第99話 あっちもこっちも色恋沙汰
それは、女子の先輩たちとキャッキャしながらシャワー室を出た時のことだった。
「ねえ、シャル、レティ」
「ん?」
「なに?
「今日、このあと時間ある?」
デビーがなにやら深刻そうな顔をしてそう声をかけてきた。
私は、レティと顔を見合わせ、首を傾げた。
「もう時間も遅いから、私の家なら大丈夫だけど……」
放課後に代表メンバー練習があったから、もうすぐ夕暮れだ。
こんな時間からお店に寄って帰宅が遅くなると、ママが怖い。
なので、家でなら大丈夫と言うと、デビーはハッとした顔をした。
「そっか。シャルは遅くなったらマズいよね」
「うん。だから、家ならいいよ」
「でも、そんなしょっちゅう遅くまでお邪魔するのも申し訳ないし……」
「大丈夫だよ。ヴィアちゃんだってしょっちゅう泊まっていってるんだし、遠慮しないで大丈夫だって。それより、デビーのお家はいいの?」
「ウチは、シャルの家にいるって言えば大丈夫」
「……ねえ、それ、デビーが外泊する時の言い訳に使わないでね?」
「!!」
私がそう言うと、デビーはなんか顔を赤くし始めた。
「え……まさか、もうすでに使ったとか……」
「ち、違う! そ、その……そういう言い訳を使うシチュエーションを想像しちゃったというか……」
私は、その言葉を聞いて眉を顰めた。
「デビー」
「なに?」
「今まで散々揶揄ってはきたけど……実際に先生と一線を越えるのはどうかと思うよ?」
流石にそれはマズいと思う。
そう思ってデビーを止めようとすると、なぜかデビーが今度はシュンと落ち込んでしまった。
「ど、どうし……」
「相談したいことって、そのことなんだ……」
俯いたままそう言うデビーは、今にも消え入りそうな雰囲気だった。
そんなデビーの様子に、私はレティを顔を見合わせ頷き合った。
デビーは対抗戦の一年代表選手だ。
そんなデビーがこんな様子では、もしかしたら対抗戦に影響があるかもしれない。
ここは、多少遅くなってもデビーの話を聞くことにしよう。
「分かった。本当に聞かれちゃマズい話っぽいから、私の部屋で話そう。レティも家に連絡入れておいてくれる?」
「分かった」
「あ、私も」
レティとデビーはそう言うと、私たちから離れて家に通信を入れに行った。
今は、どの家庭にも固定通信機が置いてある。
通信量は有料だけど、通信機自体は国から無償で提供されるからだ。
なんでも、この通信機という文化を根付かせるためには各家庭に一台当たり前に機器がないと意味がないと、パパが同時の国王だったディスお爺ちゃんに無償で提供することを進言したらしい。
固定通信機は無料で提供しても、そのあとの通信費ですぐに元は取れるからと説得したそうだ。
結果、一年経たずに元は取れ、今では利益のみが上がってきているらしい。
それに加えて、デビーもレティも私が勧めた無線通信機の新商品モニターをしているので、どこからでも連絡を入れることができる。
デビーはお母さんと少し話したあと、すぐに戻ってきた。
レティは……。
「ねえ、あれ、誰にメッセージ送ってると思う?」
レティが家に連絡を入れたあと、なぜか誰かに向かって新機能である文字送信をしようと文章を作っていた。
それを見ながらデビーに話しかけると、デビーはムスッとした顔になった。
「どうせデビット君でしょ。レティは否定してたけど、お互い満更でもない雰囲気だったじゃん」
「だよねえ」
今からデビーが相談したい内容を考えると、レティが羨ましく見えるんだろうな。
「お待たせ」
メッセージを送信し終わったレティが小走りでこちらに向かってくる。
メッセージの相手について弄りたいところだけど、それはまた後で。
今はデビーのことが優先だ。
「じゃあ、二人とも車に乗って。先輩方! 今日はありがとうございました! また明日!」
私がそう言うと、デビーとレティの二人も先輩方に向かって頭を下げた。
「はーい。また明日、頑張りましょーねえ!」
「おう! また明日!」
先輩方からの返答を聞いた私たちは車に乗り込み、家路についた。
帰宅途中の車内でできる話でもないので、車内は妙な沈黙に包まれていた。
「どうかなさいましたか? シャルロットお嬢様」
すると、珍しく運転手さんが話しかけてきた。
「え? な、なに?」
「いえ、普段は楽しくお喋りをしていらっしゃるのに、今日は会話が弾んでいないようでしたので……」
確かに、この三人で集まると車内ではキャッキャとはしゃいでいるので、こんな沈黙な時間が続くのは珍しい。
それを心配したようだ。
「あ、ああ、うん。ちょっとね、でも大丈夫だよ。別に喧嘩してるわけじゃないから、心配しなくても大丈夫」
「そうですか」
運転手さんはそれ以上追求してこなかった。
私たちが喧嘩してないって分かれば、それ以上深掘りする必要もないしね。
そんな、滅多に話さない人たちにまで心配されながら家に着いた。
「ただいま。マリーカさん、ちょっと三人で私の部屋にいるから、部屋にお茶持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
ウォルフォード家を取り仕切っているメイド長のマリーカさんにそう言付けし、私たちは部屋に入った
ソファーの一つにデビーを座らせ、テーブルを挟んだ対面に私とレティが並んで座る。
座ってすぐマリーカさんの指示を受けたメイドさんがお茶を持ってきてくれたので、用意が終わり退室するまで待つ。
そして、メイドさんが退室したので「さて、それじゃあ、デビーがなにに悩んでるのか聞いてもいいかな?」と訊ねたのだが、デビーは中々話し出そうとしない。
それでもレティと二人してお茶を飲みながらジッと待っていると、中々話し出さなかったデビーがようやく口を開いた。
「あの、さ」
「うん」
「……生徒と教師って、どこまでの関係なら許されるのかな?」
「「ブッフォ!!」」
「わっ! ちょ、汚い!!」
予想外の相談内容に、私とレティは揃って飲んでいたお茶を噴き出した。
そりゃ、吹き出すでしょこんな相談!!
「え? ちょ、ちょっと待って? デビーってその……もうそういう心配をするようなお付き合いをミーニョ先生としてるの?」
相談内容から、二人はもう付き合っているのかと思ってそう訊ねたのだが、私の言葉を理解したデビーは顔を真っ赤にした。
「ち、違うわよっ!!」
「「え? 違うの?」」
私とレティの返事に、デビーはコクリと頷いた。
「じゃあ、この質問の意図はなんなのよ?」
私がそう訊ねると、デビーはまたモジモジしだした。
「それは、その……どこまでだったらアピールしてもいいのかな? って思って……」
「あ、ああ、そういうこと」
「はぁ、びっくりしました」
私とレティは思わず息を吐いてしまった。
「それで、どうなのかな?」
「どうって言われてもなあ」
そもそも、学院の教師と生徒が恋仲になるのは良くないことと言われている。
高等学院生は入学した時点で全員社会的には成人しているから、倫理的には問題ないんだけど、同じ学院内でそういう関係になると特定の生徒に対して贔屓が生まれるから。
もちろん、卒業したあとならなんの問題もないのだけど……。
「卒業するまで待てないの?」
「……そんな悠長にしている暇がないかもしれないから……」
デビーはそう言って、またシュンとしてしまった。
「え? もしかしてミーニョ先生に彼女ができそうなの?」
「でも、今、マックス君に料理とか習ってますよね? 定期的に家に行っているみたいですけど……そんな話聞いたことありませんけど?」
そう、ヨーデンへの留学中に、ミーニョ先生がマックスに料理を教えてくれないかと依頼し、戻ってきてから定期的に実際に教えてもらっているらしい。
マックスもデビーがミーニョ先生のことを好きなのは知っているから、先生に彼女ができそうなら教えてくれると思うんだけど、そんな話は聞いたことがない。
すると、デビーは視線を彷徨わせながら口を開いた。
「あのさ、今日の訓練が終わったあと……」
「うん」
「……リン先生とミーニョ先生が楽しそうに話しているのが遠目に見えて……」
「「……」」
あぁ、リンせんせーはともかく、ミーニョ先生がデレデレしてるのを見ちゃったと。
そりゃショックだろうな。
しかし、レティの感想は私とは違ったようだった。
「そっか、それは確かに焦るね。お互い大人だし、恋愛するのに障害なんてないもんね。モタモタしてたら付き合っちゃうかもしれないのか」
「ん?」
「「ん?」」
私がレティの言葉に首を傾げると、デビーとレティは私の態度に首を傾げた。
「え、シャルの反応はなに?」
「なにって、私は、ミーニョ先生がリンせんせーにデレデレしてるのがムカつくって話だと思ったから」
自分の好きな人が別の人にデレデレしてたら、そりゃ腹が立つよねって話かと思ったんだけど……。
「え、違うの?」
「違うわよ! このままじゃ、リン先生が先にミーニョ先生と付き合っちゃうからどうしようって話よ!」
デビーはそう叫ぶけど……。
「えー。それはないって」
「なんでそう言い切れるのよ!?」
「だって、リンせんせー、結婚願望ないって言ってたし」
「そ、そうなの?」
「うん。恋人もいらないって。そんなのに時間使うくらいなら魔法の研究する方がいいって言ってたもん」
「で、でも、ミーニョ先生は高等魔法学院の先生じゃん。お互い魔法が得意なわけだし、魔法談議から恋が芽生える可能性も……」
デビーの懸念に対し、私は手を振って否定した。
「ないない。リンせんせーが求めるレベルにはミーニョ先生じゃ届かないって」
私がそう言うと、デビーがちょっとムッとした顔をした。
まあ、ミーニョ先生も高等魔法学院で教師をしているくらいだから、国内有数の魔法使いではあるんだけど……。
「そういや昔、リンせんせーに結婚しないのかって聞いたことあるんだけど、パパと同じくらい魔法の知識がある人なら考えなくもないって言ってた」
私がそう言うと、二人とも顔を引き攣らせた。
「シン様と同等って……」
「そんなの、絶対結婚する気ないじゃないですか」
まあ、体のいい断り文句だと思われちゃうよね。
でも、本人は至って本気なんだよなあ。
「でさ、じゃあもしママが存在していなかったらパパと結婚してたか? って聞いたら『どうしても結婚しなきゃいけないって言うならウォルフォード君を選ぶ可能性もあるけど、そうじゃないなら、多分してない』だってさ」
私がそう言うと、デビーは深い息を吐いてソファーに沈み込んだ。
「じゃあ、ミーニョ先生とリン先生が付き合う可能性は……」
「限りなくゼロなんじゃない?」
私の返答を聞いたあと、デビーはあからさまにホッとした表情をした。
「そっかあ……でも、リン先生はダメでも他の先生と付き合うかもしれないし、やっぱりアピールは必要だよね?」
「そう、なの?」
「そうでしょ! ねえ、どこまでアピールしていいの?」
「だから、私は知らないって!」
「レティは?」
「私も知らないよ。とりあえず『好きです』くらいは伝えておいてもいいんじゃない?」
レティがそう言うと、デビーが真っ赤になった。
「そ、それは恥ずかしい……」
「だあっ!」
「「わっ!」」
私は思わず、テーブルに思い切り手を突いてしまった。
ああ! 面倒臭い! ヴィアちゃんといいデビーといい、なんで恋愛経験値ゼロの私にこんな高難度な疑問を投げかけてくるのよ!!
しかも、相談してきておいて実践しないし!!
「これ以上は私には無理!! もっと恋愛経験豊富な人に相談してよ!!」
「恋愛経験豊富……」
私の勢い任せの発言を、デビーは真面目に受け取って考えだし、しばらくしてから『ガバッ』と立ち上がった。
「そうだ! シシリー様に聞きに行こう!」
「はあっ!? ちょっ! 待って!」
デビーは良いことを思いついたと部屋を飛び出して行ってしまった。
「どうしよ、レティ」
と、レティに言葉をかけた直後、デビーを追いかけて部屋を出て行った。
「デビー待って! 私にもシシリー様のお話聞かせて!!」
……母親の恋愛談義なんて聞きたくないんで、私は遠慮します。
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