第93話 医務室にて

◆◆◆


「シャル!!」


 勝利宣言を受けたあと、シャルロットは練習場にゆっくりと倒れていった。


 それを間近で見ていたレインが、シャルロットの名前を呼びながら慌てて駆け寄り、地面に激突する前に受け止めることができた。


「やばかった……シャル! シャル!」


 抱き留めたシャルロットにレインは珍しく大声で声をかけるが、シャルロットは意識を失っており返事をしない。


 レインは慌てて揺さぶろうとしたのだが……。


「揺らしちゃダメッ!!」


 観客席から駆け寄ってきたマーガレットの大声で遮られた。


「さっきレイン君とぶつかった時に頭を打ってるかもしれないから!! 絶対揺らしちゃ駄目!!」

「わ、分かった」


 普段は大人しいマーガレットの凄い剣幕に押され、レインは動きを止めた。


 そして、マーガレットはレインに抱き留められているシャルロットを少し見たあと、レインに向き直った。


「ここじゃゆっくり診察できない。頭を揺らさないように医務室に連れて行って」

「あ、う、うん」


 マーガレットの指示を受けたレインは、シャルロットを横抱きにして抱え上げ、医務室へと運んで行った。


 その間に、マーガレットは次の指示を出した。


「ミーニョ先生すみません。シシリー様に連絡をしていただいていいですか?」

「わ、分かった!」

「すみません。私は医務室に行きますので!」


 マーガレットは担任にそう告げると、レインの後を追って医務室に向かった。


 医務室に着いたとき、シャルロットはすでにベッドに寝かされており、医務室にいた医師の診察を受けていた。


「先生、どうですか?」


 マーガレットは医師にそう訊ねたのだが、医師は難しい顔をした。


「この子を連れてきた生徒の話を聞く限り脳震盪だと思うのだが……」


 断定はできない、ということらしい。


「とにかく、どういう状況かは分からんが治癒魔法はかけておこう」


 そうして治癒魔法をかけようとしたとき、医務室内に突如声が響いた。


「シャルッ!!」


 突然響いた大声に驚いた医師は、その声を主を確かめようとして振り返った。


 そして、口をアングリと開けた。


「聖女様!?」


 医務室ないに現れたのは、担任から連絡を受けてゲートで急行してきたシシリーだった。


 シシリーは、ベッドに寝かされているシャルを見たあと、一つ深呼吸をしてからマーガレットに向き直った。


「どういう状況だったか教えてもらえますか?」

「分かりました」


 マーガレットからシャルロットが倒れたときの状況を聞いたシシリーは、真剣な顔で頷いたあと、シャルロットに魔法をかけた。


「あ、あれは! スキャン!!」

「ご存知なのですか?」

「もちろん知っているに決まっている! あの魔法さえあれば正確に的確に治療ができる、医師が求める最高の魔法だぞ! ただ、難しすぎて使える者が少ないから見たことはないが……」


 医師はそう言うと、なに一つ見落とすまいとシシリーの魔法を凝視した。


「さすがは聖女様……なんと美しい……」


 そう言ってシシリーを褒める医師の顔はほんのり上気しており、シシリーの魔法に感動しているのではなく、その容姿に感動しているんじゃないのか? とマーガレットは疑惑の目を向けた。


 そして、シシリーが魔法を行使し始めて少し経ってから、シシリーは魔法を停止した。


 スキャンを停止したということはすぐに治療に入ると思っていたマーガレットは、シシリーの顔を見て驚愕した。


 シシリーが、少し難しい顔をして考え込んでいたからである。


「え……シシリー様? も、もしかして……シャルは、もう……」


 マーガレットはそう言ったあと、涙がブワッと溢れ出した。


「え? あ、ち、違うのよマーガレットさん!」


 シシリーは、突如泣き出したマーガレットを見て、誤解させてしまったと慌ててマーガレットを抱きしめた。


「ごめんなさいね。シャルは軽度の脳震盪と、あとは腕の打撲くらいだから問題ないわ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ」


 シシリーが微笑みながらそう言うので、マーガレットはようやく落ち着いた。


 シャルはシシリーの娘なので、このことで嘘を言うわけがないからだ。


「それなら、なんですぐに治療しないんですか?」


 マーガレットが真っ直ぐに疑問をぶつけると、シシリーは苦笑した。


「ええっとね、腕の打撲はすぐに治してあげられるんだけど、脳震盪は魔法で治癒するんじゃなくて安静にしておいた方がいいかどうか考えていたの」


 考え込んでいたのは治療方法についてだったのかと、マーガレットはホッと息を吐いた。


「でも、魔法で治せるなら脳震盪も治した方がいいのでは?」


 マーガレットの至極尤もな疑問に、シシリーはシャルロットを見ながら答えた。


「脳は難しいのよ。下手に魔法をかけるより、脳震盪なら安静にして自然治癒させた方がいいかもしれないと考えていたの」

「へえ、そうなんですね」


 二人でそう話していると、医師がおずおずとマーガレットに声をかけた。


「ええと、君」

「はい?」

「聖女様と随分親密そうだが……どういう関係なのかね?」

「え? ああ、この子、私の友達なんですが、この子のお母さんがシシリー様なんです」

「なんと……」

「それで、その縁でシシリー様から治癒魔法を教わってます」


 マーガレットがそう言った途端、医師は目を見開き、マーガレットの肩を『ガッ』と掴んだ。


「ヒェッ!?」

「う……」

「?」

「うらやましいぞぉ……」


 突如肩を掴まれたときは怯えた声を出してしまったが、そのあとに血涙を流しそうなほどの表情で羨ましがられると、途端に恐怖が冷めていった。


 シシリーの後ろでそんなやり取りをしている間もシシリーはどうしようかと考えており、その結果妙案を思いついた。


「そうだ」


 そう言うと無線通信機を取り出し、どこかへと通信しだした。


「……あ、シシリーです。仕事中ごめんなさい。実はシャルが脳震盪で倒れちゃって……ええ、それは大丈夫。でも、脳はちょっと自信がないからお願いできないかなって……ええ、ありがとう。場所は高等魔法学院の医務室なんですけど、分かります? あ、はい、じゃあ待ってます」


 通信を終えたシシリーを、医師は怪訝そうな顔で、マーガレットは期待に満ちた目で見ていた。


「えっと……どなたに連絡を……」


 医師がそう言ったとき、またしても医務室に声が響いた。


「お待たせシシリー。シャルはどこ?」


 突如現れた男性を見て、目を見開き、顎が外れんばかりにアングリと口を開ける医師。


「ま、ま、魔王様……」

「やっぱり、シン様にお願いしてたんですね!」


 医師はあまりのことに気を失いそうになっていたが、マーガレットは予想が当たっていたらしく、嬉しそうな声をあげた。


「あれ、マーガレットさん?」

「彼女がレイン君に、シャルの頭を揺らさないように指示して運ばせたの」

「あ、そうなのか」


 シシリーから説明を受けたシンは、感謝を込めてマーガレットの頭を撫でた。


「的確な判断だよ。ありがとうな」

「は、はひぃ……」


 頭を撫でられて真っ赤になっているマーガレットを他所に、シンとシシリーはシャルロットの治療について話し合う。


「……確かに脳震盪だな。さて、どうするか……」


 そこで言葉を切ったシン。


 シンでも脳は難しいのかとマーガレットはシンを見た。


 すると……。


「……安静にして自然治癒にした方が、しばらく大人しくなるんじゃないか?」

「それは私も考えましたけど、学校行事での怪我ですし、脳震盪で頭がクラクラしているのは可哀想ですよ。治してあげてください」

「それもそっか。分かった」


 そう言って治療を開始するシン。


 その光景を見ていたマーガレットは……。


(この二人にここまで言わせるって……)


 と、シャルロットはやっぱり問題児なんだなと再認識するのであった。


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