第95話 男子の恋愛事情
選抜会があった次の日、ママからお休みしなさいと言われたので部屋で大人しくゴロゴロしていた。
「うあぁ……暇だよぉ……」
『おばさまが大人しくしていなさいと仰っているのですから、大人しくしていなさいな』
あまりに暇だったので、昼休みを狙ってヴィアちゃんに通信をしたらそんなことを言われてしまった。
「でもぉ、大事を取って休んでるだけで身体はなんともないんだよ? 健康体なのにジッとしてなきゃいけないって、結構拷問なんですけど」
『まったくこの子は……分かりました。授業が終わったら家に行きますから、それまで大人しくしてなさい』
「遊びに来てくれるの?」
『お見舞いです!』
ということで、放課後ヴィアちゃんが他のクラスメイトも連れて家に来てくれた。
「あ、いらっしゃーい!」
「本当に元気そうですわね」
ヴィアちゃんにとってウチは第二の実家とも言える場所なので、メイドさんの案内もなく私の部屋に入ってきた。
「よ。大丈夫か?」
ヴィアちゃんに続いて入って来たのはレインだ。
「大丈夫だよ。昨日はありがとね」
「んにゃ。原因俺だし。元気そうでよかった」
「私はねえ。レインは今日学院でなんか言われなかった?」
昨日、全校生徒の前で私をお姫様抱っこで医務室に運んだときの様子から、変な誤解を受けていると聞いた。
大丈夫だったんだろうか?
「レインより、私の方が大変でしたわ」
そう言うのはレインと一緒に入って来たアリーシャちゃん。
「あんな軽薄は男はやめとけだの、余計なお世話なことを言ってくる男のなんと多いことか。他人の恋愛のことなんか放っとけと言うのですわ!」
なんか余波がアリーシャちゃんに及んだらしく、かなり怒っている。
「あはは。アリーシャちゃんを狙っている男子からすれば、レインを貶めるチャンスだと思ったんじゃない?」
「他人を貶めるような男に靡くと思われているのかしら? そう考えたら益々腹立たしいですわ」
まあねえ。
アリーシャちゃんを狙っている男からすれば、レインを貶めてアリーシャちゃんと別れさせれば自分にもチャンスがあると思ったんだろうけど……。
それって、他人を貶める行為を平気でする人ってことにもなるからねえ。
アリーシャちゃんのような潔癖な人間には汚い人間のように見えていたんではないだろうか?
「はは、まあ、殿下が色々と説明して回っていましたから、明日にはもう騒がれないだろうね」
そう言うのは、部屋に入って来たのはデビット君。
その後ろにはハリー君も見える。
「おー、そういやデビット君とハリー君は、私の部屋に入るの初めてじゃない?」
「あ、うん。お邪魔します」
「お、おう。失礼する」
今までSクラスのクラスメイトとして、ウチに魔法訓練に来たことは何回かあった。
ただ、ウチに来てもリビングまでで、部屋までは案内したことなかったんだ。
「あはは。なに緊張してんのよ」
「いや、シャルロットさんの部屋どころか、女の子の部屋に入るのも初めてだから……」
「へえ、そうなんだ。デビット君モテそうなのに意外」
そういや、ヨーデンでレインとアリーシャちゃんが婚約してるって知ったときもレインのことメッチャ羨ましがってたな。
「いやいや、そんなことないよ。女の子と喋るのは緊張するし、男同士でつるんでる方が楽しかったしね」
「そうなのか? もったいないな」
マックスがそう言いながら、私の勉強机の椅子に座った。
「デビットのこと好きになりそうな女子とか大勢いそうなもんだけど」
デビット君は、マックスの言葉に苦笑した。
「ないない。今まで一度も告白されたことないんだ。僕はモテないんだよ」
その言葉に、私たち女子は顔を見合わせた。
デヴビット君は、キリッとしたイケメンではないけど可愛らしい顔立ちをしている。
加えて、高等魔法学院Sクラスに合格できるほどの実力の持ち主。
モテない要素がない。
「どう思う?」
私がひそひそ声でそう言うと、デビーも声を顰めて応えた。
「あれじゃない? 女子の間で抜け駆け禁止とかの密約がなされてたとか、そんなとこじゃないの?」
「あー、ありそうです」
デビーの意見に納得の返事をするレティ。
確かに、ありそう。
私たちが揃ってデビット君を見ると、不思議そうな顔をして首を傾げている姿があった。
「……これは確かに、そういう密約があったとしても不思議じゃないですな」
「でしょ? ウチの学院でもあったもの、そういうくだらないの」
デビーは結構辛辣だな。
なにかあったのか?
「なになに? もしかしてデビー、その密約を破って告白したとか?」
それもこの前絡んできた女がデビーを嫌う要因だったりして。
「違うわよ。そもそも興味なかったし、私は破ってない」
そうか、デビーって年上好きっぽいもんな。
……ん?
「私『は』?」
私がそう言うと、デビーは深々と溜め息を吐いた。
「向こうが私に告白してきたの。私は高等魔法学院に受かるために必死に勉強と訓練してたから恋愛までする時間もないし、興味もなかったから断った。そしたら、学院中の女から目の敵にされたわ」
……おぅ。凄いことをサラッと告白しないで欲しいよ。
それがデビーがいじめられてた原因だったのか……。
「まあ、その件は解決したし、もうどうでもいいんだけど」
「そうだねえ。デビーって年上好きっぽいもんねえ」
私がニヤニヤしながらそう言うと、デビーは真っ赤になった。
「わ、私の話はどうでもいいのよ! デビット君の話だったでしょ!」
突然話を振られて、デビット君は目を白黒させている。
途中から普通の音量で話してたから、周囲には丸聞こえだったし、突然話が振られるとは思わなかったんだろう。
「え、まだ続けるの?」
「そうよ。っていうか、ずっと不思議だったもの。ハリー君はお貴族様だし、なんか色々しがらみとかあるのかなって思ってたけど、平民で高等魔法学院Sクラスに合格するような人がモテないとかおかしいって。容姿だって普通にイケてるのに。女友達とか、女の幼馴染みとか、そういうのいなかったの?」
デビーの質問に、デビット君は苦笑した。
「まあ、普通に話すくらいの女の友達はいたよ。女の幼馴染みは……」
そこまで言ったデビット君は、視線を彷徨わせた。
「お? この反応はいるな?」
「え、ああ、いる……いたけど……その子には好かれるどころか嫌われてたから」
あはは、とそう言うデビット君。
その顔は、ちょっと辛そうだった。
「えっと……ちなみに嫌われてたってなんで分かるの? そういう態度取られたとか?」
もしそうなら、素直になれなかっただけの可能性もある。
高等学院でデビット君と別れて、今頃後悔してるかもしれない。
しかし、デビット君の答えはその希望を打ち砕くものだった。
「いや、彼女が友達と話しているところを偶然聞いちゃったんだ」
「そ、そうなんだ……で、でも、もしかしたら友達から揶揄われてムキになって否定しちゃったとかってパターンも……」
アマーリエ先生の小説に、そういう恋愛物の小説があるから、一縷の望みを懸けてそう聞いてみたのだが、デビット君は首を横に振った。
「そういう感じじゃなかったよ。彼女が友達から『あの幼馴染み君とは付き合ってないのか?』って聞かれて、彼女、笑いながら言ったんだ『アイツはマジでない。魔法が上手いのかもしれないけど、絶対私らのこと見下してるでしょ。あんな奴と付き合うなんて絶対ゴメンだわ』ってね」
おぉう……。
幼馴染みちゃん、デビット君完全否定じゃん。
笑いながら嫌いなところを具体的に指摘するとか、本当に嫌いなヤツじゃん。
「え、そ、それで、その子、幼馴染みだったんでしょ? それからどうしたの?」
「ああ、幼馴染みってさ、中等学院に上がったくらいから自然と疎遠になるでしょ? 俺たちもそれくらいから疎遠になって、お互い接点を持とうとしないと話したりもしなくなってた。だから、その接点を持とうとするのをやめたら、そのまま話すことなく卒業しちゃった」
そう言うデビット君は、やっぱりちょっと辛そうだ。
……もしかしなくても、デビット君、その子のこと好きだったのかな……。
私は、思わずマックスとレインを見た。
二人も、私にとって異性の幼馴染みだ。
今のところ恋愛感情は持ってないけど、二人と疎遠になりたいとか思ったことない。
その幼馴染みちゃんは、どうしてデビット君を否定して疎遠になる道を選んだんだろう?
デビット君が本当に傲慢で嫌な奴なら分かるけど、本当の彼にそんなところはない。
今現状彼女がいないことが不思議なくらいの人だ。
なんか、私らには分からない、彼女の癇に障るところがあったのかもなあ。
私がマックスとレインを見ていたのに気付いたのか、デビット君が声をかけてきた。
「シャルロットさんたちは親同士が親友だったり仲間だったりって関係だから、子供同士も自然と接点ができるし疎遠にもならないでしょ」
「そういうもん?」
「じゃないかなあ。僕たちは本当にただのご近所で、通ってた学院が一緒だったってだけの幼馴染みだから、シャルロットさんたちみたいな強い関係性があったわけじゃないんだ」
「そっか」
「それより、僕のことよりマックスとハリーはどうなのさ? マックスは大工房の御曹司だし、ハリーは貴族だろ? 僕なんかよりよっぽど真剣に相手を見つけないといけないんじゃないの?」
あら、ちょっと根掘り葉掘り聞きすぎたかな?
自分から話題を逸らそうとマックスとハリー君に矛先を変えてきた。
そう言われたマックスは、ちょっとキザに肩を竦めてみせた。
「俺はしばらく恋人とかいいかな。それよりもやらないといけないことが沢山あるし、それが落ち着いたら考えるよ」
そう言うマックスに、ラティナさんから振られた悲壮感はない。
……必死に隠そうとしてるのかな?
それとも、もう吹っ切ったのかな?
逆にラティナさんの方が、申し訳なさそうな顔をしながら周りに合わせて無理に笑ってる感じがする。
どちらにしても、当事者でない私が悲しそうな顔をしちゃダメだよね。
「うわ、そういうキザなの似合わないよ」
「はあっ? そんなことしてないっての!」
「してたよね?」
「してましたわねえ。ちょっと背伸びしてる感があって微笑ましかったですわ」
「ヴィアちゃんまでなに言ってんの!?」
ヴィアちゃんが予想外の感想を述べたことで部屋中に笑いが起きた。
私も笑うことでさっきまでのちょっと沈んだ気持ちが浮上してきた。
「で、ハリー君は?」
私が話を振ると、ハリー君は苦笑ではなく、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「え? どうしたの? その表情は、どういう感情?」
彼女ができなくて悲しいという感じではなく、かといって絶望している表情でもない。
なんでこんな顔してるんだ?
「俺さ、高等魔法学院に入る前までは、本当にモテなかったんだ」
「そ、そうなんだ」
あまりに真剣な顔で話すので、相槌を打つマックスも息を飲む。
「それでも、王立中等学院の頃に、仲良くなった女友達に告白したことはあるんだ」
「う、うん」
で、現状彼女がいないということは、振られたと……。
「『貴方は学院の知り合いであって、恋人としては考えられない』ってさ。友達だと思っていたのは俺だけで、向こうは単なる知り合いだと思っていたらしい」
「あ〜……」
そ、それはキツイなぁ……。
「『そんな勘違いをさせてしまうのなら、これからはもう関わらない』とも言われて、それ以降一度も話してない」
「……どんまい」
それがあの表情の原因か?
しかし、ハリー君は話を続けた。
「まあ、俺自身、モテる容姿はしてないし、それはまあいいんだけどな。問題は……」
ここで話を切ったハリー君を、全員が固唾を飲んで見守る。
「俺が高等魔法学院に合格した後から、縁談が急に増えたことなんだ」
「……え? 別に普通のことでは?」
高等魔法学院Sクラス在籍の貴族。
これって、超優良物件でしょ。
機に聡い貴族や商人なら、見逃すはずないって。
そう思ったのだが、ここでまたハリー君があの顔をした。
「シャルロットさんの言うとおり、俺に価値を見出してくれたってことだからそれは良いんだ。ただ……」
ハリー君はそう言うと、ギリッと歯を食いしばった。
「その縁談を持ちかけてきた家の中に、俺を振った女の家があったんだ」
『あー…』
ハリー君の独白を聞いた瞬間、私たちは揃って同じ声を発してしまった。
なんて綺麗な掌返し。
そりゃハリー君があんな顔するのも無理ないわ。
あれ、完全に掌返した女の子を嫌悪している顔だった。
一度自分を友達でもないと言って振ったのに、高等魔法学院に合格した途端にすり寄ってきた彼女が醜く見えちゃったんだろうなあ。
「だから、今のところその女の家にはすぐに断りを入れて、それ以外の家の子とお見合いをしているところ」
「あ、それはやるんだ」
てっきり全部断ったのかと思った。
「そりゃするだろ。俺だって恋人欲しいし。ただ、親に言われたからお見合いしに来たって子が多くてさ。そういう子って俺みた瞬間、動きがちょっと止まるんだよ」
「動きが止まる?」
「ああ。想像と違うとか思ってんじゃね? 俺、割と体格ゴツいから」
ハリー君は魔法使いの割には体格がいい。
ただ、やっぱり魔法使いって細いってイメージがあるから、女の子たちは一瞬フリーズするんだろうな。
「まだ数人しか会ってないけど、なんか俺のことを見ないで肩書きだけ見てる子がほとんどなんだよな……そんな子と婚約したって上手くいくはずないから今では半分諦めてるよ」
ハリー君のその話で一旦男子の恋話は終わり。
丁度良い区切りで、メイドさんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
それを飲んで食べて一服した後、続いては女子の恋話だった。
……やめておくべきだった……。
ヴィアちゃんが、お兄ちゃんへの愛を延々と語り出し、結局皆が帰る時間までその話を続けたのだった。
付き合いたてで惚気たいのは分かるけど、聞く方の身にもなってくれ。
皆最後は、フラフラになりながら帰宅して行った。
「さあ、では今から第二ラウンドですわ!」
自室のベッドで安静を強制させられている私は、結局お兄ちゃんが帰って来てヴィアちゃんが飛びついていくまで、延々と惚気を聞かされたのだった。
……お兄ちゃんが神に見えた。
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