が零れる兆候を直感した。

 すぐさま、今のボディ───多腕のヒューマノイドアリ型戦闘用から、一番かたい幼女女仙へと乗り換えようとしたその刹那、大量の鮮やかな輝く青の蝶の大群が通り抜けていった。

 ヤコブの梯子が垣間見えていた。

 叫んでいたと思う。

 声にならない雄叫びを、あげていた。

 泣いていた。

 いや、啜り泣く声がすぐ耳元でしていた。

 闇の真ん中に、ポツンと、ひとり、取り残されて。

 カラダが、溶けていく。

 肌から肉の怨嗟がふつふつ沸き上がる。

 液体ボディにでもなった気分だ。

 手慣れたものは、特定の姿を維持できて、主に諜報に手を染めているらしいが、

 俺には、俺の決められたルールがある。

 そのひとつが、足るを知る、だ。

 たくさんのボディは力───戦力、人を引き付ける魅力、事をなすための代替に他ならないが、俺にとっては必要なだけあればいい。

 伝説の、パンデモミウムを築き上げたという、銀髪緋眼の障がいを持ったボディを好んだ無敵の無敗少女がいたらしいが、眉唾物だ。

 穴の空いた風船のように、意志が萎んでゆく。

 すでに限界は超えていたのだ、魂の胆力で持っていたようなものなのだ。

 これ以上は足掻いても無駄だなと、無に心を遊ばせた。

 女仙たる幼女は決して壊れぬ全てを超えた概念としてそこに、俺を細い目で睨みつけながらそこにいた。

 薄く笑われた。

 何か、諭された気がしたが、途切れ途切れで、もう耳には届いていなかった。











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