第94話 ママの愛情

「……ん……あれ……」


 温かい魔法の感覚を感じ、私は目を覚ました。


 このとても安心する感じの魔力は……。


「……ぱぱ?」

「お、目が覚めたな」


 私が目を開けると、そこには私に魔法をかけているパパがいた。


「え? なに? 私、どうしたの?」


 えっと……?


 私、なんで寝てるんだっけ?


 っていうか、ここどこ?


「ああ、気が付いたわねシャル。気分はどう? 吐き気とかしてない?」


 自分がなぜ見覚えのないベッドに寝ているのか混乱していると、今度はママに抱きしめられ、そんな質問をされた。


「えっと、吐き気はしないよ。っていうか、ここどこ? どういう状況?」


 私がそう言うと、今度はレティが説明してくれた。


「シャル覚えてないの? レイン君との試合が終わったあと、シャル倒れたんだよ」

「……あ、そうだったわ」


 確か、勝利宣言を聞いたとこまでは思い出したけど、そのあとのことが思い出せない。


「レイン君にお礼言っときなよ。レイン君、シャルをここまで運んでくれたんだから」

「え、マジ? 分かった、後でお礼言っとく」


 試合に負けたばかりなのに、やっぱり幼馴染みだな。


 そのあとママから説明されたところによると、どうやら私は脳震盪を起こして医務室に運び込まれたらしい。


 体がフラフラしていたのは脳震盪のせいだったか。


 ミーニョ先生から連絡をもらって慌ててやって来たのだけど、負傷箇所が脳だったから、ママじゃなくてパパにお願いしたとのこと。


「そうだったんだ、ありがと、パパ、ママ」

「ええ。それから、マーガレットさんにもお礼を言っておきなさい。レイン君に頭を揺らさず運ぶように指示したのはマーガレットさんなんだから」

「そうなんだ。ありがとね、レティ」

「ううん。友達だもん、当然だよ」

「そっか」

「うん」

「へへ」

「えへへ」


 そんな私たちを、パパとママが生温かい目で見ているのが気になったけど、とりあえずそれは無視して観客席に戻ろうとした。


 すると、ママからストップがかかった。


「待ちなさい。治療したとはいえ脳震盪を起こしていたのだから、今日一日は安静にしていなさい」

「えー」

「えー、じゃありません。マーガレットさん、すみませんが先生にそう言付けていただいていいですか?」

「分かりました!」

「それじゃあ帰りますよ。シン君、シャルのこと持ち上げてください」

「はいよ」


 パパはそう言うと、私をお姫様抱っこした。


「ちょっ! この年になって恥ずかしいよ!」

「この格好が一番運びやすいんだから我が儘言うな」

「そうだよ。レイン君だってそうやって運んでたんだから」

「……え?」


 レティの一言で、私は固まった。


 倒れた私を抱き留めたのはレイン。


 そして、レインがそのまま医務室まで運んでくれた。


 ……私が倒れたのは、決勝戦が行われた練習場のど真ん中。


 つまり……。


「にゃ……にゃあああっっ!!!!」


 全校生徒の前で! お姫様抱っこされたってのかいっ!!


 緊急事態とはいえ、なんて羞恥プレイだこれっ!!


「ん? なんでシャルは急に猫になったんだ?」

「さあ? もしかして、頭の打ち所が悪かったとか?」

「そうかも。もう一回治癒魔法かけとくか」

「娘に対して非道くない!?」


 なんで頭打って猫になんないといけないのよ!


 そんなわけないでしょうがっ!!


「……本当に親子なのですな」

「ん? なにか?」


 医務室の先生が何かポソっと言ったので、パパが聞き返すと、先生は急に慌てだした。


「い、いえ! あ、あの……一応学院に怪我の状況と治療の進捗を報告しなければいけないので、後で報告書をいただけると幸いなのですが……」


 先生は非常に恐縮しながらそう言った。


「あ、そうですね。分かりました。家に戻り次第作成して持ってきますね」

「い、いえいえ! 次に登校したときに持って来ていただければ大丈夫ですので!!」

「そうですか? では、シャルに持たせます。それでは、お世話になりました」

「ありがとうございました」


 パパとママが揃って頭を下げると、先生は大量の汗をかいて真っ赤になりながら両手をブンブンと振った。


「お、お二人から頭を下げられるなんてとんでもない!! どうか頭をお上げください!!」

「いえ、これはシャルの親としての義務ですから」

「そうですわ。先生、シャルがお世話になりました」

「いや、あの、ど、どうも……」


 パパとママに押し切られた先生は、目をグルグルさせながらも礼を受け取った。


「さて、それじゃあ帰るか」


 パパがそう言うと、ママがゲートを開き、私は学院を早退して家に帰って来た。


 っていうか、早退しちゃったけど試合の結果とか変わらないよね?


 それが心配になった私は、パパが私をベッドに寝かし「大人しくしておくんだぞ」と釘を刺してから部屋を出て行ったあと、ヴィアちゃんに通信をかけた。


「あ、ヴィアちゃん? 私、シャル」

『あら。もう大丈夫なんですの?』

「うん。あれ? まだレティ戻ってない?」

『ええ、まだ戻って……ああ、今戻って来ましたわ。なにやら先生に説明していますが……』

「ああ、それ、多分私が早退するって連絡だと思う」

『早退? まさか、そこまで酷い怪我だったのですか?』

「ううん。打撲と脳震盪だって。どっちもパパに治してもらったんだけど、そっちに戻ろうとしたら、ママが今日一日は安静にしてろって言うから、今家に帰って来た」

『そういえば、マーガレットさんがおばさまに連絡するように言ってましたわね。おじさまも来たのですか?』

「うん。あ、それでね、私、試合後に医務室に運ばれちゃったんだけど、結果とか変わってない? 大丈夫?」

『それは聞いてませんから、シャルの勝ちのままだと思いますわよ? 聞いてみましょうか?』

「あ、そうしてくれる?」


 ヴィアちゃんが先生に聞いてくれるとのことで、少し待つ。


 しばらくするとヴィアちゃんの声が聞こえて来た。


『変わりないそうですわよ』


 その結果にホッと胸を撫で下ろす。


「良かったぁ。あ、そうだ。今近くにレインいる?」

『ええ、いますわよ』

「ちょっと代わってくれる? お礼言っとかないと」

『分かりましたわ』


 そうしてしばらくすると、レインが出た。


『シャル? 大丈夫だった?』

「うん。レインが医務室運んでくれたんだってね。ありがとうね」

『怪我した原因は俺だから。ごめん』

「いいって。試合中の事故だったんだし。それより、運搬方法、なんとかならなかったの?」

『頭を揺らさない方法っていったらそれしか思い当たらなかった。おかげでアリーから脇腹抓まれた』

「それくらいで済んでよかったじゃん」

『……それだけじゃない』

「ん?」


 なんだ? レインの行為はいわゆる医療行為だし、アリーシャちゃんがちょっと拗ねちゃったとしても、それ以上なんて言わない子だろう。


 でも、レインの言い方は、まるで他にも問題があるみたいな言い方だった。


 なんだろうと思っていると、通信機越しの人間がデビーに代わった。


『あ、シャル? 優勝おめでとう。これで、お互い一年の代表だね』

「あ、デビー、ありがと。それよりさ、なんかレインが気になること言ってたんだけど……」

『ああ、それね』


 デビーはそう言うと、クスクス笑い始めた。


『レイン君、シャルをお姫様抱っこするのに躊躇しなかったから。もしかして、アリーと付き合ってるのにシャルとまで良い関係なのか? って思っちゃった人たちが多くてね。周りからすっごい目で見られちゃってんのよ』

「……おおう……それは申し訳ねえ。アリーシャちゃんは変な誤解とかしてない?」

『ああ、それは大丈夫。レイン君が戻ってきたときも、真っ先にシャルの容態を気にしてたし』

「え? さっき、脇腹抓られたってレイン言ってたけど」

『マジ? あはは、やっぱ少しは嫉妬してたのかな?』

「どうだろ? それより、レインと変な噂が立つのは嫌だなあ」

『普段の私たち見てたらそんな噂すぐに消えるわよ』

「それもそっか」


 そんな他愛もない話をしていたのだが……。


「シャル! 大人しく寝ていなさいと言ったでしょう!!」


 通信機での会話が聞こえたのか、ママが怒りの形相で部屋に入ってきた。


「あ! やばっ! じゃ、じゃあね!!」


 私は慌てて通信機を切って布団に潜り込んだ。


「まったく! ちっとも安静にしてないんだから!」


 ママはそう言うと、私のほっぺたを抓み、みょーんと伸ばした。


「まま、いふぁい」

「本当に、この子はもう!」


 ほっぺたを摘んでいたママは、怒りながらも指を離し、今度はほっぺたを撫でてきた。


「心配ばっかりかけて……先生から連絡が来たとき、ママ、心臓が止まるかと思ったわ……」


 そう言うママの目には、薄っすらと涙が滲んでいた。


「……ごめんなさい」

「本当に、気を付けてね。とにかく、今日は大人しく寝てなさい」

「はぁい」


 私がそう言うと、ママは最後に私の頭を一撫でしてから部屋を出て行こうとした。


「あ、そうだ」

「ん?」

「選抜会。優勝おめでとう」

「……ん、ありがと」


 私がお礼を言うと、ママは微笑んで部屋を出て行った。


 普段は厳しくて怖いママだけど、私が怪我をしたり病気になったりすると、本当に心配してくれるし、成果を出すと褒めてくれる。


 私は、ママに怒られて、心配されて、褒められてと、ママの愛情を十分に感じることができた。


 そんな満足な気分のままベッドで横になっていると、いつの間にか眠ってしまったようで、起きたら朝だった。


 ……寝過ぎた。


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