第86話 伝説との邂逅
ひいお婆ちゃんと出会った翌日から、イリスの魔道具熱が高まった気がする。
学院でもマックスによく質問とかしていて、時折ビーン工房にも付与魔法を習いに行ったりしている。
そんで、付与魔法が使えるのはいいんだけど、元となる魔法が使えないとその魔法の付与はできないので、私の家でやってる魔法の練習にも参加したいと言い出した。
今、私たちのクラスで一番やる気に溢れているのは間違いなくイリスだ。
「それにしても、イリス頑張ってるよね」
学院から家に向かう途中にイリスにそう言うと、イリスは一瞬キョトンとしたあと少し苦笑した。
「今までの私はなんとなく生きてきただけだけど、ようやく「これだ!」って思えるものに出会っちゃったからね。夢中になってるだけで、頑張ってるつもりはないよ」
「そうなんだ。でも、夢中になりすぎると無茶しちゃうから、程々にしないと駄目だよ? ラティナさんもイリスが夢中になり過ぎてたら止めてあげてね」
「はい。そうします」
私がラティナさんにイリスのストッパー役を依頼すると、ラティナさんは快く引き受けてくれた。
イリスは、そんな私に意外そうな顔を向けていた。
「なに?」
「いや、シャルがまともなこと言ってるなと思って」
なんか、イリスにすごい失礼なこと言われたんですけど?
「別に、ウチでは割と皆が知ってることだからだよ」
「ウチ? どういうこと?」
「パパがさあ、一度のめり込むと誰かが止めるまで自宅の研究部屋から出てこないんだよ。それこそ、朝部屋に籠もって夜まで出てこなかったこともある」
「「「へえ」」」
私の言葉に、イリスだけでなく、一緒に家に向かっていたデビーとレティも驚いた声を出した。
「で? シン様、部屋に籠ってなにしてるの?」
「大抵、新しい魔道具の開発だね。一番最近で部屋に籠ってたのは、これ作ってたとき」
私はそう言うと最新式の無線通信機を取り出した。
「あ! これ、めっちゃ便利だよね! 正直、ヨーデンに戻ったらこれがない生活になるのかと思うと、それだけで凹んでくるよね」
「そうだね。この便利さを知っちゃうとね」
現在アールスハイドから無線通信機を無償貸与されているイリスとラティナさんが顔を見合わせてウンウン頷いている。
「あ、でも、イリスたちがヨーデンに戻る頃にはコレも輸出されてるんじゃない? だったら向こうでも無線通信機ありの生活が送れるよ、多分」
ヨーデンはアールスハイドからの技術の輸出を希望しているから、多分これも輸出品として希望されると思う。
「まあ、当面この通信機はヨーデンでは作れないと思いますわ。なにせ、これにの付与は複雑過ぎますもの」
ヴィアちゃんのその言葉に、イリスは青い顔をして項垂れた。
「確かに……あれエグ過ぎ……付与の勉強を始めたからよく分かるけど、正直あれが作れるようになるとは思えないもん」
イリスの言葉に、ヴィアちゃんも苦笑していた。
「仕方がありませんわ。我が国の付与魔法士でも、あのプログラムを一から作れる者なんていませんもの」
その言葉にイリスは驚いた声を出し、自分が持っている無線通信機を指差した。
「ええ!? ユーリさんは!? あの人もコレの開発に携わってるんですよね!?」
その疑問には私が答えた。
「それを作るためにパパが朝から晩まで部屋に籠ってたんだよ。ユーリおばさんが携わったのはそのあとだってさ」
私の答えを聞いたイリスは、口をポカンと開けていた。
「……え? アレ、一日で作ったの?」
「雛形はね。それをユーリおばさんとかマークおじさんとかと改良しながら作ったって聞いたよ。詳しい話は聞いても分かんないから聞いてない」
「……なんか、シン様のエピソードを聞くたびに、本当に私たちと同じ人間なのか疑わしくなってくるんだけど……」
イリスのその言葉を聞いた私たちは、全員で顔を見合わせて苦笑した。
「それ、北大陸の人間、全員思ってるから」
「ですから、一部で神の御使いと呼ばれているのですわ」
私たちの言葉に、イリスは気の毒そうな顔で私を見た。
「……そんなシン様を超えるだなんて……身の程知らずもいいところね……」
「……なんの話?」
「え? だって、いつも言ってるじゃない。パパの跡を継ぐのは私だって。それってシン様を超えてみせる! って意味じゃないの?」
「違う違う! 私はパパが呼ばれてる『魔王の二つ名』を継ぎたいのであってパパを超えようだなんて思ってないから!」
あぶねえ……イリスのやつ、とんでもねえ誤解をしてやがった。
パパを超える? 人間には無理だよ。
なんとかイリスの誤解を解こうと必死に言い訳をすると、イリスはちょっと複雑そうな顔をした。
「んー、正直、こう言う場面だとさあ」
「なに?」
「そんな弱気でどうする! 超えるつもりで行けよ! って言う場面じゃん?」
「そうだね」
「でも、対象がシン様だと、シャルの言う通りだよなあって納得しちゃってさ」
「まあ、パパ、人間の体してるけど中身人間じゃないかもしれないからねえ」
「……それって、本来失礼な言葉なんだけど、実の娘だし、その話もあながち否定しきれないのが複雑だなあ」
イリスはそう言いながら苦笑していた。
「まあ、アレは人類には到達できない高みだよ。そんな天辺のことは気にしないでイリスはイリスのペースでやればいいよ」
「そうだね。それは間違いない」
「そうだよ。そもそも、イリスにはまだまだ使えてない魔法がたくさんあるんだからね」
「あ! 言ったな!」
そんな風に皆とワイワイはしゃぎながら歩いていると、あっという間に家に着いた。
「さて、今日はパパもママもいないんだよね」
「え? じゃあ、どうやって練習場に行くの?」
「ふふん。ウチには、パパとママとお兄ちゃんと、もう一人ゲートが使える人がいるんだよ」
家に入った私は、早速そのゲートが使える人を探した。
「ひいおじーちゃーん! ひいおじいちゃーん! ただいまー!」
家に入って大きな声でそう呼ぶと、ひいお爺ちゃんがやってきた。
「ほっほ。お帰りシャル」
ひいお爺ちゃんは、もう八十歳だというのにいまだに背筋が曲がらずピンとしている。
若い頃は世界最強の魔法使いと言われ、いまだに世間からは『賢者様』と呼ばれているアールスハイドにおいて伝説的な人物。
そのエピソードには結構派手で苛烈なものも多いんだけど、私はいつもニコニコしているひいお爺ちゃんしか見たことない。
苛烈、って意味ならひいお婆ちゃんの方が絶対似合うと思う。
そんなひいお爺ちゃんだが、当時世界最強と呼ばれた実力は本物で、この世界でパパ以外に初めてゲートの魔法を使用することに成功したのもひいお爺ちゃんだそうだ。
今日は、そんなひいお爺ちゃんが私たちを荒野に連れて行ってくれる。
「どうする? すぐに行くかい? それとも、いったん休憩するかい?」
ひいお爺ちゃんがそう訊ねてきたけど、私たちはそれについては事前に決めていた。
「ううん、すぐに行くよ。イリスのやる気に水を差せないからね」
「嘘ばっかり。一旦腰を落ち着けるとやる気が削がれるからって言ってたじゃん」
「おおいっ! せっかくいい感じに言ってやってんのにぶち壊すんじゃねえよっ!」
「ホッほっほ。いやはや、仲が良いのう。それじゃあ、早速行くとするか」
ひいお爺ちゃんはそう言うと、ゲートの魔法を起動してくれた。
相変わらず土と岩しかない荒野に到着すると、早速私たちは自分の魔法の訓練に入った。
ラティナさんも、今日はママがいないので魔力制御の練習をしている。
そしてイリスだけど、今日は折角ひいお爺ちゃんがいるので、それを活用させてもらうことにした。
「イリスさん」
「あ、はい」
「実はシャルから、イリスさんに魔法を教えてやって欲しいと言われているのじゃ。なので、今日はワシが講師をしようと思うのじゃが、良いだろうか?」
「……え?」
ひいお爺ちゃんからの申し出に、イリスは硬直し、少し経ってからギギギと首をこちらに向けた。
そのイリスに向かって、親指を立ててグッと突き出すと、イリスは一度目を閉じて天を仰いだあと、深い溜め息を吐いてからひいお爺ちゃんに向き直った。
「……よろしくお願いします」
「ほっほ。こちらこそ」
こうして、イリスは魔道具師に必要な多種多様な魔法の習得に挑むことになり、今日一日で結構な数の魔法が使えるようになった。
幼い頃から魔法に触れてきた私でさえ習得するのに時間がかかった魔法もあるのに、イリスは割とあっさり習得していた。
やっぱ、ヨーデンの魔力操作は滅茶苦茶有能だわ。
こうして充実した訓練を終えたあとイリスに、急に伝説の人間を講師として寄越すんじゃないと何故か怒られた。
滅多に関われない人と関われたんだからいいじゃん。
ねえ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます