第83話 工房へ
迎えた週末。
私は、ラティナさんとイリスのいるヨーデン国使節団の宿泊施設に車で乗り付けた。
もちろん、運転しているのは運転手さんだ。
宿泊施設の前には、アールスハイドから派遣されている兵士さんが警備として立っている。
その兵士さんたちは、現れた車に対し、明らかに緊張していた。
そういえば、イリスに週末私が車で迎えに来るって連絡しておいてと頼んであったし、何回もラティナさんとイリスをここまで送ってきているから、ウチの車だって認識してるよな。
そりゃ、緊張するか。
運転手さんが後部ドアを開けてくれて、そこから私が降りてくると、兵士さんたちは明らかにホッとした顔をした。
まあ、ウォルフォード家の車から降りてきたのが私だったからね。
パパやママだったら、緊張でさらにガチガチになってたことだろう。
「えっと、すみません。イリス、いますか?」
警備のアールスハイド兵さんに訊ねると、兵士さんは「呼んで参ります!」と敬礼して建物内に入っていった。
この建物は、元々大きな商会の商会長の家だったらしいのだけど、業務を縮小して地方に移り住むということで売りに出されていたものを、国が買い取ったもの。
なのでとても大きいし、部屋も沢山あるのでヨーデンの宿泊施設として使い勝手がいいのだそう。
そんな屋敷を眺めていると、イリスとラティナさんがやってきた。
「あれ? 今日、ラティナさんも行くの?」
元々イリスだけが行くものだと思っていた私は、一緒に付いてきたラティナさんを見て首を傾げた。
「あ、えっと……お邪魔でしたか?」
「え? 全然。ラティナさんは魔道具に興味ないと思ってたから意外だっただけ」
私がそう言うと、ラティナさんはホッと息を吐いた。
「断られなくて良かったです。今日はシシリー様の訓練もありませんし、暇していたので、イリスに付いていくことにしたんですよ」
「そうなんだ。ママお休みなの?」
そういえば、今日のママの予定は聞いていない。
「ええ。なんでも、日頃お疲れのシン様を労うと言って、ご実家の温泉に連れて行くと仰ってました」
「まじか」
ママの実家はクロード子爵家で、温泉地として有名な街。
クロードのお爺ちゃんとお婆ちゃんが今は領地にいるので、私も何回も行ったことがある。
のんびりするにはいい場所だ。
まあ、私たち子供にとっては、のんびりし過ぎていて退屈でもあったんだけど。
そんな実家に、夫婦で出かけた。
「……絶対、イチャイチャしに行ったでしょ、それ」
「あはは……」
ラティナさんは、ママがパパとしょっちゅうイチャイチャしているところを見ているので、否定できずに苦笑した。
しかし、イリスは見たことがないので驚いていた。
「え? シン様とシシリー様って、結構いいお年よね? それなのに、まだイチャイチャしてるの?」
イリスは私と同い年。
ということは、親も同年代。
その親世代が、いまだにイチャイチャしていることが信じられないんだろう。
「そうなんだよ……うちの両親、三十代半ばなんだけど、いまだにラブラブなんだよ……あれで、ショーン以降弟妹が増えてないのが本当に不思議なくらいなんだよ……」
「そ、そうなんだ……っていうか! え? 三十代半ば!? 若そうに見えたけど本当に若いんだ……」
「イリスんとこは何歳なの?」
「うちは四十超えてる。え、お兄さんもいたよね? 高等学院卒業してるよね? え? 何歳のときの子なの?」
まあ、混乱するよね。
「お兄ちゃんは実子じゃなくて養子なんだけど、家に迎えたのがパパとママが十六歳。高等魔法学院二年生のとき」
「私たちだと、来年じゃん!!」
「ねー、信じらんないよね。その頃には、パパ相当稼いでたらしくて、子供がいても問題なかったんだって」
「そ、そっか。え? じゃあ、シシリー様は? その間どうしてたの?」
「この前、アールスハイド大聖堂で話したでしょ? 魔人王戦役が終わってすぐに結婚式挙げたって。それも高等魔法学院二年生のときだから、その時から一緒にお兄ちゃん育ててたって」
「学生結婚!!」
「そう。だから、二人とも今三十五歳だよ」
「……じゃ、じゃあ、シャルを生んだのは……二十歳のとき?」
「そう」
「はぁー」
イリスが感心したような信じられないような声を出しているけど、それは最近私も思うようになった。
特に、高等魔法学院二年生の時点で妻子がいても問題ないとか、今の私には信じられない。
私はいまだに、お小遣いをどうやりくりしようとか悩んでるよ。
「ちなみに、マックスの両親もパパとママの同級生だから、同い年だよ」
「……なんか、私の中の常識が崩れそうだわ」
「パパたちにはあまり常識とか通用しないから。諦めといて」
そんな話をしながら、三人で車に乗り込み、ビーン工房を目指す。
ビーン工房は、ヨーデン国宿泊施設から車で十分くらいのところにある。
元々は建物が一棟だけの工房だったらしいんだけど、パパの介入で事業がどんどん拡張していって、今や元の工房の周辺の建物全部買い取って、超デカイ工房が建っている。
ちなみに元の工房は、一階部分も店舗に改装して今でも営業している。
というか、一般の人にとってはその店舗こそがビーン工房だ。
今日の私たちは工房見学に訪れているので、店舗の方ではなく工房……というか、これもう工場って言った方がいいんじゃない?
そっちに向かう。
前にラティナさんにマジコンカーを紹介したときもここから入ったので、ラティナさんは慣れた感じだったけど、イリスはずっとキョロキョロしていた。
「え? マジで? マックス君ちってこんなデカいの?」
「そりゃ、アールスハイド一大きい工房だもん」
「だもんって……それが驚きなんですけど……」
そう言って、いまだに挙動不審なイリスを連れて工房に入っていく。
この工房は幼い頃から何度も訪れている場所なので、守衛さんも職人さんも皆顔見知りだ。
「お、いらっしゃいシャルちゃん。高等学院生になってからあんまり遊びに来てくれないから、おじさん寂しかったよ」
「あはは、こんにちわ。今日は私じゃなくてこっちの子の用事があってね。マックスは?」
「ボンなら中にいるよ。どこにいるかは知らないけど」
「分かった。ありがと」
「どういたしまして」
それだけのやり取りで工房に入っていく。
「……本当にマックス君ってお坊ちゃまなんだ……」
「その言い方、マックス嫌いだから言わない方がいいよ」
「あ、そうなんだ。分かった」
そんな話をしていると、職人さんがいた。
「あ、モーガンさん。マックスとユーリおばさんいる?」
「ああ、いらっしゃいシャルちゃん。ボンとユーリなら応接室にいるよ。なんでも、同級生の留学生を紹介したいんだって?」
モーガンさんとはユーリおばさんの旦那さんで、ここの革職人さんだ。
この人が作る革製品って、センスが良くて凄い好き。
そのモーガンさんが、私の後ろにいる二人に目をやった。
「そっちの子は海にいたよね? えっと、ラティナさん、だっけ?」
「あ、はい、お久し振りです」
二人は、実は夏のリッテンハイムリゾートで会っているので顔見知りだ。
「ということはこっちの子?」
「そう。留学生のイリス」
「あ、初めまして。イリスです」
「これはご丁寧に。今日紹介する予定のユーリの夫でモーガンです」
「! 旦那さんでしたか! 今日はご無理を言って申し訳ありませんでした」
イリスはそう言って頭を下げた。
「いやいや、気にしないで。妻が休日にここに来るのは息抜きも兼ねてるから。遠慮しないで」
「は、はい! ありがとうございます!」
モーガンさんは挨拶をすると、そのまま立ち去っていった。
そして、教えてもらった通り応接室に来たのだけど……。
『わぁ、すごぉい! こんなに繊細なんてぇ』
『こういうこともできるよ』
『やぁん! すごぉい!』
「……なにしてんの? 二人とも」
応接室の中から怪しい会話が聞こえてきたので、慌てて部屋に入ったのだが、そこには変成魔法を披露しているマックスと、それに喝采を送っているユーリおばさんがいた。
知ってた。
そんな展開なのは。
「あらぁ? シャルちゃん! 久しぶりねぇ!」
ユーリおばさんはソファーから立ち上がると、ママ以上に豊満な胸に私の顔を埋めた。
「むぐうっ!?」
なんなんだよ!?
こないだのカーチェお婆ちゃんといい、最近の私、こんなんばっか!
なに? 全員から喧嘩売られてる!?
「あ、ごめぇん。海以来だから嬉しくってぇ」
「ぷはっ!」
ようやく胸から解放してくれたユーリおばさんは、相変わらず妖艶な笑みを浮かべながら私に謝ってきた。
「もういいよ。それより、今日は忙しいのに無理言ってごめんね」
「全然いいよぉ。それでぇ? その子が?」
モーガンさんと同じく、夏の海でラティナさんと面識はあるので、ユーリおばさんは初対面のイリスを見ていた。
「あ、は、はい! 初めまして! イリス=ワヒナです!」
その挨拶を聞いて、ユーリおばさんも挨拶を返した。
「はじめましてぇ。私はユーリ。ユーリ=コスタ。アルティメット・マジシャンズ所属の魔法士で、ここの臨時魔道具士よぉ」
ニコニコしながら、ユーリ=コスタおばさん……旧姓ユーリ=カールトンおばさんが挨拶をした。
ママ以上に豊満な体付きと妖艶な雰囲気に、イリスが息を呑むのが分かった。
「……お姉様」
……変な性癖を目覚めさせるの止めろ!
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