第82話 魔力はある、センスはない
カーチェお婆ちゃんの襲来があった翌日、教室に着くなりイリスにジト目を向けられた。
「おはようイリス……なに?」
「いえ? 昨日はアンタんちの異常性を垣間見せられたから疲れちゃったわ」
「疲れたのは魔物討伐のせいじゃない?」
「それは体力的に疲れたの。アンタんちでの出来事は精神的に疲れたのよ!」
そんなこと言われてもな、あれはカーチェお婆ちゃんが悪いのであって、私に責任はない。
「分かった。カーチェお婆ちゃんに言っとくわ」
「やめて!?」
イリスが私に縋り付くように懇願してきた。
あの人は、創神教教皇という名の自由人なんだから、放っておきゃいいんだよ。
あの家の中なら雑な扱いしても怒らないし、むしろひいお婆ちゃんにしょっちゅう怒られてるし。
……お婆ちゃんなのに。
「まあ、昨日みたいなことは早々ないよ。カーチェお婆ちゃん、家に来てもひいお爺ちゃんとかひいお婆ちゃんとかと一緒にいること多いし」
「……だといいけど」
「なに? カーチェ婆ちゃん、昨日来てたの?」
私たちの会話に、登校してきたマックスが加わった。
「カーチェ婆ちゃんって……マックス君も教皇様とお知り合いなの?」
「そりゃあね。シャルと一緒に、俺ら四人とも物心つく前から世話になってたから」
「……シャルんちだけがおかしいのかと思ってたけど、マックス君ちも大概おかしいよね?」
「ええ? うちは普通だよ。ウォルフォード家と一緒にしないでよ」
「……こういうのって、当事者は気付かないものなのかしら?」
イリスがなんかブツブツ言ってる。
まあ、うちは特殊なのを自覚してるけど、比較対象がうちだからなのか、マックスは割と無自覚なところがある。
なんか様子のおかしくなったイリスに首を傾げながら、マックスは自分の席に向かおうとして足を止めた。
「あ、そうだイリスさん。例の魔道具士の人、今度の休日に来る予定だから、そのとき家に来る?」
「え! そうなの!? 行く行く!」
マックスから、ビーン工房の臨時付与魔法士、ユーリおばさんが今度の休日に工房を訪れると聞いたイリスは、さっきまでの変な空気から一変し、ハイテンションでマックスに訪問の意を告げていた。
「分かった。じゃあ、今度の週末ね。そういや、場所分かる?」
「あ、じゃあ、私が連れてくわ。イリス、それでいい?」
「もちろん! じゃあ、当日はシャルんち集合でいいの?」
「あー、じゃあ、私がイリスの宿舎までうちの車で迎えに行くから、それに乗って行こう」
「分かった。じゃあ、よろしくね」
こうして見ると、イリスってこの留学を満喫してるよね。
今のところ、進路の最優先は魔道具士みたいだけど、このまま鍛えていけば戦闘職にだってなれると思う。
治癒魔法士については、ラティナさんと被るからか選択肢にはないみたいだけど。
ある程度の魔法が使えるようになったのなら、軽くでいいから治癒魔法も覚えておいた方がいい。
私だって使えるし、なにかと便利だからね。
こうして、今日も授業が始まった。
夏季休暇明けの授業で、カリキュラムに新たに組み込まれた授業がある。
それは、ヨーデンの変成魔法だ。
なんせあの魔法は、メチャメチャ魔力の制御に気を遣う。
非常に繊細な魔力制御をしたあとは、元の私たちの魔法でさえ威力と精度が上がる。
留学中にそのことに気付いたミーニョ先生が、学院に掛け合って急遽夏季休暇明けから全学年で採用されることになったのだ。
この授業で一番無双するのは、ラティナさんでもイリスでもなく、マックスだ。
留学中に見せた精巧な造形。
変成魔法の授業ごとに、その作品は作られていき、今日の授業では鱗の一枚一枚まで精巧に再現された、アールスハイドの国旗にも描かれている龍を作り出した。
今にも動き出しそうなそれは、まさに芸術作品と言って差し支えない出来栄えだ。
「うぉお……相変わらず凄いわね、マックス」
「本当ですわね。今にも動き出しそうですわよ、この龍」
私は、マックスの作った龍を見て、思わず唸り声が出てしまった。
ヴィアちゃんは、なにか真剣な目付きで、龍を見ていた。
「マックス」
「なに?」
「この龍、譲って貰えませんか?」
おいおいヴィアちゃんよ! こんな精巧な作りの龍なんて、どんな値がつくと思ってんの?
軽々しく「くれ」なんて言っていい代物じゃあないんだよ!
「これ? いいよ」
「いいんかい!?」
え? マジで?
「これ、そんな簡単にあげていいものなの? 売ってお金にしなくていいの?」
「別にいいよ。授業中の練習で作ったものだし、ディテールとか結構甘い部分もあるしね。お金なんて取れないよ」
「これでもまだ駄目なの!? ビーン工房、どんだけレベル高えんだよ!!」
思わず叫んじゃったじゃん。
っていうか、これ、本当に未完成なの?
私の目には完成品の芸術作品にしか見えないよ。
イリスも同じ感想を持ったようで、龍を見ながら冷や汗を流している。
「これで商品にならないレベル……ねえマックス君。ビーン工房って、私が見学に行ってもいい所なの? ある程度の技量がないと入れないところじゃないの?」
さっき、ビーン工房への見学の日程が決まったイリスが、恐る恐るマックスに訊ねた。
「別にそんなことないよ。うちにいる職人さんだって、最初から技術を持ってるわけじゃないしね。工房に入ってから訓練して上達していくんだ」
「そっか……このレベルが求められてる訳じゃないのね……」
変成魔法の本場ヨーデンから来たイリスが冷や汗かいてる。
それくらい、マックスの腕前は凄いんだな。
ちなみに、私は……。
「シャルはどんなの……えーっと……これなに?」
「猫だよ」
「……ず、随分個性的な猫だな……」
気を遣われた! 今、マックスに気を遣われたあ!!
くぅ……他の魔法だったら負けないのに、変成魔法に関してはマックスに手も足も出ない。
「くっ、お、覚えてなさい!!」
「それ、アマーリエ先生の小説に出てくる悪役の台詞だぞ」
「知ってるわよ!」
知ってて言ったんだもの!
私だって、変成魔法は使えるようになったけど、造形自体はあくまで本人のセンス。
留学時に、私にセンスがないと言い切ったマックスを見返してやろうと頑張ったのだけど……。
なにかに例えることもできないレベルかぁ……。
どうやら、私には造形のセンスはないみたいです。
くぅ……。
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