第87話 賢者の講義

 ひいお爺ちゃんとの訓練を終えたイリスに文句を言われたあと、一つ思い出したことがあったのでイリスに訊ねてみた。


「ねえ、イリス」

「なに?」

「そういや、あれ見た?」

「あれ?」

「パパのやらかし跡」

「あー! そういえばまだ見てない!」


 ひいお爺ちゃんとの訓練に気を持っていかれていたのか、イリスもすっかり忘れていたようだ。


「見てみる?」

「見たい!」


 イリスがそう言うので現地に案内する。


「ここがそうだよ」

「……え? 待って? これ……自然の地形じゃないの?」


 目の前に広がる、長く真っ直ぐな、まるで川が干からびた跡のようなもの。


 それを見たイリスは、想像を超える代物だったのか口をアングリと開け呆然と見ていた。


「……改めて、これをシン様が成したかと思うと、震えがきますね……」


 何回もここに来ているラティナさんだが、改めてこの風景がパパの所業であると知った上で見ると違って見えるらしく、とても真剣な顔で見ていた。


「……こういうのを見ると、皆がシン様のことを神様の使いなんじゃないかって言ってる気持ちが凄くわかるわ……」

「同じく……」


 イリスとラティナさんは、二人並んでそんなことを呟いていた。


「ほっほ。まあ、実際にこれを作り出したときにワシもいたのじゃが、そりゃあ驚いたもんじゃ」

「え? け、賢者様もですか!?」


 パパの魔法に、賢者と呼ばれているひいお爺ちゃんまで驚いていたという事実に、デビーが驚きの声をあげた。


「……それほどの威力だったんだ……」


 デビーと同じくひいお爺ちゃんのことを賢者様と尊敬しているレティも、驚いたように呟いていたが、ひいお爺ちゃんは「いや」と言ったあと首を横に振った。


「確かに威力にも驚いたが、ワシが驚いたのはその発想力じゃよ」

「発想? そんなに特別な魔法なんですか?」


 先日、ユーリおばさんから、パパの発想力は人間じゃないかもしれないと言われていたイリスは、そっち方面に解釈したようだ。


「確かに扱った魔力量は多かったが、魔法自体はよくある爆発魔法じゃよ」

「……あの、爆発魔法って、よくある魔法なんですか?」


 つい最近まで攻撃魔法が失伝していたヨーデン出身のラティナさんは、ちょっと怯えた顔をしていた。


「ん? ああ、安心しなさい。よくある、と言ったのは爆発魔法の中でスタンダードなものという意味じゃ。爆発魔法は余程の熟練者でないと使えんよ」

「そ、そうですか」


 ひいお爺ちゃんのフォローに、ラティナさんはホッと息を吐いた。


「え、でも、この威力は、相当特殊な魔法な気が……」


 デビーはそこまで言って、何かに気付いた。


「え? 待って? この跡で爆発魔法はおかしくない?」


 そこに気付いたデビーに、ひいお爺ちゃんは嬉しそうに目を細めた。


「よく気が付いたのお。そう、爆発魔法にしては、この跡はおかしい。他の皆はそのことに気付いておるか? ああ、シャルとヴィアちゃんは知っておるから、発言はなしじゃぞ」

「「はーい」」


 ひいお爺ちゃんがそう言うので、私とヴィアちゃんとデビーと除いた、レティ、ラティナさん、イリスの三人に考えてもらうことにした。


 しばらく爆発後を見ながら考えていた三人だったが、やがてレティがハッとした顔になった。


「そうだ! おかしいよ!」

「え? 私、分かんない……」

「私もです……」


 レティは分かってイリスとラティナさんが分からない。


 これは、攻撃魔法を見る機会があったかどうかの差かな。


 攻撃魔法のない世界では、爆発魔法が使われた跡なんて見る機会ないだろうからね。


 ひいお爺ちゃんもそのことに気付いていたのか、レティが気付いた時点で種明かしをした。


「それじゃあ、答え合わせといこうかの。まず、これを見なさい」


 そう言いながら、ひいお爺ちゃんは指先に少しだけ魔力を集め、少し離れた位置で魔法を起動させた。


 それは『ボン!』という音と共に周りを少し吹き飛ばした。


 小さい爆発魔法を放ったのだ。


 確かに爆発魔法にしては極小の魔法だったのだが、なんの魔法を使うのか一切告知していなかったので、私たちは思わず『ビクッ!』としてしまった。


「もう! ひいお爺ちゃん! 爆発魔法を使うならそう言ってよ! ビックリしたじゃない!」

「おお、スマンスマン。そんなに驚くとは思っておらなんだ」


 悪びれた様子もなく笑っているひいお爺ちゃん。


 これは、あとでひいお婆ちゃんに密告案件だな……。


「さて、ヨーデンのお二人」

「「は、はい!」」

「これが普通の爆発魔法が起動した跡なんじゃが、なにか気付かんか?」


 そう言われて、ひいお爺ちゃんが魔法を放ったところとパパの魔法跡を見比べた二人は、すぐにその違いに気付いた。


「あ! 賢者様の魔法は丸く跡が残ってるのに、シン様のは真っ直ぐだ!」

「ほ、本当だ」


 正解に辿り着いた二人を満足そうに見ていたひいお爺ちゃんは、今度はパパの魔法についての講義に移った。


「そう。シンが使ったのは爆発魔法なのに、その跡は丸ではなく直線。これがこの魔法の特殊なところなのじゃ」


 皆は、ひいお爺ちゃんの話を真剣に聞いている。


 私とヴィアちゃんも、過去に一度説明してもらったけど、そのときはよく意味が分からなかったので改めてひいお爺ちゃんの話を聞くことにした。


「シンはの、本来なら同心円状に広がるはずの爆風を一箇所に集めたのじゃ」

「そ! そんなことができるのですか!?」


 一番驚いているのはデビーだ。


 この中では一番攻撃魔法が得意だからね。


 そんなデビーに、ひいお爺ちゃんはウンウンと頷いた。


「ワシも、シンから説明を受けるまで魔法でそんなことができるとは思ってもおらなんだ。じゃから昔は自分の魔法に巻き込まれたもんじゃ」


 ……なんか、楽しそうに話してるけど、それって相当危ない話だからね?


 そうか……そういうことをいっぱいやって、ひいお婆ちゃんに怒られてきたのか。


  そりゃ尻に敷かれるわ。


「シンも自分の爆発魔法に巻き込まれるのが嫌でこの魔法を考えついたと言っておった。なので周囲に撒き散らすはずの爆風を前方にのみ集めることを思いつき実行したのじゃが……」


 そこで言葉を切ったひいお爺ちゃんを、皆は固唾を飲んで見守っている。


「周囲に撒き散らされるはずだった爆風を全て前方に集めたからの、その威力が全部上乗せされて、結果出来上がったのがこの光景という訳じゃ」


 語り終えたひいお爺ちゃんは、まるで先生のような顔をしながら私たちの顔を順番に見ていった。


「ワシが発想に驚いたと言った意味が分かったかの? 魔法自体は珍しくない魔法じゃが、その発動方法が特殊なのじゃ。つまり、魔法は発想次第でいくらでも進化することができる。皆も、研鑽を忘れんようにな」

『はい!!』


 ひいお爺ちゃんの締めの言葉に、皆で力強く頷いた。


 知ってたけど、やっぱひいお爺ちゃんもすごいな。


 皆から賢者様って言われてるのも分かるよ。


 ただ、今回の講義で一つ分かったことがある。


 ひいお爺ちゃんが昔ヤンチャしてたって話。


 あれ、本当だったんだなぁ……。


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