第112話 準決勝
「あふ……」
イースとダームの試合を見ながら、私は思わず欠伸をしてしまった。
それくらいの泥試合だった。
「……今回ばかりは、私もシャルのことを言えないわね。私もさっきから眠くて……」
私の隣で欠伸を噛み殺したデビーが、眠そうな目で試合会場を見ながらそう言った。
いや、最初は次の対戦相手が決まるんだから真剣に見てたんだよ?
でも、お互い戦略なんてない魔法の撃ち合いをするばっかりだし、その魔法も相手のゲージを削り切れないから修復されちゃうし、そんなのを延々と見せられていたら、段々眠くなってきてしまったのだ。
周りを見てみると、中にはゆらゆらと頭が揺れている人も少なくない。
中には、隣にいる人にもたれかかって眠ってしまっている人もいた。
そんな試合が続き、結局回復力に勝るイースが三学年とも勝ち切って、一回戦は全て終わった。
「んっ……んんん〜! はぁ、やっと終わった。デビー次のイースとの試合、どうする?」
私が伸びをしながら訊ねると、デビーは噛み殺し切れなかった欠伸をしていた。
「あふ……ん、そうだなあ……今見た試合の通りならそんなに警戒する必要もないと思うけど、もし奥の手を隠すためにさっきみたいな戦い方をしてたんだとしたら、油断できないな」
「奥の手かあ、ありそうだね」
確かに、戦闘ものの少年小説なんかでは弱いと見せかけて油断したところで奥の手を使う、というのは常套手段になっている。
もしイースが、強い攻撃手段はありませんって顔をしていて、実は超強い攻撃魔法を持っているのだとしたら……油断できない。
「よし。じゃあ、イースに奥の手を使われる前に、一斉攻撃で様子を見る。ってことでどう?」
私がそう提案すると、デビーは一瞬呆れた顔をしたけど、すぐに思案顔になった。
「相変わらずの脳筋戦法だけど……相手の出方を見るのには丁度いいか……」
「そうだね。私も手伝うよ」
デビーが私の作戦に同調し、レティも乗ってくれた。
「じゃあ、初手で先制大魔法。その後は現場の状況に合わせて臨機応変にって感じで」
私がそう言うと、二人とも苦笑した。
「なに?」
「ねえ知ってるシャル。そう言うのを『無策』って言うんだよ」
「あはは」
そ、そんなことないもん!
そうして次戦の作戦会議をしていると、二回戦が始まった。
くじ引きによりシードになり、今回初めて参戦するスイードと、すでにエルスと戦っているカーナン。
「これってさ、スイードはちょっと不利だよね」
デビーは試合場を真剣に見つめながらそう解説した。
「だね。カーナンはすでに一回戦って体も温まっているだろうし、緊張も解れてるだろうけど、スイードは緒戦なんだもんね」
これが騎士などの体力を使う試合ならシードの方が体力を温存できて有利な面もあるだろうけど、これは魔法戦。
多少の疲労はあれど、決定的な不利にはならない。
「まあ、こればっかりはくじ引きだから、しょうがないけどね」
私たちだって、くじの結果次第ではそうなる可能性もあった。
スイードは、クジ運が悪かったと思うしかないだろう。
「でも、この試合は本当に見ものだよ。近年、魔法技術の向上著しいスイードと、一回戦でも見たムキムキ魔法使いの試合。どうなるか予想できないな」
デビーが試合場に現れた両校を見ながらそう解説する。
スイードはアールスハイドのお隣の国なので、魔法師団同士の交流とかあると聞いたことがある。
その結果、他の国と比べて魔法技術の向上は他の国より早いらしい。
実際にこの目で見たわけじゃないから、なんとも言えないけどね。
「そっか。じゃあ、決勝の相手になるかもしれないし、お互いの攻略法なんかを考えながら見ようか」
「そうだね」
戦闘時には司令塔役になる予定だったレティだが、今のところその活躍の場はない。
決勝戦こそ仕事がありそうで、真剣な目をしている。
『それでは、一学年準決勝第一試合、スイード高等魔法学院対カーナン高等魔法学院……試合開始!』
アナウンスが響き、両校の生徒が試合会場に飛び出した。
お互いの思惑は同じだったのか、回復役以外の二人が大魔法を放つ。
その魔法はお互いの中間地点でぶつかり合い、相殺された。
お互いにダメージは入らなかったものの、魔法がぶつかり合ったことで試合会場に余波が広がった。
どこに誰がいるのかも分からないような状況になったので、私たちは索敵魔法を使った。
すると、戸惑い足が止まっているスイードと違い、カーナンはとにかく動いた。
ただ、索敵魔法は使っていないのかスイードの生徒がいるところには向かえていない。
スイードの生徒も索敵魔法は使っておらず、視界も悪い中でジッとしているのは危ないと思ったのか、スイードの生徒がカーナンの生徒が初めにいた場所付近に向けて魔法を放った。
自分たちの足が止まっているのでカーナンも同じだと思ったのだろうけど、残念ながらカーナンの生徒はすでにそこにはいない。
これは、すでに一戦終えている者と、そうでない者の差が出ちゃったかな。
スイードが放った魔法は非常に威力は大きかったものの、相手には何のダメージも与えることはできず、むしろ自分たちの居場所を知らせるものになってしまった。
散会していたカーナンの生徒たちは、魔法が放たれたと思われる地点に向けて魔法を発射。
「「「うわあっ!!」」」
スイードの生徒三人の悲鳴が聞こえたので、三人とも被弾したのだろう。
そして、カーナンの生徒は続けて魔法を撃ったのだけど……。
足を止めて撃ってしまった。
一撃もらって逆に冷静になったのか、被弾した直後にスイードの生徒もカーナンと同じようにその場から離脱。
カーナンはスイードがまだそこにいると思い込んで、同じ場所から魔法を放ってしまったのだ。
するとどうなるか……。
「「「うおっ!!??」」」
いると思っていた場所とは違う場所から放たれた魔法に、自身の防御魔法を展開することができず、カーナンも被弾。
そこから、イース対ダームとは違う泥試合が始まった。
試合会場は、立て続けに放たれる魔法で視界不良。
お互いがどこにいるのか判別できない状況で、両校とも闇雲に魔法を放ち合う結果に。
イースとダームの試合と違うのは、中々決着が着かないが派手な魔法が飛び交い、見ている分には面白かったということ。
お互い、たまに当たるラッキーパンチでダメージを負うのだけど、魔法の威力はスイードの方が上だった。
その結果、一年生の試合はスイードがカーナンを削り切り、まるでチキンレースのような戦いは幕を閉じた。
「おー、派手な試合だったねえ」
「まあ、派手だけど、内容としてはお粗末なもんね」
「ひょっとしたら、次も同じ戦法でくるかもしれませんね。魔法の余波で視界が悪くなったら、シャルとデビーも索敵魔法使ってね」
「「分かった」」
さっきの眠い試合とは違い、見ている分には楽しめた試合だったけど、内容としてはお互い闇雲に魔法を撃ち合っていただけ。
正直、スイードが勝ち上がったのはラッキーだと思う。
現に、そのあと行われた二年の試合では、さっきの一年の試合と同じ展開になったのだけど、買ったのはカーナンだった。
カーナンの魔法の方がスイードに偶然多く当たったのだ。
三年はまたスイード。
どっちも、運任せの戦い方だよ。
こうして準決勝第一試合は終わり、次は私たちの番だ。
しかし、今までの試合と違い、お互い魔法をぶっ放しあったことから、試合会場が結構荒れてしまっていた。
「げえ、こんな中で試合すんの?」
「まあ、実際の戦場では地形に文句なんて言えないんだけど……」
「試合の時くらいは勘弁してほしいよねえ」
私たちがそんな愚痴を零していると、運営からアナウンスがあった。
『只今より、試合会場の修復作業に入ります』
そうアナウンスされた後、色んな制服を着た魔法使いたちが試合会場に現れた。
多分、各国の魔法師団の制服だろう。
そして、あっという間に試合会場を整地してしまった。
今までの学生による魔法とは違い、その魔法を生業としている本職たちの洗練された妙義に、会場から感嘆の声が漏れた。
いや、確かに凄いよ。
でもさ、何も私たちの試合の前にやらなくても良くない?
こんな妙義を見せられた後の試合なんてやりにくくて仕方ないよ!
プロの仕事のあとに試合をする羽目になり、私たちだけでなく対戦相手であるイースの生徒たちも微妙な顔をしていた。
そんな私たちの気持ちなど知らないとばかりに、アナウンスが響き渡る。
『一年生準決勝第二試合、アールスハイド高等魔法学院対イース高等神学校、それでは……試合開始!』
無慈悲に試合開始が告げられたので、私たちは当初の予定通り、初手大魔法を使うことを選択。
意外だったのはイースも同じ選択をしたことだった。
さっきのスイードとカーナンの試合を見て、初手で大きい魔法を使った方がいいと判断したのだろう。
私たちの魔法も、お互いの中央でぶつかり合った。
ただ、さっきの試合と違うのは……。
「!! 押し負けた!?」
「しょ、障壁を!!」
「間に合わないっ!!」
私たちアールスハイドの放った魔法が、イースの魔法の威力を上回った。
その結果、魔法は相殺せず、余波がイースに向かって襲い掛かった。
慌てて障壁を張ろうとするが、そんな咄嗟に障壁など展開できるはずもなく、ダメージを受けるイース。
「回復します!!」
治癒魔法士と思われる女子生徒の声が聞こえ、今与えたダメージは回復されたとようだ。
しかし、それは想定内。
「魔法を! 何でもいいから魔法を撃って!!」
イース側は先ほどの試合と同じく私たちが居た場所に向かって魔法を放つが……。
私たちだってさっきの試合は見ていた。
いつまでも同じ場所に佇んでいたりしない。
私とデビーはすでに場所を移動。
レティは初めから少し離れた位置にいたので無傷。
そして、私たちは索敵魔法でイースの生徒たちの場所を掴んでいる。
「シャルは右の治癒師、デビーは左、私は真ん中ね」
「「了解」」
「シャルは一撃で削り切れるだろうから、治癒師を仕留めたら私のフォローお願い」
「分かった!」
「デビーは、一撃で削り切れなかったときのために次の魔法も用意しておいてね」
「分かった」
レティからの指示により、私たちは相手の位置を正確に、そして被らないように調整。
「「「いけえっ!!」」」
索敵魔法で正確に位置を確認してから私たちが放った魔法は、確実に相手に命中した。
「「うわっ!?」」
「きゃあっ!! 『ブー』 えっ!? 一撃でやられた!?」
レティの狙い通り、私が放った一撃で治癒魔法士の障壁を削り切った。
「シャル! デビー!」
「「了解! はあっ!!」」
デビーは一撃では削りきれず、同じ相手に続けて二撃目を発射。
それで削り切った。
私は、レティが狙った相手に魔法を放ち、こちらも削り切った。
その結果。
『試合終了! 勝者、アールスハイド魔法学院!』
この前に行われた二試合と違い、早々に決着が着いたからか、観客席からどよめきが聞こえてきた。
そのどよめきに、私は思わずニヤケそうになったけど一生懸命我慢した。
まだ準決勝だからね。
心から喜ぶのは優勝してからだよ!
そんな風に自分を戒めていると、イースの生徒たちがこちらに向かってきているのが見えた。
え? なに? 負けたから文句言いにきたとか?
内心、文句を言ってきたら迎え撃ってやろうと意気込んでいたんだけど、イースの生徒たちは、手を差し出してきた。
「流石は御使い様と聖女様の御息女様とその御学友。完敗ですわ」
微笑みながら握手を求めてくるイースの生徒を拒否するわけにはいかないので、私は慌てて彼女たちの手を取った。
「あ、いえ、パ……父は父、母は母ですので」
なんか、私はパパたちの子供だから強いみたいな言い方をされて、ちょっとモヤッとしたのでそこは修正させてもらいながら握手をした。
イースは、パパとママを『神の御使い』『聖女』として、とても崇拝しているから、私の言葉で不興を買ったかもしれない。
その覚悟で言ったんだけど、予想に反してイースの生徒たちはニコっと微笑んだ。
「御両親の威光を傘に着ず、御自身の力のみで立とうとするその姿勢。感服しました」
「あ、は、はあ」
「それでは、また来年、お会いしましょう」
イースの生徒たちはそう言うと私たちに頭を下げて自分たちの控え室に帰って行った。
「……イースでのパパとママの名声ってすごいんだな……」
「まあ……教皇猊下がお認めになっているからねえ」
「もしかしたら、今頃イースの控え室でシャルと握手したって羨ましがられているかもね」
レティは冗談めかしてそう言ってきた。
「そんなわけないじゃん」
パパとママではなく、その娘と握手したって何の感慨もないでしょ。
変なことを言う二人の言葉を軽く流して、私たちは控え室に戻った。
◆◆◆
「ちょっと!! 貴女たちだけズルイわよっ!!」
「そうよ! 御息女様と握手するなんて!」
「ええ? お互い健闘を称えあっただけですよお」
「そうですそうです」
「ああ、来年も再来年も試合ができるように、これからまた頑張らないと」
イースの控え室では、マーガレットが冗談で言ったことが現実に起きていた。
今回だけでなく、来年、再来年とまた対戦できる可能性がある一年生。
二年生と三年生は、そんな一年生が羨ましく、周囲に音が聞こえるくらい歯軋りをしていた。
そんな怒りの感情を抱いたまま挑んだ二年生は……。
開幕に放たれたアールスハイド二年生の魔法で一撃で全滅した。
今大会最速の試合終了に、観客たちは一瞬呆然とし、そして大歓声が上がった。
三年生は多少健闘したものの、こちらも早い段階で決着。
こうして、決勝戦は、一年がアールスハイドVSスイード、二年がアールスハイドVSカーナン、三年がアールスハイドVSスイードとなった。
そして、少しの休憩時間のあと、決勝戦が始まった。
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