第105話 平和ボケは悪いことではない

「ズルい」


 休憩時間中にうっかり熟睡してしまった私がママに起こされてすぐ、無線通信機に着信が入った。


 かけてきたのはデビーで、今日一緒に索敵魔法の訓練をしないか? という誘いだった。


 なので、今パパとママと一緒に訓練していると言うと、通信機の向こうでそう言い出した。


「シン様とシシリー様にお相手してもらうなんて、そんなの羨ましすぎるよ!」


 そう喚くので、私はデビーと、レティも誘うことにした。


 レティに連絡すると、二つ返事で訓練に参加するとのこと。


 二人には私の家まで来てもらい、パパに迎えに行ってもらった。


 そして、一年の代表である私たち三人での訓練が始まったんだけど……。


「ぎゃああっ!!」

「わあああっ!!」

「きゃああっ!!」


 三者三様の叫び声が、荒野に木霊したのであった。


「ひいっ! ひいっ!」

「ちょっ……ナニコレ? 超怖いんですけど!?」

「魔法怖い、魔法怖い、魔法怖い……」


 さっき散々パパにやられた私は息を切らせるくらいで済んでいるけど、初めて魔道具なしで魔法を撃たれたデビーとレティは、すっかり萎縮してしまっていた。


「あー、シャルが大丈夫だったから、同じように相手したけど……二人にはちょっと厳しかったかな?」


 私たち三人をまとめて相手にしていたパパは、頭を掻きながらそんなことを言っていた。


 パパにそう言われたデビーは、なぜか私をキッと睨んできた。


「っていうか、なんでアンタはそんな平気そうなのよ!?」

「そうですよ! 魔法が……魔法が直接向かってくるんですよ!? 防いでくれるものは何もないんですよ!?」


 レティまで涙目でそう言ってくるが……怖いは怖いんだけど、二人ほどの恐怖は抱いていない。


「なんでだろ?」


 私が首を傾げていると、私たちを治癒してくれていたママが苦笑しながら話しかけてきた。


「デボラさんとマーガレットさんの親御さんは、魔法を使えますか?」


 その問いに、二人は首を横に振った。


「きっとそのせいですね。この子は、昔からいたずらをしては私やお婆様に怒られていましたから。その際に、ほんの少し魔力が漏れていたのかもしれません。そのせいで魔力を向けられることに慣れてしまったのでしょうね」


 確かに、ママやひいお婆ちゃんに怒られるときに妙な圧力を感じることがあると思っていたけど、あれは魔力だったかあ。


「ほほう。なるほど」

「なるほどじゃありません。そもそも怒られることばかりしていることを反省しなさい」


 治療を終えたママに頬を抓られた。


「ごめんなひゃい」

「まあ、それも慣れですよ。二人とも無条件で自分を守ってくれる魔道具がないから恐怖心を感じているだけで、普段から自分に向かって魔法は撃たれているわけですから」


 私の頬から指を離したママが二人にそう語りかける。


「そ、そうですね。魔道具がないだけで、こんなに恐怖心を感じるとは思ってもいませんでした……」


 デビーは魔道具の有無で心情がこんなに変わるのかと驚いているが、レティはまた別のことを考えていた。


「……こんなに動揺してしまうなんて……やっぱり私たちって、甘っちょろいんですかね……」


 レティはそう言って落ち込んでいる。


 確かに、昔、パパたちの時代には対人専用の魔道具なんて便利なものはなかった。


 でも、パパたちは魔人たちとの戦いに挑んでいった。


 それに比べて、私たちは対人専用の魔道具なんていう便利なものに加え、魔法を教えてもらえる年齢もママたちよりも早く、パパのお陰で魔法を教えてもらえる効率もいい。


 昔に比べて魔法を教えてもらえる環境はとても充実している。


 レティは、そのことを気にしているようだった。


 するとママが、レティの背中をそっと撫でた。


「時代が違うのですから、そんなに気に病まなくても大丈夫ですよ」

「でも……」

「私たちだって、実際に魔人が目の前に現れるまで、貴女たちと同じで自分に危機が降りかかるなんて思ってもみなかった。私たちが戦闘に慣れたのは、言わば時代の激流に巻き込まれただけなのです」

「で、でも、そんな時代の人たちと比べて、私たちが甘いのは事実です!」

「いいではありませんか」


 ママのその一言で、レティは目を見開いた。


 そんなレティに、ママは優しく微笑みかけた。


「私たちは、魔人たちとの戦争や、その後のゴタゴタを経て、私たちの子供にはそんな苦労をさせないようにと頑張ってきたんです。ですから、皆さんが甘いと言うなら、それは私たちのせいでしょうね」

「そ、それは……」


 言葉に詰まってしまったレティを見て、ママはクスクスと笑った。


「ふふ。ちょっと意地悪な言い方でしたね。でも、私たちは貴女たちが平和で、幸せに暮らせるような世界を目指したんです。デボラさんやマーガレットさんが平和で緊張感がないと、そう感じてくれているのなら、それは私たちにとっての成功なんですよ」

「そ、そうなんですか……」


 ママの話で、ようやく納得したらしいレティだったが、それでもまだ若干腑に落ちない感じが見えた。


 そしてそれは、私も同様だった。


「でもさ、ママ。この世界には魔物もいるし、魔法による犯罪もなくならないよね? 昨日お兄ちゃんとも話したけど、結局そういうことに対処しないといけないわけじゃん。のほほんとしているのは問題なんじゃないの?」


 私がそう言うと、パパもママも、驚いた顔になった。


「シャルが真面目なこと言ってる……」

「ええ。本当に……成長したのね、シャル……」

「さすがに失礼すぎない!?」


 ちょっとお!


 パパは普通に失礼だし、ママも同意して涙ぐんでるんじゃないわよ!


 私がプンスカしていると、パパが私の頭をワシャワシャと撫でてきた。


「はは。まあ、シャルの言わんとすることも分かるけど、それはその職に就いた人間が考えればいいことだ。ハンターや警備局員、魔法士団員を目指さない人間は、普通に今ある平和を享受していればいいんだ」


 パパはそう言うと、私たちに笑いかけた。


「それに、そのことに今気付いたのは相当すごいことだぞ? 普通、学院を卒業して、職に就いてから考えることだからな」

「そうですよ。貴女たちは貴女たち。私たちと比べる必要なんてないし、比べるには状況が違いすぎますからね」

「そういうことだ。だから、三人ともあまり俺たちと比べて一喜一憂するな」


 パパはそう言うと、パンパンと手を叩いた。


「という訳で、反省タイムは終わり。そろそろ再開するぞ」

「うぇ……」

「「は、はい!」」


 その後も、パパにボコボコにされつつ、私たちは戦闘中に索敵魔法をスムーズに使えるようになったのだった。


 ちなみに、訓練が終わった後、私たち三人はヘロヘロになっていたのに、一人で三人相手にしていたパパは平然としていた。


 おじさんの体力じゃないよ、あれ。


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