第106話 ウォルフォード家の朝

 パパとママによる地獄の特訓が行われた翌日。


 我が家で購読している新聞の一面に、デカデカとある記事が掲載された。


「おお、とうとう発表したんだ」


 その新聞の一面には『オクタヴィア王女殿下、ウォルフォード家の長男シルベスタ氏と婚約』とデカデカと書かれていた。


 そしてそれに添えられている写真は、いつの間に撮ったのかお兄ちゃんとヴィアちゃんが正装して二人で寄り添っている写真だった。


「こんなの、いつの間に撮ってたの?」


 一緒に新聞を見ているお兄ちゃんにそう訊ねると、お兄ちゃんは「ああ」と答えてくれた。


「この前、ヴィアちゃんの部屋に遊びに行ったときにエリーおばさんが来てさ、婚約発表用の衣装が出来上がったから、そのまま撮っちゃいましょうって言われたんだよ」

「そうだったんだ」


 つい先日、選抜メンバーの先輩には内緒にしてねと言っていたけど、もうその必要も無くなったな。


 もうちょい早く発表してくれれば、面倒な説明とかしなくて良かったのに。


「あ、それよりヴィアちゃんの体調は大丈夫? 体調不良ってなんだったの?」


 昨日、予定していた訓練に来れないほどの体調不良だと聞いていたのでお見舞いに行ったお兄ちゃんにそのことを聞くと、なぜかほんのり頬を赤くしていた。


 なんで?


「あ、ああ。治癒魔法をかけてもらったから、もう大丈夫だよ」

「ふーん」


 ん?


「あれ? でも、治癒魔法で病気を治せるのって相当高位な治癒魔法使いしか無理だって聞いてたけど……」

「そ、それはほら、やっぱり王女様だし、最高位の治癒魔法師を呼んだんだよ」

「そっか。それなら、パパかママでも良かったのにね」

「ああ、いや、父さんと母さんにはシャルの相手をお願いしたからさ。こっちまでしてもらうのは申し訳なくてさ」

「ふーん」

(親に来てもらうとか、どんな拷問だよ)

「ん?」

「なんでもないよ」


 なーんか、しどろもどろになってるんだよなあ。


 なんか隠してるんじゃない?


 口元を隠して小さい声でなんかボソボソ独り言呟いてるし。


 それより……。


「お兄ちゃん」

「なに?」

「昨日、なんかあった?」

「え?」


 なんか、いつもと顔つきが違うような気がする。


 なんというか、大人なんだけど、もっと大人びたというか……。


「なんか、雰囲気がいつもと違う」

「あ、ああ。それはあれだよ、いよいよ婚約を発表するってなったからさ、気合を入れたというか、自覚を持ったというか……とにかく、そういうことだよ」

「ふーん。あ、でも、今日こんな発表されたらさすがにヴィアちゃんが特訓に来るのは難しいかな?」


 私がそう言うと、お兄ちゃんは「あはは」と頭を掻いた。


「ヴィアちゃんが、というか、父さんと母さんも無理だと思うよ」

「えー!? なんでよ!?」


 私が思わず声を上げたとき、パパがリビングに入ってきた。


「あー、悪いシャル。今日はシルバーとヴィアちゃんの婚約お披露目に出なきゃいけないんだ」

「婚約お披露目?」


 なんだそれ?


「王城のバルコニーに、シルバーとヴィアちゃんを中心に両家が揃って国民に挨拶するんだ」

「えー? そんなの昨日言ってなかったじゃん」


 そう言うと、パパは深い溜め息を吐いた。


「俺も昨日オーグから聞かされたんだよ。全く、王女様の婚約発表だっつうのに、急すぎるんだよ」


 不機嫌そうな顔でそう言うパパ。


 確かに、オーグおじさんの戴冠式のときは数ヶ月前から準備してたよね。


 こんな、昨日の今日でお披露目とかすんの?


「お披露目に向けての準備は大分前から進んではいたんだとさ。だからシャル」

「はいはい。今日の訓練はなしでしょ?」

「それもそうだけど、シャルも準備しろよ?」

「なんの?」


 私が首を傾げると、パパも首を傾げた。


「いや、今言ったろ。両家が揃って挨拶するって」

「……え? まさか……」

「そう。シャルとショーンも、一緒に並ぶからな」

「「はあっ!?」」


 さっきまでいなかったショーンも起きてきていて、私と同じく驚愕の表情を浮かべていた。


「お前たちは学院の制服でいいから。正午からだから、それまでに準備しとけよ?」


 パパはそう言うと、朝食を取りにダイニングに行ってしまった。


「マジで……?」

「お、お姉ちゃん、どうしよう……」


 姉弟揃ってガクブルしていると、お兄ちゃんが私たちの肩にそっと手を置いた。


「二人は、父さんと母さんの隣でニコニコ笑ってればいいだけだから。緊張しなくても大丈夫だよ」

「「ははは……」」


 楽観的なお兄ちゃんに、ショーンと揃って脱力してしまった。


 はぁ……まあ、お兄ちゃんとヴィアちゃんの門出の第一歩だし、諦めて参加するかあ。


 そうとなれば……。


「こうしちゃいられない!」

「お姉ちゃん、どこ行くの?」


 私が走り出すと、ショーンから声をかけられた。


「着替えの前にお風呂入んなきゃ!」

「え? お姉ちゃん、昨日入んなかったの?」

「入ったに決まってるでしょうが!」

「なら、なんで?」

「はあ、これだから男は……」

「なんだよう」

「そんな大勢の前に出るんだから、直前にもお風呂入ってなきゃいけないでしょうが」


 私の言葉に、キョトンとするお兄ちゃんとショーン。


 本当に、男ってやつは。


「とにかく、私はお風呂行ってくるから、朝ご飯に遅れるって言っといて」

「あ、ああ、うん。分かった」

「じゃね」


 そういや、パパも朝ご飯食べに行ったな。


 本当に、ウチの男どもは。


 そう思いながらお風呂に着くと、先にママがお風呂に入っていた。


「あ、やっぱりママも来てた」

「あら、シャル。パパたちは?」

「先にご飯食べてる」

「そう。まあ、パパたちは問題ないでしょうけど……」

「私たちは大変だよね」

「本当ですよ。陛下も、何もこんな急に決めなくてもいいですのに」

「今頃、エリーおばさんに怒られてたりして」

「ありえますね」


 ママと二人でクスクス笑いながら体を清めていく。


「そういえば、ママはどんな服着ていくの?」

「私とパパの服は、事前に用意してますよ。いつかお披露目をするのはわかってましたからね」

「ねえ、私、本当に制服でいいの?」

「いいですよ。制服は正装なんですから。それより、ヴィアちゃんと会っても、いつもみたいにお喋りしちゃダメですからね?」

「わかってるよお」


 そんな話をしながら、二人で体を清めていく。


 昨夜お風呂に入ったといっても、夜寝ている間に汗かくしね。


 我が家のお風呂はとても広いので、ママと二人で入っても全然余裕で体を洗える。


 ママと並んで体を洗っていると……ママの胸元に、例の赤い跡を見つけた。


 ……もう指摘しない。


 指摘したら、お互い気まずいことになるから。


 私がソレに気付いているとは知らないママは、上機嫌で体を洗っていき私の頭も洗ってくれた。


 こうして朝からピカピカに磨き上げた私たちは、お兄ちゃんとヴィアちゃんの婚約お披露目に向かうのだった。


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