第113話 決勝戦

 初めて行われた各国高等魔法学院対抗戦は、いよいよ決勝戦を迎えた。


 一年生は、私たちアールスハイドと、スイード。


 今まで行った二戦と同様、私たちはお互い距離を取って試合開始の合図を待っていた。


「じゃあ、作戦通りに」

「「おっけー」」


 私たちのチームの指揮官であるレティの言葉に、私とデビーは軽く返事をする。


 この決勝戦までに少し時間があったので、すでに作戦は立てている。


 私とデビーはレティに軽く返事をすると、スイード陣営を見る。


 遠目にだけど、緊張した様子ですでに魔力を集め始めているのが分かる。


『各国高等魔法学院選抜対抗試合、一年の部決勝戦! アールスハイド高等魔法学院対スイード高等魔法学院! 試合……開始!!』


 試合会場に響き渡るアナウンスと共に、スイードから魔法が放たれた。


 私たちはそれを自分たちの障壁でガード。


 そして、爆煙に紛れてその場から離脱した。


 私たちが立てた作戦。それは、試合開始直後に攻撃をしないこと。


 なので私たちも魔力は集めていたけど、それを全て魔法障壁に費やしたのだ。


『シャル、デビー、向こうは戸惑ってるのかそのばに佇んでる。誰が治癒魔法士か分かんないから、とりあえず全体に魔法を撃ってみて』

『『了解!』』


 作戦の狙いは、相手を困惑させること。


 それに成功した私たちは、レティからの指示を受けて索敵魔法を一瞬だけ展開し、相手の位置を把握。


 三人固まっていたので、とりあえず三人まとめて被弾するようにデビーと一緒に魔法を放った。


「!! 魔法が来る! 障壁!!」


 私たちが最初に立っていた位置とは違う場所から魔法を放ったんだけど、流石にそこまで視界不良じゃなかったから私たちの放った魔法は丸見えで、障壁を張られてしまった。


「ぐっ! くうっ!!」

「ぬあっ! くそっ! ダメージ受けちまった!!」

「あ、か、回復するね!」


 障壁は張られてしまったけど、完全に防ぎきれた訳じゃなく、男子生徒の一人にダメージが通った。


 その結果、治癒魔法士が女子生徒だということが判明。


『シャル、治癒魔法士に攻撃して。私が治療中の生徒、デビーは今離れた人に攻撃』

『分かった!』

『了解』


 私たちが魔法を放ったことでスイードが立っていたところも視界不良になった。


 その中で、先ほどダメージを受け、それを回復すべく足が止まっていた男子生徒をレティが狙い撃った。


「うおっ!? な、なんでこんな正確に!?」


 突如迫ってきた魔法の気配に、男子生徒は咄嗟に障壁を張って防いだのだが……。


「きゃああっ!!」『ブー』


 その間に、男子生徒の魔道具のダメージを回復するため治癒魔法を使用中だった女子生徒は、全くのノーガードで私の魔法を受けた。


 その結果、女子生徒の魔道具のライフを削り切り、女子生徒はリタイアとなった。


「なっ!? ひ。卑怯だぞ! 回復中の治癒魔法士を狙うなんて!!」


 すぐそばで女子生徒がやられた男子生徒がなんか叫んでいるけど、そもそも治癒魔法士は治癒魔法を使用中無防備になるので、それを守らないといけない。


 そんなこともせず、男子生徒は自分の身だけを守ったのだ。


 まあ、そのためにレティは先に男子生徒を狙ったんだけどね。


 その後、リタイアとなった女子生徒がその場から離れたことを確認した私とレティは、改めてその男子生徒に攻撃を開始。


 その際……。


「うわあっ! 『ブー』ふ、二人がかりなんて卑怯だぞ!!」


 と叫んでいた。


 治癒魔法士を狙うことの次は、一対一以外は卑怯だと言い出す始末。


 先にリタイアした女子生徒の冷ややかな目がとても印象に残った。


 ともかく、これで二人脱落。


 残りは一人……『ブー』


 デビーの加勢に行こうと思っていると、煙幕の向こうから魔道具のブザーが鳴った。


 音だけではどっちの魔道具の音か分からなかったので、少し緊張したが、煙幕が晴れたとき、立っていたのはデビーだった。


『それまで! 各国高等魔法学院対抗戦、一年の部優勝は、アールスハイド高等魔法学院!!』


 会場中に、私たちの優勝を知らせるアナウンスが響く。


 そんな中、デビーは私たちに気付くと、ニヤッと笑った。


「来るのが遅いから、私一人で倒しちゃったわ」


 そんなデビーを見た私とレティは、二人で顔を見合わせた後どちらからともなく「ぷっ」と吹き出し、二人揃ってデビーに駆け寄った。


「デビー、ナイス! 私たちの優勝だよ!」

「やったやった!」

「あはは! やったわよ私たち!!」


 会場中が歓声で沸き立つ中、私たちは三人で抱き合い、一年の部で優勝した喜びを分かち合っていたのだけど……。


「こんなの卑怯だ!!」


 スイードの生徒の一人がそんなことを言い出した。


「治癒魔法使用中の治癒魔法士を狙うことも! 二人で一人を狙うことも! どちらも卑劣極まりない行為!! この試合結果は無効だ!!」


 その大声が会場に響き渡ると、会場は一瞬静まった。


 そして次の瞬間、彼に向かってブーイングが始まった。


「その治癒魔法士を守らなかったくせに、なに言ってんだ!!」

「他対一に持ち込む、持ち込ませないのが戦いだろうが! アッサリ負けたくせに往生際が悪いぞ!!」

「かーえーれー! かーえーれー!」


 会場中から浴びせられる避難の声と、帰れコール。


 せっかく優勝して良い気分になっていたのに、彼の発言とブーイングのせいで台無しだ。


 そんな中、もう一人の男子生徒……デビーにやられた方がこちらに近付いてきた。


 まさか、こいつも私たちに文句を言うつもりか? と思っていると、彼は私たちに対して頭を下げた。


「チームメイトが醜態を晒して申し訳ない。貴女たちは正々堂々と勝負して俺たちに勝った。あいつがなんと言おうと、俺はそれを認めるよ」


 彼はそう言った後も、頭を下げたままだった


 すると治癒魔法士の女子生徒もやってきて、彼と同じように頭を下げた。


「チームメイトがごめんなさい。私も素直に負けを認めます」


 何にも言ってない二人に頭を下げられると、私たちの方が落ち着かないので頭を上げてもらうようにお願いした。


「えー、二人は頭を下げる必要なんてないよ。お願いだから頭を上げて」


 私がそう言うと、二人は申し訳なさそうにしながら頭を上げた。


「治癒魔法士を狙うことも、他対一を作ることも戦闘の定石。まさかそれを卑怯だと言い出すとは思わなかった」

「私も。そもそも、自分が治療されてるんだから、自分が私のこと守るのが筋なのに、なんで逆ギレしてんの? ありえないんですけど」


 男子の方は心底申し訳なさそうに、女子の方はちょっと怒りながらそう言った。


 怒っているというか、軽蔑している感じだ。


 女子にそんな目で見られた例の男子は、すごく怒った顔をしながらこちらに来ようとしていたけど、上級生と思われる男子生徒に羽交い締めにされ、物凄く怒られながら引きずられ、強制退場させられて行った。


 なんだったんだ? アイツ。


「それより、貴女には完敗です。視界不良の中、ああも正確に位置を把握されたらひとたまりもなかった。やはり索敵魔法ですか?」


 強制退場劇を見ていると、いつの間にかさっきの男子が、デビーに向かって握手を求めて手を差し伸べながら話しかけていた。


「こっちの内情を話すはずがないじゃない。貴方たちで勝手に推測することね」


 デビーは、握手を返しながらそう突っ撥ねた。


 ……デビーって、悪役の素質があるよね。


 ツンツンしながらのセリフは、アマーリエ先生の小説に出てくる悪役にそっくりだよ。


 デビーを見ながらそう思っていると、腕をツンツンと突かれた。


「ね、あの子、アマーリエ先生の小説に出てくる悪役みたいじゃない?」


さっきまで頭を下げていたスイードの女子が、小声でそんなことを言ってきた。


「ぷっ……あ、えっと、でも、言ってることは正論だよ? それに、勝ち気だけど良い子だよ?」

「ふふ、そっかそっか。そういうところも含めて、先生の小説に出てきそうだなあ」

「あ、あはは。えっと、アマーリエ先生の小説、好きなの?」

「うん、大好き。あ、私はアニー=ロベール。よろしくね」

「あ、私はシャル。シャルロット=ウォルフォード。こちらこそよろしく」


 スイードの女子生徒、アニーに名乗られたので、私も名乗り返すと、アニーはとても驚いた顔をした。


「え! もしかして、シン様の娘さん!?」

「そ、そうだけど……なんでそんな驚いてんの?」


 ウォルフォードの娘がアールスハイドの代表にいる。という話は、隠してないので結構知られていると思ったんだけど、違ったんだろうか?


「あ、いや……シン様の娘さんがいることは知ってたんだけど、顔は知らなかったからさ。てっきりあの子がそうなんだと思ってた」


 アニーは、握手を求めてきた男子から声をかけられ続け、迷惑そうな顔をしているデビーを見て言った。


「え、なんで?」


 私は、単純な疑問からそう聞いたのだが、アニーは少し気まずそうな顔をした。


「いやあ……勝手に勝ち気で気難しいお嬢様だと思ってたわ」


 あはは、と笑いながら頭を搔くアニー。


 え? 私、勝ち気で気難しいって思われてんの?


「けど、実際は全然そんなこと無かったね。貴女でしょ? 私を倒したの」

「あ、うん」

「それなのに全然勝ち誇らないし、見下してもこない。お嬢様に勝手な偏見持ってたわ。ごめんね」

「え、良いよ別に謝らなくて。それより、今日はありがとう。今日の戦いの中で、一番試合らしい試合だったよ」


 私はそう言って、アニーに握手を求めた。


 アニーは最初キョトンと私の手を見ていたけど、徐々に笑顔になっていき、私の握手に応じてくれた。


「やっぱり良い子だ。こちらこそありがとう。なんか、思いっきり実力差を見せつけられたけど、お陰で良い目標ができたよ」

「私たちまだ一年だし、来年も再来年も、また試合しようね」

「もちろん! あ、ところで」

「ん?」


 握手をして、お互いの健闘を称えあった後、アニーはまた顔を近付けてきて小声で話し始めた。


「ウォルフォードさんは……」

「シャルでいいよ」

「そう? えっと、シャルは、アマーリエ先生とお知り合いだったりするの?」


 まあ、パパが超有名人だからね、他の有名人と知り合いではないかと聞かれることはよくある。


 そうな場合とそうでない場合があるけど、今回のは……。


「知り合いだよ」


 私がそう言うと、アニーは満面の笑みになった後、モジモジしだした。


「えっと、その……」

「?」


 なんでモジモジしているのか分からず、首を傾げると、またコッソリ聞いてきた。


「れ、連絡先とか交換しない?」

「え? ああ、うん。いいよ」

「ホントに!? やった!!」


 私が連絡先の交換に応じると、アニーは私の手を両手で握って喜びを露わにした。


 あー、まあ、多分、アマーリエ先生のサインとか強請られるんだろうな、と見当はついていた。


 なら、なぜ連絡先の交換に応じたかというと、単純に他国の友達が欲しかったから。


 最初は不純な動機でも、そこからの付き合いがどう発展していくかなんて分かんないからね。


 そんな感じで試合後に言葉を交わしていたのだが、優勝が決まった後とはいえいつまでも試合会場に残っているわけにもいかず、アナウンスで退場するように促された私たちは試合会場を後にした。


 試合会場を出たところでアニーに私の無線通信機の番号を渡した。


 アニーは無線通信機を持っていなかったので、家の固定通信きの番号をくれた。


「連絡するから!」


 とアニーは言って、自分の控え室へと向かって行った。


 その後ろ姿を見送っていると、レティがポツリと言った。


「……私には挨拶してくれなかった」


 ……確かに。


「あ、ああ。あれだよ。彼女、アマーリエ先生のファンだったらしくて、私が知り合いだって知って興奮して忘れちゃったんだよ。ほら、デビーにもしてないでしょ?」

「だって、デビーは……」


 レティがそう言って視線を向けた先には、これまた自分の控え室には戻らず、ずっとデビーと話している男子の姿が目に入った。


「え? もしかして、アレからずっと話してんの?」

「うん。ずっと話してる」


 デビーの方はうんざりした顔をしているんだけど、スイードの男子の方はあれやこれやと話しかけている。


 話を聞く限り、どうにかしてデビーの連絡先を聞き出そうとしているみたいだけど……。


「あのー、すみませんけど、私たち控え室に戻りたいんで、彼女、開放してもらえます?」

「シャル! 助かった!」


 私の言葉にデビーが嬉しそうにそう言うと、男子はショックを受けた顔をして、ガックリと項垂れた。


「そうですか……わかりました……また、会える日を楽しみにしています……」


 明らかにガックリと肩を落とし、悲壮な雰囲気を漂わせながら、彼は控え室に戻って行った。


 あ、そういえば、アニー以外の名前、聞いてないや。


「おーおー、モテモテだねえデビー」


 私がニヤニヤしながらそう言うと、デビーは心底嫌そうな顔をした。


「本命以外に好かれたって嬉しくないっての。それより、シャルはあの女子と楽しそうに話してたけど、なんの話ししてたの?」

「あー、なんか彼女、アマーリエ先生のファンらしくて、それ関連の話。後、連絡先交換した」

「そうなんだ。レティも?」

「……私だけ、誰とも話してない」

「「……」」


 あ、あはは。


 なんか、レティだけボッチになっていたようだ。


「ご、ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど……」

「……私はそんな余裕なかったわ。というか、私を助けて欲しかったわ……」


 今度は、デビーがガックリと肩を落とした。


 レティも助けに入らなかったのは事実なので、拗ねた態度から一転、デビーに向かってゴメンと両手を合わせて謝っていた。


 はぁ、折角優勝したのに、最後はなんか変な感じで終わちゃったな。


 その後、控え室に戻った私たちは、先輩方に盛大に祝われようやく優勝を噛み締めることができたのだった。


 そしてその後、二年、三年の先輩たちも勝ち、アールスハイドの三学年完全制覇という結果になったのだった。


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