第101話 経験者
ママに恋愛相談をした翌日、デビーはまだちょっと悩みながらも放課後の練習には真面目に参加していた。
ただ……。
「はああっ!!」
リンせんせーに向かって、我武者羅に魔法を放つデビー。
そんな力押しの魔法がリンせんせーに通用するはずもなく、障壁で簡単に防がれてしまう。
「ほれ」
「え……キャアアッ!!」
大きな魔法を放った直後、その隙を突かれてリンせんせーの魔法が放たれレティに直撃する。
一撃で半分以下にまで障壁のライフが減ってしまった。
「回復します! デビー下がって!!」
「あ、ご、ごめん!」
回復役のレティの指示にしたがってリンせんせーから離れるデビー。
「もう! 何やってるんですか! 今日のデビー、一人で突っ走り過ぎですよ! 周りの人と連携取れてないじゃないですか!」
文句を言いながらもデビーの魔道具に回復魔法をかけるレティ。
すると、ダメージゲージがどんどん回復していき、またライフが満タンになった。
なんでそんなことが分かるのかというと、今回の対人戦用魔道具の改良にあたって、首から下げている魔道具から、なんか棒みたいなのが浮き出ているから。
ダメージを受けるとそれが短くなるし、回復すると長くなる。
そして、短くなって無くなるとブザーが鳴る。
傍目にどれだけダメージを受けているかよく分かるので、仲間なら誰を優先的に回復させるべきなのか、敵なら誰を優先的に狙うのか、観客的には勝負の行方が、それぞれ分かりやすくなるというもの。
パパが作ったらしいんだけど……こんなの思いついて実際に作っちゃうとか、パパの頭の中マジでどうなってんの?
「ごめん……冷静にならなきゃいけないって分かってるんだけど……リン先生を前にしたらついカッとしちゃって……」
デビーの暴走の原因は嫉妬心だったかあ。
確かに、現状ミーニョ先生の意識はリンせんせーに向いてそうだもんなあ。
まあ、リンせんせーにミーニョ先生の意識が向いている間は、恋人ができる心配はないんだけど。
「回復した? じゃあ、もう一回行くよデビー」
「うん。ごめんシャル。今度は冷静に対処する」
「オッケー。それじゃあ、先輩たちの攻撃に合わせて……行くよ!!」
「うん!!」
先輩たちがリンせんせーに攻撃を放つ。
それを障壁で防ぐのではなく、身を躱して避けるリンせんせー。
「はあっ!? 魔法を避けるってなんだよ!?」
二年の男子先輩が叫んでいるけど、これはチャンスだ。
魔法は地面に着弾し、リンせんせーの周りは土煙で煙幕みたいになってる。
視界が効かないこの状況なら……一発当てられる!
「!!」
移動した私の意図を読んだのか、デビーがリンせんせーがいる辺りに魔法を放つ。
土煙で当たったかどうか分からないけど、視界が効かないこの状況ならリンせんせーを怯ませることはできる!
その隙にリンせんせーの背後に回った私は……。
(もらった!!)
おおよその見当を付けて回り込んだその先は、運よくリンせんせーの真後ろ。
声を上げて気付かれるなんて愚を犯さないように、私は心の中で叫んだ。
のだけど……。
「残念」
「ええっ!?」
私の行動はリンせんせーに完全に把握されており、私が魔法を放とうと思ったときには、すでにリンせんせーから魔法が放たれていた。
「ちょっ! うおわあっ!!」
最初の魔法で足を止められてしまった私は、続け様に放たれるリンせんせーの魔法で魔道具の障壁を削られ……。
『ビー』
「うああっ!! やられたっ!!」
「ん。作戦としてはアリ。だけど……」
リンせんせーはそう言うと、土煙の向こうに向かって魔法を放った。
「ぐわっ!!」
「きゃあっ!!」
次々と聞こえてくる先輩たちの声。
それは明らかに魔法に被弾した時の声だった。
「え? 今の、索敵魔法!?」
私がそう言うと、リンせんせーはコテンと首を傾げた。
「索敵魔法で相手の位置を確認しながらの戦闘なんて、初歩中の初歩。むしろ、なんで不思議がっているのかが不思議」
「ええ……? 索敵魔法使いながら攻撃魔法を撃つなんて無理だよ」
リンせんせーの指導に理不尽なものを感じつつも、さっきの攻撃で全滅した私たちは、リンせんせーの元に集まった。
「皆、視覚に頼りすぎ。索敵魔法を使えば、視界が効かない状況でも相手を捕捉できる。なぜやらない?」
リンせんせーがそう言った後、私たち全員から『いやいや!』と首を振った。
「魔法を二つ以上同時に使うなんて、陛下とシン様しか使えない超高等技術じゃないですか! そんなの使えませんよ!」
三年の男子先輩がそう言うと、リンせんせーは『コクリ』と頷いた。
「そう。そんなのは陛下とウォルフォード君しかできない。この意味、分かる?」
最初は意味が分からず考え込んだ私たちだったけど、少し経ってからその意味を理解した。
「あ、リンせんせーも、できないから、そんなことはしてない?」
私がそう言うと、周りの皆はハッとした顔をし、リンせんせーはコクリと頷いた。
「そう、私もそんな芸当はできない。あれは知識ではなくセンスだから。じゃあ、私は何をやっている?」
その問いかけに、二年の女子先輩がおずおずと手をあげた。
「はい」
「えっと、あの、リン先生は、索敵魔法と攻撃魔法を切り替えて使ってる……のですか?」
「うん。その通り」
リンせんせーは「正解」と言いながら頷いた。
「対人戦で魔法の撃ち合いになると、土煙による煙幕が高確率で発生する。そんなとき、索敵魔法が使えないと相手から狙い撃ちされる。そうなれば……」
リンせんせーはそう言った後私たちを見渡した。
そして……。
「死ぬ」
そう言うリンせんせーを見て、私は背筋がゾッとした。
だって、今まで、リンせんせーのこんな怖い顔、見たことなかったから……。
いや、怖い顔というか……全身から殺気がこぼれているというか……。
デビーやレティ、周りの先輩たちも同じことを感じ取ったようで、揃って青ざめた顔をしている。
そういえば、リンせんせーって魔神王戦役を経験している。
こちらを殺す気満々の魔人たちと、それこそ文字通りの死闘を経験しているんだ……。
「本来、魔法を使っての対人戦は命の取り合いになる。だから、ダメージを代わりに受け持ってくれているこの魔道具がなければ対人戦の訓練なんてできない。だから、これはとても素晴らしい魔道具なのだけど……」
リンせんせーはそう言うと、小さく溜め息を吐いた。
「これがあるせいで命がけになれていないのも事実。それじゃあ、いつまで経っても上達なんてしない」
そこでリンせんせーはようやく怖い雰囲気を解消してくれたのだけど、怖いことを言い出した。
「いっそのこと、魔道具を使わずに訓練しようか?」
「いやいや! りんねーちゃん相手に魔道具なしで対人戦するとか! 私はまだ死にたくないよ!!」
「こらシャル。リンせんせーでしょ」
「そんなの今はどうでもいいよ!? ごめんなさい! 分かりました! 戦闘中に索敵魔法が使えるように頑張りますのでそれは勘弁してください!!」
どうでもいいと言ったら睨まれたので、慌てて頭を下げ、ついでにリンせんせーとの魔道具なしの対人戦はやめてくださいと真剣にお願いした。
「はぁ、それなら、次の訓練までにはできるようになっておくこと。もしできるようになっていなかったら、魔道具なしで対人戦。いいね?」
『……』
誰も返事できないでいると、またリンせんせーが怖い雰囲気になった。
「いいね?」
『はいっ!!』
「よろしい。では、今日はここまで」
リンせんせーはそう言うと、練習場の出口に向かってスタスタと歩いて行ってしまった。
その姿が見えなくなると、私たちは練習場に揃って崩れ落ちた。
「こ、こ、怖かった……殺されるかと思った……」
二年の女子先輩がカタカタと震えている。
「あ、ああ。俺、そこそこ魔物狩りしてるから、肝は座ってるつもりだったけど……初めて死を覚悟したわ……」
戦闘慣れしているという三年の男子先輩も、同じように震えていた。
「普段はそう見えなくても、英雄と呼ばれるほど修羅場を潜り抜けてきてるってことか」
二年の男子先輩の言葉に、私たちは揃って頷いた。
「そんな実戦経験豊富な先生にやれって言われたんだから、週明けまでには戦闘中の索敵魔法の使用をマスターしないとね」
この前私が、リンせんせーに教えてもらえてもらえる私たちはラッキーだと言った女子先輩がそう言った。
前に話したときも思ったけど、前向きで明るい先輩だな。
「はぁ、それにしても、できなきゃ魔道具なしでリン先生と対人戦か……死ぬ気でやらないとマズいな……」
「まあ、リン先生は本当にそれができないと死ぬような経験をされたんだろうけど……」
「それにしても、普段飄々とされているリン先生があんな殺気を放つなんて想像もしていなかったわ。他の方々もそうなのかしら?」
三年の女子先輩の言葉で、全員が私を見た。
「えっと、正直私もあんなリンせんせー見たのは初めてなのでなんとも言えませんけど……全員同じ戦場を経験しているので、そうなんじゃないですか?」
私がそう言うと、全員が「ほぉ」と感心していた。
「やっぱり、英雄と呼ばれる方々は違うな」
「そうね。あ、でも、聖女様は流石に違うんじゃない? あんなに優しくて慈愛に満ちた方が殺気を放つなんて想像もできないもの」
先輩たちは『確かに』と言いながら笑っているが、私は笑えなかった。
「あら? どうしたの貴女たち」
「あ、あはは。私は、シャルがシシリー様に怒られているところをしょっちゅう見ているので……」
「えっと、その……そのときのシシリー様は、結構その……怖いというか……」
デビーとレティがチラチラと私を見ながらそう言うと、先輩たちは「ああ」と納得してくれた。
「やっぱり、聖女様も母親なのねえ。私もしょっちゅうお母さんに怒られてるわ」
「私もそう。なんだけど……どうしたのウォルフォードさん。脂汗掻いてない?」
実は、さっき先輩が『聖女様が殺気を放つ姿が想像できない』と言った後に、急に蘇ってきた記憶があった。
それは……。
「い、いや、実は急に思い出したことがあって……」
「思い出したこと?」
「はい。えっと、確か弟がママのお腹にいたから、私が三歳くらいだったと思うんですけど、その日、お兄ちゃんとヴィアちゃんたちと王城で遊んでたんですね」
「出てくる登場人物と遊ぶ場所がめっちゃ気になるけど……続けて」
「はい。それで、私たち、王城に侵入した賊に襲われそうになったことがあるんですけど」
「さらっと今まで聞いたことない事件が出てきたけど……続けて」
「賊が私たちを殺そうと魔法を放ったんですけど、それはお兄ちゃんが魔道具で防いでくれて」
「そんな幼い頃からカッコイイなんて、さすがシルバー先輩……オホン、続けて」
「だけど、やっぱり子供なんで魔道具の障壁が割られそうになったんです。その寸前にママが駆けつけてくれたんですけど……」
「けど?」
「ママ、賊に対してメッチャ怒ってて、ママを見たとき私『あ、氷の女王様だ』って思ったんです」
「こ、氷の女王……」
「ママが放った魔法で賊はどんどん凍り付いていって、オーグおじさんが駆け付けて止めなかったら、賊の氷柱ができてましたね」
『……』
皆が息を呑んでいるのが伝わってきた。
まあ、普段のママしか知らなかったら、氷の女王状態のママなんて想像もできないよね。
「物心が付くか付かないかくらいの出来事なんですけど、襲われて怖かったし、ママが怒って怖かったし、その後弟が産まれたりしたので、それだけは鮮明に覚えてるんですよね」
メチャメチャ印象に残ることが山盛りだったからね。
「だから私、いまだにママには逆らえないんですよ。怖くて」
そこまで話終わると、皆が顔を青くさせてお互いの顔を見合っていた。
「せ、聖女様でさえそんな怖いのか……」
「一番温厚そうなイメージがあったのに……それだとリン先生はもっと……」
「やばいわね。これは絶対にできるようにならないと、本当に魔道具なしで対人戦やらされるわよ」
先輩たちは、今までにないくらい真剣な顔つきになり、お互いを鼓舞し合っていた。
「貴重な話をありがとうウォルフォードさん。それじゃあ、週明けまでお互いに頑張りましょう」
「はい。お疲れ様でした」
こうして、今日の訓練は終わった。
最後にシャワーを浴びて帰ることになったのだけど、その前にデビーに聞いておきたいことがあった。
「それで、いつ思いを告げるの?」
「それは、えっと……」
できることなら、対抗戦の前に全部決着しておいて欲しかったのだけど……。
「た、対抗戦が終わったら言うよ」
それを聞いた私は、耳を疑った。
デビー、アンタ……それ……それ……。
「死亡フラグだ……」
「何不吉なこと言ってんのよ!! 死なないわよ!」
でもでも、私は知ってるんだ!
戦いに赴く人が、大切な人に『帰ってきたら大事な話があるんだ』って言ったときは、大抵その大事な話はされないんだよお!
「アマーリエ先生の本、読みすぎ!!」
「あいた!」
デビーにおでこチョップされた。
「まったく、馬鹿なこと言ってないで、さっさとシャワー浴びて帰るわよ」
「へぇーい」
そういうわけで、デビーの告白は対抗戦終了までお預けとなった。
まあ、リンせんせーの話を聞いちゃったら、今は色恋より対抗戦を優先したいと思ったんだろう。
私も今日のリンせんせーを見て、まだ自分が甘かったのだと痛感したし、しばらくは対抗戦に向けて集中しよう。
家に帰ると、なぜかいたヴィアちゃんと帰ってきたお兄ちゃんがイチャイチャしているのを見ながら、そう決意した。
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