プロに徹する 1
いつもどおり指名女性の接客にいそしむ律は、拓海のオールコールなど気にもとめない。となりに座る女性をいかに喜ばせるか、頭にあるのはそれだけだ。
オールコール相当の額以上に、すでに売り上げは出している。
コールが終わると、ホストたちはもといた席に戻っていく。同時に、律はスタッフから呼び出された。
のんきに休憩かと歩いていたら、店長に止められる。髪を後ろに流しているコワモテの店長は、顔をしかめていた。ただでさえ怖い顔に、ますます威圧がかっている。
「次につくとこだけど」
「休憩じゃねえんだ?」
見せつけるようにため息をつく律だったが、店長は軽くいなす。
「もう少し客が少なくなったらな。……で、次つくとこだけど、気をつけろ」
「なんで?」
「ちょっとクセが強いから」
「わざわざ俺に口添えするくらいひどいわけ?」
「少なくとも新人には難しいタイプだ。おまえのことだから心配しちゃいないけど、一応な」
律はうなずきながら背を向け、案内するスタッフについていく。
案内されたボックス席には、真っ赤に染めたツインテールに、フリフリの黒いワンピースを着た女性が座っていた。
先に座っている新人ホストやヘルプの言葉には目もくれず、スマホをいじっている。担当以外はどうでもいいという客もいるので、これ自体は珍しい光景ではない。
「こんばんは、律です。となり、いいかな?」
律はにこやかにとなりに座る。女性はスマホから顔を上げようとしない。
「……あんたがこの店のナンバーワン?」
「さあ? どうだったかな? 俺、順位とか気にしてないから」
女性は店のサイトをチェックしていた。そこには、売り上げ順にホストの顔写真が並んでいる。ナンバーワンは律だが、その写真の部分にはノーイメージと表示されていた。
女性は不快気に顔をゆがませる。
「ほんと、なんで写真出してないわけ?」
「わけありだから」
「どうせ顔に自信ないからだろ」
女性は鼻で笑う。一向にスマホから視線をあげようとしない。
「幻のナンバーワンだって聞いてたからどんなもんかと思ってたけどさ~、この店のレベルじゃ知れたもんでしょ。ウワサだけが独り歩きしてんだね」
「ああ、俺のこと知ってくれてんだ?」
「そこそこ有名じゃん。
女性は顔を上げ、初めて律と目を合わせた。目元を赤く染める化粧をした女性は、固まっている。
きらびやかにほほ笑む律に頬を染め、目をそらした。
「……やっぱたいしたことないじゃん、年食ってるし」
「それは残念。好みじゃなかった?」
「どこがすごいのって感じ。これくらいならどの店にもいるし」
律は笑みを浮かべたまま返す。
「君は若そうだもんね。ここ、二十代が多いから、みんな年上でしょ」
「うっわ、年増ばっかじゃん。はずれの店だね」
「一応十代の子もいるにはいるんだけどね。その子、役職持ちだから、接客も身についてると思うよ。呼ぶ?」
「あー……いや、いい。この拓海ってやつでしょ」
女性はスマホを見せ、ナンバー4の顔写真を指さした。
「さっきついたけど大した男じゃなかった。私のことなめすぎ。すぐ酒いれようとしてくっから。ネットでもいろいろ書かれてるみたいだし」
「そう?」
「ここってさ、役職付きの見た目も接客もよくないし、全然楽しくないんだよね。だからいっそナンバーワンを出せって頼んだの。この店の一番だったら、さっきのやつらよりはましだと思って」
女性は小ばかにするように笑い、誇らしげに続ける。
「人気だから難しいって言われたけど、私は客だぞってゴネたらつけてくれた。できるんだったら最初からつけろって話だよね」
女性は前に置かれたフルーツジュースを持ち上げ、ストローをくわえた。少し飲み進めて、律に指をさす。
「てかさ~、あんたもあんたでちゃんと私に営業しろよ。ナンバーワンだからって余裕ぶっこいてんの? この世界、指名と金が命でしょ? 他のやつすすめてどうすんだよ」
「ごめんね。若い子がいいみたいだったから、俺なりに楽しんでもらおうと思ってすすめたんだ。余計なお世話だったね」
何を言われようと、律が営業スマイルを崩すことはない。
が、女性はさらに意地悪く続ける。
「あと、その年で金髪とかやめたら? ただただ痛いだけだから、似合ってないし。今どきスーツコンセプトの店もはやんないでしょ」
「ええ~? 気に入ってるんだけどな、これ。かっこよくない?」
自身の金髪を指先でつまんで見せる。
「だ、さ、い! ナンバーワンがこれじゃあ
店長がわざわざ耳打ちしてきたのも納得だ。ナンバーワンに対してもこの態度なのだから、他のホストに対するアタリはもっと強かったのだろう。
とはいえこの程度、相手にできないようではナンバー入りできない。
律はニコニコと人当たりのいい笑みで、話に聞き入っていた。
「ってか、ほんとに顔のレベル全員中の下って感じだよね。系列店の
「二つとも若くて派手な子が多いよね」
「その二つが良いだけ。それ以外の店は古臭くてだめだね。他店の、ブルームとかクリアとかが最高」
二つとも、やはり若くてカジュアルなホストがメインの店だ。
「ホストクラブに詳しいんだね。他の店に比べたら、確かにここは落ち着いてるほうだし、地味なのかもね」
女性は腕を組んで足を組み、背をつけてふんぞり返る。
「まじで一緒にすんなってレベルよ。クソ高いだけのこことはなにもかもが違うから。さっきのコールなんてレベル低くて見てられなかったし。やっぱちょっと古臭いんだよね」
「そっか~反省しなきゃなぁ。あ、そういえば名前聞いてなかったよね? 教えてよ」
律を横目に、女性は鼻を鳴らした。
「源氏名の男に、あたしの名前簡単に教えるわけねえだろ。あたしここらのホスクラ制覇してるし有名ホストの枕もしてっから。並大抵の客と一緒にされても困るんだけど」
「え~? 教えてくれないの~? 知りたいなぁ、ねえ、お願い」
おねだりするよう手を合わせ、眉尻を下げながら女性の顔をのぞきこむ。律を見て黙り込む女性に、甘い口調で続けた。
「きみのこと、なんて呼べばいいかわかんないじゃん。ね? 俺、きみと名前で呼び合いたいし~」
女性は見下すような目をして、笑った。
「ん~……じゃあ。まあ、そのうちね」
話していく中で、女性の機嫌が少しずつよくなっていくのがわかる。ここからどう全体で盛り上がろうかと考えながら、正面に座るヘルプたちに顔を向けた。
話を振ろうとしたとたん、女性の舌打ちがさえぎってくる。
「てか、ここって新人の育成からできてないんだよねぇ。ま、役職付きでも大したレベルじゃないからしょうがないのか~。ほんとにあたしより年上かよ」
ヘルプをしていた新人ホストは、おどろきつつも慎重に対応する。
「すみません、未熟者で……」
「ほんとだよ。なにもおもしれえ話できねえくせに、ホストやってんじゃねえよ」
「じゃあ、せっかくだからいろいろ教えてくれませんか? この世界のことよく知っているみたいですし」
「はあ? てめえらに教えてやることなんかないから! 役職ももらえないブスのくせに調子乗んな! こっちは客だから! 教える立場じゃねえから!」
「そうですよね、すみません」
新人は、律と同じように笑顔をキープしていた。不快気な態度を一切出さないよう徹底している。
「でも俺も知りたいなぁ」
律が口をはさむ。
「きみが好きになるタイプがどういう男なのか。きみがなにをされたらうれしいって思うのか。……でも一筋縄じゃいかないんだろうなぁ。これだけかわいいといろんな男にモテてきただろうから」
新人のフォローをした律に、ヘルプたちが「確かに」と同意する。
女性はまんざらでもないのか、高慢ちきに息を吐いた。
女性は律をちらりとみて、高慢ちきに息を吐いた。
「まあ、素人には絶対に落ちないよね。ホストならランカーと役職付きに抱かれてなんぼだから」
正面のヘルプたちを指さす。
「あんたたちみたいなのは、ださいしおもしろくないし顔もよくないから無理。売れたいんだったらもっと顔いじったほうがいいんじゃない?」
律はヘルプたちに気を抑えるよう目配せし、穏やかな声を出す。
「厳しいね~。やっぱりホスクラに詳しいだけあるよ」
「ってかさ、こんなぺーぺーに相手されたくないっての。しゃべってやってるだけ感謝しろよ。こうやって教えてあげてるあたしが給料もらわなきゃいけないんじゃない?」
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