今宵もまた




 拓海たくみは今日も、絶好調だった。指名の客は、ねだれば安めのシャンパンくらい簡単に下ろしてくれる。


 とはいえ、律にはまだまだかなわない。


「気になるの? 律くんのこと」


 となりに座る女子大生が、心配そうに拓海を見つめている。巻き髪で、花柄のスカートが印象的なかわいらしい女の子だ。律が見かけたあの子ではない。


 テーブルには、すでに定番のドンペリが一本開けられていた。にもかかわらず、拓海は正面を向いたまま、先ほどから上の空だ。


「うん……。なんであの人が、あんなに人気なんだろうって。俺もこんなにがんばってるのに……」


 拓海の視線の先には、スタッフとともにフロアを移動する律の姿があった。先ほどから別の卓席を行ったり来たりしている。


「ごめんね。わたし、もっとがんばるから」


 女子大生は決意した声で宣言する。


「拓海には、もっと上に行ってほしいし。わたし、もっとお金稼いで拓海のこと支えるよ!」


「……ありがとう。そう言ってくれてうれしいよ」


 寂し気に笑いながら、真剣に続ける。


「じゃあ、アルマンド飲もうよ。ゴールドでいいから」


「え? あ、でも私……」


 すでにドンペリを開けている。もう手持ちはない。


 支えると言った手前、拒否することもできなかった。


「うん……わかった。でも……」


 不安げな女性に、拓海は笑顔で追い打ちをかける。


「大丈夫だよ。ゴールドはロゼとか黒より安いから。掛けで大丈夫だから。……最近バイト頑張ってるんだろ? 大丈夫。ちゃんと払えるって」


「うん、そう、だよね」


 拓海は、思いっきり大声でアルマンドを頼む。そのとなりで、女性は小刻みに震えていた。


 スタッフがボトルを持ってきたのを皮切りに、シャンパンコールが始まる。ほとんどのホストが集まってくるオールコールだ。その中に、当然、律の姿はない。


 卓をかこんでのコールでも、女性は不安げな顔をしている。「お姫様のひとこと」でマイクを渡された。


 もう後に引けない女性は、息を吸い、堂々と声をはる。


「死に物狂いでこれからも貢ぐから! このあとアフターよろしくね!」


「行こう行こう~!」


 コールに合わせながら、ホスト全員が力を合わせ、おろされた酒を飲んでいく。


 そのあいだ、拓海の静かなつぶやきが、女性の耳に入ってきた。


「これでも、ソープで働いてる女の子を持つ人には、勝てないんだな……」


 女子大生の顔から、血の気が引いていく。グラス片手に体を震わせ、一切口をつけようとしない。


 今、店の中で一番注目されているのは拓海の卓席だ。周りからにぎやかされる二人が、主人公とヒロインであることには違いない。しかし今宵もまた一人、拓海の客は限界を迎えようとしていた。


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