第85話 導師の言葉

 ビーン工房を出てから、ずっとブツブツ言っているイリスを、一旦私の家に連れ帰ってきた。


 いきなり付与魔法の練習と勉強をさせられて、イリスがキャパオーバーを起こしていたので、宿泊施設に送る前に、家で休んでもらおうと思ったのだ。


 家に着いてリビングに通しソファーに座らせると、イリスは背もたれに体重を預けグッタリした。


「イリス、大丈夫?」


 隣に座ったラティナさんがイリスに話しかけているが、イリスからは力の入っていない声が返ってきた。


「あぁ……うん……」


 そう言ったあと、しばらくボーッとしていたが、やがておもむろに顔をこちらに向けて私を見てきた。


「ねえ、シャル。アールスハイドの魔道具士って、皆あんな付与魔法が使えるの?」

「え? 知らない」


 魔道具はなあ、本当に知らないんだよなあ。


 なのでそう返事すると、イリスはガックリと肩を落とした。


「あれを自分で作らないとダメって……ハードル高過ぎでしょ……」


 イリスは、付与魔法自体は成功できた。


 しかし、その後のぷろぐらむ? という、複数の付与を混ぜるというものの勉強に大苦戦していた。


 私も昔パパに教えてもらったことがあるけど、メッッッチャ難しくて、説明聞いてる途中で寝落ちした経験がある。


 そうならなかっただけでも、イリスは頑張っていたと思う。


 しかし、イリスにとってはそうではなかったようで、一度で理解できなかったことにかなり落ち込んでしまっている。


 イリスに大丈夫だよと声をかけてあげたいけど、私は魔道具のことをなにも知らないので下手な慰めになってしまう。


 どうしようかな? と思っていると、後ろから声をかけられた。


「そんなシケた顔して、どうしたんだい?」

「あ、ひいお婆ちゃん」


 声をかけてきたのはひいお婆ちゃんだった。


「あ、そうだ、ひいお婆ちゃん……」

「ん? どうしたんだい?」

「実は……」


 私は、ビーン工房でのイリスの出来事を説明した。


「ふーん、なるほどねえ」


 ひいお婆ちゃんはそう言うと、ソファーで項垂れているイリスの前に行った。


「確か、イリスと言ったね? 隣、座っていいかい?」

「え? あ、シャルのひいお婆ちゃん。ど、どうぞ……」

「失礼するよ」


 ひいお婆ちゃんはそう言ってイリスの隣に座った。


「シャルに聞いたよ。付与魔法がうまくできなくて落ち込んでいるんだって?」

「え、あ、いえ……付与魔法自体はちゃんとできたんです。でも……プログラムが理解できなくて……ひょっとして、私、才能ないんじゃないかなって……」


 イリスは、途中から目に涙が滲み、涙声になってきていたけど、最後までひいお婆ちゃんに話した。


「アンタ、今まで付与魔法を使ったことは?」

「……今日が初めてです」


 イリスがそう言うと、ひいお婆ちゃんはニヤッと笑った。


「ほぉ。今日初めて習って、すぐに使えたのかい。こりゃあ大した才能の持ち主だよ」

「……え?」


 ひいお婆ちゃんの言葉に、イリスは涙も引っ込み、不思議そうな顔でひいお婆ちゃんの顔を見た。


「いいかい? 付与魔法が難しいのは、そもそも『物に魔法を付与する』とい点に尽きるんだよ」

「え? で、でも、今の魔道具業界は、プログラムができないと通用しないって……」


 イリスの言葉に、ひいお婆ちゃんは「はあぁ」と深いため息を吐いた。


「その風潮にも困ったもんだけどねえ。確かに、今の魔道具はとても高性能になっている分、とんでもなく複雑になってるよ。でも、そのプログラムは別に付与魔法が使えない奴でも作ることはできるのさ」

「……え?」

「え? そうなの!?」


 驚愕に目を見開くイリスと同じく、私も予想外の言葉に思わずひいお婆ちゃんに詰め寄ってしまった。


「ああ。あのプログラムは、いわば設計図だ。設計図は勉強すれば誰だって書くことができる」

「……誰でもは無理じゃないかな?」


 私には無理だ。


「それはアンタが魔法以外の勉強をさぼってるからだろ。他のこともちゃんと勉強しな」


 ひいお婆ちゃんに呆れた目で見られながらそんなこと言われた。


 そして、イリスには優しい目を向け、優しく頭を撫でながら諭すように話し出した。


「このプログラムは、今現役で活動しているプロの魔道具士でも完全に使いこなせている奴はほとんどいない。使いこなせているのは、ウチのシンくらいのもんじゃないかねえ」

「え? で、でも……今日聞いた話では、皆使えるって……」

「『使える』と『使いこなせる』は違うものさ。そもそも、今プログラムを使っている付与魔法士だって、基本的なところを理解するのに結構な時間を使ってる。今日一日聞いただけで理解できないなんて、当たり前の話なのさ」

「そ、そうだったんだ……」


 ひいお婆ちゃんの話を聞いたイリスは、安心したのかようやく柔らかい笑顔を見せた。


「そうさ。だから、これからも頑張りな。一日で付与魔法が使えてプログラムの勉強まで始めるなんて、私からしたらとんでもない才能の持ち主だ。アンタには、今後も頑張ってもらいたいからねえ」


 ひいお婆ちゃんはそう言うと、優しく微笑んだ。


 ……あれ? 私、ひいお婆ちゃんのそんな顔、最近全然見てないんだけど……?


「は、はい! 頑張ります!」

「うん。いい子だ。それじゃあ、お邪魔しちまったねえ。年寄りはこれで失礼するとするかね。ラティナも、今日はお休みだろう? ゆっくりしておいき」

「「はい!」」


 イリスとラティナさんの返事を聞いたひいお婆ちゃんは、満足そうに笑ってリビングを出て行った。


「……」


 その後ろ姿を茫然と見送っていた私の後ろで、イリスが「はぁ……」とうっとりした声を出していた。


「シャルのひいお婆ちゃん……メリダ様だったっけ? すごく素敵な人だったねえ……」

「……え? あ、うん。そうだね。ユーリおばさんの師匠でもあるし、魔道具士としては超凄いらしい」

「人としても素晴らしいよお。もー、シャルったら『影の女帝』なんて脅かしてえ。全然そんなことないじゃーん」


 いや、ちょっと待って。


 むしろあんなひいお婆ちゃん、見たことないんですけど!?


「私……ひいお婆ちゃんから怒られてる記憶しかないんですけど……」


 私がそう言うと、イリスは、なぜか呆れた顔をした。


「それって、シャルが怒られるようなことばっかししてるからじゃないの?」


 ……そうだね……。




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