第102話 ヴィアちゃんのペンダント
家に帰った私は、お兄ちゃんとヴィちゃんがイチャイチャしているのをニコニコと見ているママに声をかけた。
「ねえママ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あら。なにかしら?」
ママは持っていたティーカップをテーブルの上に置くと、私に向き合ってくれた。
「あのね、今日代表メンバーでリンせんせーと模擬戦したんだけど……」
ママに、今日模擬戦でリンせんせーに指摘されたことを話した。
するとママは納得した顔をして頷いた。
「そうね。今は昔と比べて平和になったから、戦闘をするなんて魔物討伐くらいですものね。対人戦に慣れてなくてもしょうがないわね」
「やっぱり、対人戦だと索敵魔法って必須なの?」
「目で見えているのなら問題ないのだけど、対人戦だと高確率で視界が悪くなってしまいますからね。正確な敵の位置を把握するためには、索敵魔法がどうしても必要になるわね」
こういう話を聞くと、今は聖女様とか言われて優しいイメージしかないママも、魔人との戦いを経験した歴戦の猛者なんだと実感する。
実際、魔人一体くらいなら自力で討伐できるらしいし。
「ふーん。リンせんせーの言ったことは本当だったんだ」
「それなら僕も、魔法師団に出向していたときに感じたな。対人戦は難しいって」
ママと話をしていると、さっきまでヴィアちゃんとイチャイチャしていたお兄ちゃんも興味を持ったのかこっちの会話に混ざって来た。
「相手は魔物と違って知恵のある人間だからさ、視界を塞がれることなんてしょっちゅうだった。その都度、ベテランの魔法師団員たちの索敵魔法への切り替えの速さに驚いたものだよ」
「やっぱり、現場レベルだと必須の技術なんだ」
「そうだよ。僕は学院を卒業してからその必要性に気付いたけど、学生のうちから教えてもらえるなんて、シャルは恵まれてるなあ」
お兄ちゃんが珍しく私を羨んでいる。
「確かに、私たちは幸運ですわね。一年生のときから対人戦用魔道具を使っての実習ができますし、各国対抗戦などというものまで行われるのですから」
お兄ちゃんと一緒に引っ付いて来たヴィアちゃんも会話に参加する。
「でも、そんなことを教えてもらっているのは選抜メンバーだけではないですか。ズルいですわよシャル」
「そんなこと言われても、今日たまたま話のついでに教えてもらっただけだもん。それに、良いことばかりじゃないんだよ」
「どういうことですの?」
「週明けまでに戦闘中に索敵魔法が使えるようにならないと、次の訓練は魔道具なしでリンせんせーと対人戦やらないといけないんだよ」
私がそう言うと、ヴィアちゃんとお兄ちゃんは真っ青になり、ママは溜め息を吐いた。
「もう、リンさんったら。昔からすぐ無茶なことをするんですから」
「だからこの休日は、その訓練をしないといけないんだ。だからさ、ねえお兄ちゃん」
「なに?」
「訓練、付き合ってくれない?」
私はお兄ちゃんに対し、上目遣いで、目をウルウルさせ、小首を傾げてお願いした。
お兄ちゃんは私に甘い。
私が可愛くお願いすれば、決して断らないだろう。
そう確信していたのだが、お兄ちゃんからの返答は「いいよ」ではなく、顔面の鷲掴みだった。
「シャル……あなた……なにをシルバー様に媚を売ってますの?」
訂正。
顔面を鷲掴んだのはお兄ちゃんじゃなくてヴィアちゃんだった。
「いいじゃーん。妹がお兄ちゃんにお願いしてるだけだよお」
「私にまで猫撫で声を出さないでくださいまし! 気持ち悪い!」
「き、きも……!?」
ちょっとヴィアちゃん、流石にそれはショックなんですが!?
「あはは。まあまあヴィアちゃん落ち着いて。ヴィアちゃんもそのうち訓練することになるだろうし、明日はシャルと一緒に訓練すればいいんじゃない?」
「そうだよ。リンせんせーのことだから、通常授業でもやらされるよ? 前もってできるようになっておいた方がいいって」
「ま、まあ、私も一緒というなら構いませんわ」
お兄ちゃんのフォローもあって、ヴィアちゃんは顔面の拘束を解いてくれた。
「ふぅ。それにしても、妹にまで嫉妬する?」
私がそう言うと、ヴィアちゃんは拗ねた顔をしてプイっとソッポを向いた。
「し、仕方がないでしょう? たとえ妹でも、シルバー様に色目を使う女を近付けるわけにはいかないのですわ」
「色目って。妹の可愛いおねだりじゃん」
「はは。シャルのそれは見え見えだからね。引っかかったりしないよ」
「なっ!?」
ま、まさか?
今まで数々の成功を収めて来た私の技が、すでに見切られていた、だと!?
「まあ、無下にするのも申し訳ないようなお願いばかりだったからね。今回のもリンお姉ちゃんからの課題だって言うし、変なお願いの仕方されなくても協力してあげてたよ」
「へ、変っ!?」
う、うおぉ……。
全部バレていた上に見過ごされていて、尚且つ変と思われていたとは……。
「恥ずか死にしそう……」
「全く、変なことばかりしているから、そうなるんですよ?」
私が羞恥で身悶えていると、ママから無慈悲なお言葉を頂戴した。
娘が悶えてるんだから、もうちょっと気を遣ってよ。
「さて、それじゃあ、私はそろそろお暇いたしますわ」
「ああ、送っていくよ」
「はい。ありがとうございます」
帰ると言うヴィアちゃんを、私は羞恥に身悶えながら何気なく見た。
「……あれ?」
そこで私は、あるものに気が付いた。
「ではシャル。明日の訓練で」
「あ、うん。バイバイ」
お兄ちゃんが開いたゲートを潜って帰るヴィアちゃんに手を振って見送った私は、隣にいたママに声をかけた。
「ねえ、ママ」
「なに?」
「ヴィアちゃん、新しいネックレスしてたの、気付いた?」
私がそう聞くと、ママは記憶を辿るように視線を上に上げて考え込むと、ハッとした顔をした。
「そ、そういえばしてたわねえ」
「あれって、お兄ちゃんが送ったものかな?」
「さ、さあ? どうかしらねえ」
ん?
なんかママの顔がほんのり赤くなっている気がする。
「ママ、どうしたの?」
「え? あ、ううん? なんでもないわよ? さて、もうすぐお夕飯だから、早く着替えてらっしゃい」
「はーい」
ママの態度も気になるけど、夕飯だと聞くと途端にお腹が空いてきた。
私は手早く着替えてリビングに戻ってくると、丁度パパが帰ってきたところだった。
「パパ、お帰りなさい!」
「おう。ただいまシャル」
パパは私の頭をわしゃわしゃと撫でると、ママと帰宅のキスをしてダイニングに向かう。
そのあとすぐにお兄ちゃんも戻ってきたので、一緒にダイニングに行くと、すでにショーンが席に着いており、私たちをジト目で見てきた。
「みんな遅いよ! 僕もう、お腹ペコペコなんだけど?」
中等学院一年生の男の子で、一番育ち盛りなショーンの抗議に私たちは思わず笑ってしまいながらも全員テーブルにつき、夕飯をとった。
その際、私は気になったことをお兄ちゃんに訊ねてみた。
「ねえお兄ちゃん」
「ん? どうした?」
「ヴィアちゃんが付けてたペンダントって、お兄ちゃんがプレゼントしたの?」
私がそう聞くと、お兄ちゃんはピシリと動きを止めた。
「んん? ペンダント?」
パパはヴィアちゃんがペンダントをしているところを見ていないから、なんのことだ? と訊ねてきた。
私が答えようとすると、ママがパパに耳打ちした。
「い、いや。あれは僕の贈ったものじゃなくてオーグおじさんから貰ったものだってさ」
お兄ちゃんが急にしどろもどろになった。
なんで?
「そっか。お兄ちゃんからじゃないのか。おじさんからってことは、王家の秘宝的な感じなのかな?」
「さ、さあ? 王家のことはよく分からないな」
お兄ちゃんのその反応に、パパはニヤニヤしながらお兄ちゃんを見ていて、ママはやっぱりちょっと頬を染めていて、ショーンは我関せずでモリモリご飯を食べている。
育ち盛り、もっとお食べ。
まあ単に、お兄ちゃんからヴィアちゃんへの贈り物かも、と思って聞いただけで、特に深い意味はない。
皆が知らないフリをしているなら、別に私が知る必要もないものだろう。
夕飯を終える頃にはそんなこともすっかり忘れ、お風呂に入り、そのまま自室のベッドで眠りについた。
そして、翌日。
「今日は、ヴィアちゃんが体調不良とのことで、シルバーはそのお見舞いに行きました。なので、今日の訓練は、ママとパパが請負います」
「……え?」
ちょ、ちょっと待って?
ヴィアちゃんの体調不良はしょうがないとして、お兄ちゃんが看病ってなんで?
そんで、その代わりがパパとママだなんて、聞いてないんですけど!?
「ほら、シャル。行くぞ」
「……はぁい」
ゲートを開くパパの後ろを歩く私、そして、その後ろを歩くママ。
……逃げ場がないよ!
ってか体調不良って、ヴィアちゃん大丈夫かな?
そんなことを考えながら、いよいよ地獄の門に見えてきたゲートを潜るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます