第84話 付与魔法レベル1とレベルMAX

「それでぇ? マックス君から聞いた話によるとぉ、付与魔法に興味があるんだってぇ?」


 ユーリおばさん独特の、少し語尾が間延びする話し方でイリスに確認を取ってきた。


「あ、はい! ヨーデンじゃ、魔道具製作は男の仕事って認識なので、今まで触れたことがなくて……」

「へえぇ、そうなんだぁ」

「それに、アールスハイドに来て、凄く進んだ魔道具を一杯見ました。ああいうのがヨーデンにもあれば、皆の暮らしが楽になるんじゃないかなって思って」


 イリスがそう言うと、ユーリおばさんはニッコリ笑った。


「偉いわぁ、イリスちゃん。そういう気持ちが大事なのよぅ。最近じゃあ、新しい魔道具を開発して一獲千金! みたいな子が増えちゃってねぇ。イリスちゃんを見習って欲しいわぁ」

「へえ、そんなことになってるんですか?」

「ええ。今まで色んな魔道具を開発してきたウォルフォード君は超お金持ちになっちゃったからねぇ。次は自分が、って思う子が増えたのよぅ」

「でも、そういう考え自体は間違いではなくないですか?」


 イリスがそう言うと、ユーリおばさんは苦笑した。


「それはその通りよぉ。そういった欲は熱量に変わるし、良いことなんだけどぉ……ただ、元々導師メリダ様は、庶民の生活を楽にしてあげたいってことが行動理由になって便利な魔道具をたくさん作られたからぁ、そういう気持ちも持っていて欲しいなとは思うわねぇ」

「ああ、それはそうですね。ちなみに、シン様は?」


 イリスの言葉に、ユーリおばさんは、今度は遠い目をした。


「ウォルフォード君はねぇ……あの人の発想はこの世のものではないからぁ、ちょっと比較はできないわねぇ」


 やべえパパ。昔からの仲間にすら人外扱いされてる。


 ユーリおばさんの、あまりにも酷い発言に、私は思わず笑ってしまった。


 すると、ユーリおばさんは遠い目のまま私を見た。


「嘘じゃないのよぉ?」

「……え?」


 どういうこと?


 なにが嘘じゃないの?


 人外ってとこ!?


「……え。パパ、人間じゃなかったの?」


 私がそう言うと、ユーリおばさんは一瞬キョトンとしたあと、コロコロと笑い出した。


「ウォルフォード君はちゃんと人間よぉ。発想力がおかしいってことねぇ」

「あ、なんだ。良かった」


 私、人外と人間のハーフかと思った。


 焦った。


 私が額に掻いた汗を拭っていると、イリスが苦笑していた。


「ちょっとシャル。自分の父親を人外扱いは非道いわよ」

「そうですよ。確かにシン様は凄い魔法使いですけど、人外は言い過ぎですよ」


 イリスだけでなくラティナさんもパパを擁護した。


 そんなヨーデン組二人に、私たちは生温かい目を向けてしまった。


「イリスは見たことないと思うけど……ラティナさん」

「はい?」

「ラティナさん、荒野に魔法の練習に行ったよね?」

「ええ。あそこは周囲になにもありませんし、魔法の練習場としては素晴らしいところですね」

「そこにさ、なんか凄いデカイ溝みたいなのあるでしょ?」

「ああ、ありましたね。あれって、大昔の川の跡とかなんでしょう? ヨーデンにもありますよ、ああいうの」

「……違うんだよ」

「え?」

「あれ、昔パパが一発の魔法で地形を変えちゃった跡なんだよ」

「っ!!??」


 あ、ラティナさんが口を開けたまま固まってしまった。


 こんな顔、見たことない。


「え? いや、え? う、嘘でしょう?」


 ようやく声が出せるように復帰してきたが、それでもまだ事実が受け入れられないようで動揺している。


「本当よぉ。あれは非道かったわねぇ……」


 ユーリおばさんは、というか、アルティメット・マジシャンズの皆はその場にいたらしく、いまだにそのことでパパが弄られているのをよく見る。


 あの地形変化を巻き起こしたときのことを思い出しているのか、遠い目をしている。


「カッ! と光ったと思ったら、地平線に向かってすごい爆発が起こってねぇ。目を開けたときには遥か彼方まで真っ直ぐ魔法の跡が残っていたのよぉ」

「……え? あれが人の手で作られた? ……シン様って、本当に人間なんですか? 神様の使いとかじゃなくて?」

「そう思っている人も多いわよぉ。ただ、本人が完全に否定しているし、私たちはある程度真実を知っているから、彼が人間だって言っているのよぉ」

「逆に……知らない人は、シン様が人間ではないと思っている人もいると?」

「むしろ、そっちの方が多数派ねぇ」

「……わかります」


 ラティナさんは、私たち側に付いたようだ。


「え? え? 私、全然分かんないんですけど?」


 この場でただ一人、イリスだけ理解が追いついていない。


「まぁ、ウォルフォード君に関しては、そういう存在だと思っていればいいわ。あれは真似しちゃダメ。地道に、堅実に魔道具制作……付与魔法を覚えた方がいいわぁ」

「あ、はい。分かりました」


 イリスは、納得いかなさそうな顔で頷いた。


 そして、そこからユーリおばさんによる付与魔法の授業が始まった。


 実は、この付与魔法は高等魔法学院では本当に初歩しか教わらない。


 それ以上を求めるならば、研究会の中に、昔ひいお婆ちゃんが在学中に立ち上げた『生活向上研究会』というのがあるので、そこで生徒たちが独自に研究をするしかない。


 その付与魔法を、パパを除けば現役世代で一番と言われているユーリおばさんから学べるというのは、イリスは本当にラッキーだ。


 まず初めに行ったのは、光の魔法付与。


 魔法が付与できる金属に『光れ』と魔法を発動させるつもりで書き込む。


 ヨーデンと北大陸は言葉が一緒なので、文字も一緒。


 イリスは早速、付与魔法を試し始めた。


 しかし……この『発動させるつもり』というのが難関で、これができないので魔法は使えるけど付与魔法はできないという魔法使いも多い。


 案の定、イリスもそこで躓いていた。


「あれえ? 魔法を発動させるつもりで書いてるのに、なんで付与されないの?」


 金属板に魔力を込めながら『光れ』と書いたイリスだったが、金属板は一向に光らず首を傾げていた。


 そんなイリスをユーリおばさんは微笑みながら見守っている。


「イリスさん。そういう曖昧なイメージではダメよぉ。ウォルフォード君曰く、魔力を集め、その魔力を魔法に変換する……直前に文字を書くと上手くいくのぉ」

「え? えっと……ちょっと待ってくださいね」


 イリスはそう言うと、魔力を集め始めた。


 そして、その魔力を変換していき、一度魔法を発動させる。


「うん」


 そしてイリスは、もう一度魔力を集め、魔力を変換し、最後に魔法を発動させる。


 ……直前で魔力の制御をやめ、金属板に『光れ』と書いた。


 すると、金属板が眩い光を放った。


「ぐわあぁ! 目! 目が焼けた!!」


 イリスの魔法付与はすぐに結果を出したのだが……。


 間近で強い光を放つ金属板を見てしまったからなのか、イリスは両目を塞いでゴロゴロしている。


 ただ、今はその金属板、イリスの手を離れているのですぐに光は消えたけど、至近距離でその光を見てしまったイリスは大ダメージだ。


「ああ、ほら、だから治癒魔法も覚えておいた方がいいって言ったでしょ?」


 私が、イリスの目を治してやりながらそう言うと、イリスはようやく視界が元に戻ったのか、目をシパシパさせながら頷いた。


「うん……治癒魔法の必要性がよく分かったわ」


 しばらく目をシパシパさせていたけど、ようやく見えるようになってきたようで、イリスはユーリおばさんを見た。


 ユーリおばさんは、ニコニコしながら拍手していた。


「わぁ、凄いわねぇ。こんなに早く成功する人って中々いないのよぉ?」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。この工房の人たちは大体そうねぇ。時間をかけて付与魔法が使えるようになっていくの。すぐにできるのは才能ねぇ」

「えへへ」


 ユーリおばさんに褒められて、イリスは嬉しそうだ。


「シャル! 私、才能あるって!」


 満面の笑みでそう言うイリスだけど、私は知ってる。


 これは、全然入り口にしかすぎないことを……!!


「はぁーい。じゃあ、次はこれねぇ」


 そう言ってユーリおばさんが差し出したのは、糸で繋がれた複数の金属板。


「これはぁ、魔物化した蜘蛛から採取した糸で連結した金属板でぇ、名前を『回路』と言います」

「かいろ?」

「そう。こうやって複数の板を連結することによってぇ、魔道具に複雑な命令を刻んでいくのです」


 そう言って胸を張るユーリおばさん。


 それを見ているイリスは、またもキョトンとしている。


 まあ、最初は意味わからないよね。


 なので、ユーリおばさんにもっと詳しい話をしてと目で合図を送ると、ユーリおばさんは、異空間収納から一つの回路を取り出した。


「それでねぇ。その回路を使って制作した命令文がこれよぉ」


 その取り出した回路は、非常に細かく、かつ小さく付与された魔法の命令文が書かれていて、しかもそれが大量に連結されている。


「これはぁ、シャルやマックスも使ってる無線通信機の基盤よぉ。複雑すぎて、これを作るのに数ヶ月かかってしまったのよぉ」


 あまりに細かく書かれているそれを手にとって、イリスは唖然としていた。


 まあ、初歩を習ったと思ったら、いきなり技術力MAXの代物を見せられたらそうなるわな。


「さぁ、それじゃあ、ビシバシいくわよぉ、イリスちゃん!」

「ひゃ、ひゃい!!」


 こうして、一日イリスの付与魔法訓練で一日が終わった。


 もちろん、勉強したのは無線通信機の回路じゃないよ。


 もっと簡単なやつ。


 だけど、それでも訓練が終わったあと、イリスはずっと何かをブツブツ呟いていた。


 分かる。


 私も初めて付与魔法を習ったときはそうなったよ。


 これは、あまりにも私に向いてないなとすぐに分かったので、それ以降付与魔法は積極的に勉強も訓練もしていない。


 でも、イリスの今のところの第一目標は『アールスハイドの魔道具技術をヨーデンに持ち帰りたい』だから、そのあと帰るまでずっとブツブツ言っていた。


 ……大丈夫? イリス壊れてない?


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