第103話 二人の決意

◆◆◆


「ヴィアちゃん、大丈夫かい?」


 アールスハイドの王城にあるオクタヴィアの自室で、シルベスタはベッドで横になっているオクタヴィアに声をかけた。


「……ご心配をおかけして申し訳ありませんシルバー様」


 オクタヴィアは、赤くなった顔をシーツで隠すようにしながらシルベスタに謝った。


「謝るのはこっちの方だよ。ごめんね。無理、させたよね?」

「い、いいえ!」


 申し訳なさそうに頭を下げるシルベスタを見て、オクタヴィアは慌てて起き上がった。


「あ、いたた……」

「む、無理しないで!」


 シルベスタは、苦痛に顔を歪ませるオクタヴィアを気遣いベッドに横たわらせた。


 横になったオクタヴィアは、改めてシルベスタを見ると、フワッと微笑んだ。


「無理なんてしていませんわ。本当に極上で、夢のような時間でしたから……」


 行ったそばから恥ずかしくなったのか、またシーツに顔を埋めるオクタヴィア。


 そんなオクタヴィアのことが愛おしくて堪らなくなったシルベスタは、オクタヴィアの頭をよしよしと撫でた。


「僕も、今まで生きてきた中で、一番幸せな時間だったよ」

「シルバー様……」


 シルベスタの言葉に目を潤ませたオクタヴィアは、ジッとシルベスタを見たあと、そっと目を閉じた。


 その行動の意図を理解したシルベスタは、オクタヴィアの顔に自分の顔を近付けていき……。


「ヴィア、調子はどう……おっと、これは無粋な真似をしてしまったな」


 オクタヴィアの様子を見にきたアウグストが、部屋の中でイチャイチャする恋人同士を発見。


 そのまま出ていくのかと思いきやそのまま入室し、二人を見てニヤニヤしながらそう言った。


「オ、オーグおじさん!? お、おはようございます!」


 恋人とイチャイチャしているところを、恋人の父に見られるという、気まずいどころの話ではない状況に、慌てて立ち上がるシルベスタ。


 だがアウグストは気にした様子もなく手を振った。


「そう畏まらなくていい。座ってくれ」

「は、はい」


 アウグストはアールスハイド王国国王だが、シルベスタにとっては父の親友で、幼いときから親しくしているおじさんでもある。


 普段会うときは緊張などしないのだが、今、このときはなにを言われるかと、流石に緊張した。


 すると、シルベスタの緊張を見透かしたのか、アウグストは「フッ」と笑うとシルベスタの頭をクシャクシャと撫でた。


「そう緊張するな。まあ、無理もないが」


 アウグストは笑いながらシルベスタの隣に異空間収納から椅子を取り出して座った。


「は、はぁ」

「ちょ、ちょっとお父様。なぜそう言いながら居座りますの!?」


 オクタヴィアは父が全てを知っていそうでいながら、それでもこの場に居座ったことに驚愕していた。


 自分の娘が彼氏と一緒にいて、尚且つ特別な空気感になっているのに正気かと。


 しかし、アウグストはオクタヴィアの戸惑いも気にせず、二人に話しかけた。


「どうやら、さらに仲も深まったようだし、そろそろ発表しても良い頃合いかと思うのだが、構わないな?」

「発表……」


 シルベスタは、アウグストの言う発表というのがなにを指すのか、すぐに気付いた。


 そして、それまでのニヤニヤした表情から一転、アウグストは表情を引き締めた。


 たったそれだけで、娘であるオクタヴィアですら緊張するほどの緊迫感に包まれる。


「お前たちの婚約を、世間一般に公表する。どうやら深い仲にもなったようだし、これでお前たちは完全に後戻りできない。分かっているな?」


 アウグストがそう言うと、シルベスタとオクタヴィアは手を握り合いながらコクリと頷いた。


「よし。それでは早急に準備を進める。明日には公表するので、そのつもりでいるように」

「「はい!」」


 アウグストに返事をしてから、見つめ合うシルベスタとオクタヴィア。


 そんな二人の様子を見て、満足そうに頷いたアウグストは、スッと席を立ち扉へと向かった。


 そしてその途中で立ち止まり、振り返ってオクタヴィアを見た。


 その胸元には、かつて自分がシンから譲り受けたペンダントが輝いている。


 それを見たアウグストは、またしてもニヤッと笑った。


「私の言いつけを守っているようで安心した。くれぐれも、私とシンを早々にジジイにしてくれるなよ?」

「「!!」」


 アウグストからそう言われた二人は、揃って真っ赤になった。


「お、おとうさまっ!!」

「はっはっは。朝からすまなかったな。邪魔者は退散するよ」

「もうっ! もうっ!!」


 アウグストに向かって枕を投げつけるオクタヴィアだったが、投げた枕は簡単にキャッチされ、そのままオクタヴィアに投げ返された。


「ふぎゃっ!」

「大人しく寝ていろ。エリーもそうだったが、どうやらダメージが残りやすい家系のようだ。ではシルバー、あとは任せたぞ」

「あ、はい! 任せてください!」


 シルベスタの言葉を聞いたアウグストは、満足気な笑みを浮かべて部屋を出て行った。


 後に残されたのは、決意に満ちた表情をしているシルベスタと、羞恥に満ちた顔をしているオクタヴィアだった。


「最低! お父様最低!! 折角の美しい思い出が汚されましたわ!!」

「あ、あはは……」


 あそこまで娘のことに関して寛容な父も珍しいと思うのだが、憤慨している恋人の手前、それは言わないでおいた。


「それより、いよいよだね。覚悟はいい?」


 シルベスタがそう訊ねると、オクタヴィアは羞恥に悶えていた表情から、グッとできる限り表情を引き締めた。


「もちろんですわ。私の望みは、今も昔も未来も、シルバー様の妻になり、生涯あなたを支えることのみ。覚悟なんて、今更ですわ」

「うん。じゃあ、これからもよろしくね」

「はい!」


 そして、今度こそ、二人の顔は重なるのだった。


 二人が将来について決意を新たにしている裏で、彼の妹であり彼女の親友であるシャルは、地獄の特訓をしていたことを、二人は知らない。


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