第107話 ブラックコーヒーをください。
「うう……緊張する……」
今私は王城にある控え室に備えられているソファーに座っている。
隣には、ショーンが私と同じく青い顔をして座っている
「お、お姉ちゃん、どうしよう、僕、吐きそう……」
「大丈夫、お姉ちゃんもだから……」
二人でそんな話をしていると、正面に座っているパパがヤレヤレという顔をしていた。
「お前たちは側にいるだけなのに、なんで緊張してるんだ?」
パパは、心底分からないという顔をしている。
「いやいや、なんもしなくても何千人に見られるんだよ? むしろ、なんでパパとママはそんないつも通りでいられるの?」
私がそう言うと、ショーンはウンウンと頷いてくれたが、パパとママはお互いに顔を見合わせた。
「俺たちは皆の前に出ることが多いし、皆の前でスピーチをすることもあるからな。それに比べれば、皆の前でニコニコ手を振ってるくらいなんでもないだろ?」
なるほど、パパたちってそういうのたくさん経験してるから、今回のような自分以外が主役のイベントは緊張する要素がないんだ。
「どうせ皆の注目はシルバーとヴィアちゃんに向いてるんだから、皆の記憶にはそれほど残らないと思うぞ?」
「それはそうかもしれないけど……」
それでも、こんなに大勢の前に出るのは緊張するのですよ。
さっきチラッと窓から見たら、ものスゲエ人数が集まってるんだもの。
いくら休日とはいえ、今日発表して今日これだけ集まるって、王都の人間って暇なの?
パパたちとそんな会話をしていると、控え室の扉がノックされた。
「はい」
パパが返事をすると、部屋に入ってきたのはオーグおじさんとエリーおばさん、それとノヴァ君だった。
「お前、急すぎんだろ。せめて明日にしろよ」
入ってきた人を見て、開口一番パパが文句を言った。
「しょうがあるまい。休日は今日までなのだ、まあ、今日は顔見せだけだからな。正式な婚約披露パーティーは後日するのだ、特に問題ないだろ?」
「いや、急に召集される俺らのこと考えろって言ってんの」
「ん? 今日はお前も休日だろ? なら問題ないではないか」
「問題ねえけど、ビックリすんだろ」
「ビックリするだけならいいだろ」
「お前な……」
二人揃って緊張感の欠片もない会話してる。
本当に、色んなところで経験値の差を思い知らされる。
「それより、もうすぐお披露目だろ? どうした?」
「二人の準備ができたからな。連れてきたのだ」
オーグおじさんがそう言うと、部屋にお兄ちゃんとヴィアちゃんが入ってきた。
「うわあ、ヴィアちゃん綺麗!」
扉から入ってきたヴィアちゃんは、新聞でも見たドレスを着ていた。
「わあ、普段ドレス姿とか見ないから凄い新鮮」
「シャルは社交界には出ていないませんから、知らなくても当然ですわね。アリーシャさんとは色んなパーティーでご一緒しますから知っていますけど」
ウォルフォード家は平民だからね、貴族が集まる社交会には出ないんだ。
ママは元貴族令嬢だから、お友達やエリーおばさんからお茶会に呼ばれたりはしてるけどね。
なので私は、社交界でのヴィアちゃんの姿は見たことがないのだ。
そんな私にとっては珍しいヴィアちゃんのドレス姿を見たあと、お兄ちゃんも見てみる。
「ほわぁあ、お兄ちゃん、カッケー」
グレーのタキシードを着たお兄ちゃんは、妹の目から見てもマジ格好良かった。
「ヤバイよヴィアちゃん。王都中の女子がお兄ちゃんに魅了されるよコレ」
「……お父様、今日のお披露目はやめにしませんか?」
私の言葉を聞いたヴィアちゃんが、おじさんに向かってそんなことを言い出した。
目が……目が怖いよ、ヴィアちゃん。
「お前はなにを言っているのだ? そんなこと、できるわけが無いだろう」
「しかし……このままでは、シルバー様に惚れる女どもが量産されてしまう……!」
「馬鹿なことを言っていないで、ホラ、もう時間だぞ」
「ああ! お父様お待ちを!」
ヴィアちゃんの静止を振り切って、オーグおじさんは部屋から出て行ってしまった。
確かに、もうお披露目の時間だな。
……もうお披露目の時間じゃん!!
ヤバイ! 私の心の準備ができてないよ!!
「ホラ、シャルとショーンも行くぞ」
「あ! ま、待って!」
オーグおじさんたちに続いて出ていくパパとママの後を、私とショーンもついて行く。
「ヤバイお姉ちゃん……口から心臓が跳び出そう……」
「安心して。私もだから」
ショーンとそんな話をしている前では、パパとママが普通に会話している。
なんの話をしているんだろうと思って聞き耳を立ててみると……「今日この後の昼食会が終わったら、久しぶりにどこか行きませんか?」「あ、いいね。久々にデートしようか」「はい。ふふ、楽しみですね」って会話してた。
マジ、メンタル強すぎウチの両親。
ちなみに、私たちの後ろにヴィアちゃんとお兄ちゃんがいるんだけど、二人はどんな話をしてるのかな? と思って聞き耳を立ててみた。
「うぅ……私だけのシルバー様が、女どもの前に晒されてしまう……」
「大丈夫だよヴィアちゃん。僕はヴィアちゃん以外は目に入らないから」
「……本当ですか?」
「ああ、もちろん」
「シルバー様……」
「ヴィアちゃん」
……。
「お姉ちゃん……僕、今、無性にブラックコーヒーが飲みたい」
「奇遇だね。私もだよ」
なんだよちくしょう!
前も後ろもイチャイチャしやがって!
空気が甘すぎて、今なら今まで飲めたことがないブラックコーヒーが飲める気がするわ!
前後のイチャイチャカップルに挟まれていた私とショーンは、その空気に当てられ、緊張感がなくなり、バルコニーに出てのお披露目は、二人揃って死んだ魚のような目をしながら乗り切った。
……ある意味、助かったとも言える……のか?
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