第81話 女帝のあとつぎ
魔物討伐を終えた私たちは、再び車に乗って王都のハンター協会に戻ってきた。
イリスは、市民証から討伐した魔物の数が分かることに驚いていた。
分かる。
不思議だよね、それ。
しかもこれ、パパが開発したんじゃなくて何百年も前に実在した魔道具士が作ったんだって。
天才って、どこの時代にも現れるものなんだね。
ちなみにその天才魔法具士はパパが心の師と仰ぐ人らしく、パパがどこかのタイミングでそう零したことから、一気に世間に広まった。
お陰で嘘か真か分からない話が巷に溢れてしまい、いい迷惑だとパパとひいお婆ちゃんがボヤいていた。
その市民証の討伐履歴と、持ち込んだ魔物素材の売却金額が口座に振り込まれた。
私はお小遣いが増えたことでホクホクしていたけど、イリスは口座の残高が記載された紙を見て感動していた。
「は、初めてお金稼いだ……」
ああ、初めてのお給料だったんだ。
それは感動するよね。
自由になるお金を手に入れた私たちは、早速王都で買い食いを……と行きたかったんだけど、残念ながらもう夕方になっていた。
魔物討伐していたんだし、しょうがないか。
私たちはまた車に乗り込み、今度は私の家を目指す。
ラティナさんがそこにいるだろうから、イリスと一緒に使節団の宿舎に送り届けるためだ。
デビーもその際に一緒に送り届けてもらう。
あっという間に家に辿り着き、車を降りて家の中に入ると、ママとの訓練を終えたレティとラティナさんがいた。
しかし、いつもと様子が違う。
いつもならソファーに座ってママと一緒にお菓子を食べながらお茶しているのに、なぜか二人とも直立不動でソファーの近くに立っている。
なんか、メッチャ緊張しているようにも見える。
なに?
「ただいま」
「あら、お帰りなさいシャル」
「うん。ねえママ、二人ともどうし……」
「シャル! お帰りなさい!」
「え?」
突如聞こえてきたママでも、レティでも、ラティナさんでもない女の人の声。
その声がした方へ顔を向けると、突然視界が暗くなった。
「むごっ!」
なにか、柔らかいもので視界を塞がれている。
その上、頭を撫でる感触がある。
これは……。
「ムー! ムー!」
段々息苦しくなってきたので、私を抱きしめている存在をバンバン叩く。
「ちょっ!!」
「シャ、シャルッ!! そんなことしちゃダメ!!」
レティと、私と一緒に帰ってきたデビーまで慌てた声で叫ぶが、こちとら窒息しかかっているのである。
抜け出すために必死になるのは仕方がないでしょ。
「あら? まあ、ごめんなさいシャル」
声の主はそう言うと、ようやく私を解放してくれた。
「プファ! あー、やっぱりカーチェお婆ちゃんか」
そこでようやく見えた顔は、初老の綺麗な女性。
煌びやかではないけど豪華な法衣を身に纏った、カーチェ……エカテリーナお婆ちゃんだっだ。
「ふふ。久しぶりねシャル。元気してた?」
「うん、元気だよ。今さっき窒息しかかったけど」
「ごめんなさい。久しぶりに会えたのが嬉しくて」
全然反省していないカーチェお婆ちゃんは、私の顔を胸から解放はしてくれたけど、身体自体は抱き締めたままだ。
「シャ、シャル……え?」
「ちょ、ちょっと待って……え? なんでシャルと教皇猊下がそんなに親密なの?」
そういえば、レティもデビーも、結構長いことこの家に来ているけど、カーチェお婆ちゃんと会うのは初めてか。
このカーチェお婆ちゃんは、デビーも言った通り創神教の教皇猊下だ。
そしてひいお婆ちゃんの直弟子で……。
「うふふ。そりゃあ、私がシャルのお婆ちゃんだからですよ」
「「ええっ!?」」
自称、私の祖母だ。
なんで自称かって言うと、カーチェお婆ちゃんと私に血の繋がりがないから。
元々カーチェお婆ちゃんは、若い頃ひいお爺ちゃんとひいお婆ちゃんの実の息子と婚約関係にあり、結婚目前であったそうだ。
ただ、残念ながら魔物討伐時の事故でその息子さんが亡くなってしまい、結婚はできなかった。
その後、その息子さんが忘れられなかったカーチェお婆ちゃんは生涯独身を貫いて修行に励み、創神教の教皇にまで上り詰めた。
そんな時、本当なら義父と義母になる予定だった二人に、養子とはいえ孫ができた。
本来なら、自分が生んでいたはずの二人の孫。
それがパパなのだけど、そのパパと自分が生むはずだった子供を重ね合わせてしまったそう。
しかもその婚約者が現代の聖女。
修行時代に聖女と呼ばれていたカーチェお婆ちゃんは、これはもう自分の息子と言っても過言ではないだろう、と、謎の超理論を展開。
それ以降、パパのことは息子としか思えなくなってしまったのだそう。
なので、そのパパの娘である私は、カーチェお婆ちゃんの孫なのだそうだ。
というか、小さい頃は本当に自分のお婆ちゃんだと思っていた。
そうじゃないと知ったとき、実は滅茶苦茶ショックを受けた記憶がある。
ただ、その事実を私が知った以降も、カーチェお婆ちゃんの私への態度は変わらなかったので、今も私は本当のお婆ちゃんだと思って接している。
ただ、事情を知らないレティとデビーにはちょっと刺激が強すぎたようだ。
「シャ、シャ、シャルが……教皇猊下のお孫さん……」
「ということは……シン様は、猊下の息子……」
「違いますよ」
勘違いを暴走させているレティとデビーに、ママが訂正をする。
「え? え? でも、今猊下が孫だって……」
「正確には、孫のように接してくださっている、ですね」
「……そうなんですか?」
レティが恐る恐るカーチェお婆ちゃんに確認すると、ちょっと拗ねるような顔になった。
「まあ、そうなんですけどね。でも、師匠の孫ってことは私の子だし、シシリーさんは私の後輩聖女だし、その二人の子供たちは私の孫でいいじゃない」
カーチェお婆ちゃんは、相変わらずの超理論を展開した。
これには、レティとデビーも頭上に「?」がいっぱい浮かんでいる。
「ふふ、猊下が子供たちを本当の孫のように可愛がってくださるのは、本当にありがたいですわ」
「でしょう? やっぱりシシリーさんは話がわかるわ「けれど」 え?」
「ご自身の影響力をお考えになってくださいませ。もしシャルやショーンが創神教教皇猊下の孫という話が広まれば二人を取り巻く環境が変わってしまいます」
ママはそう言うと、小さく溜め息を吐いた。
「とはいえ、子供たちはもう猊下のことを本当の祖母だと思ってしまっていますし、今更態度を変えさせるわけにもいきませんが……そういうのは身内だけの時にしてくださいませ」
「はーい。それにしてもシシリーさん。貴女、段々師匠に似てきたんじゃない?」
「そうですか? まあ、家族ですので似てしまうのはしょうがないですね」
「くっ、手強い……」
創神教教皇猊下が後輩聖女にやり込められている。
そんなしょうもない場面を眺めながら、さっきママが言った言葉にちょっと違和感があったので訪ねてみた。
「お兄ちゃんの環境が変わるのはいいの? ママ」
「シルバーはもう就職し、婚約者までいる大人です。もしそうなっても自分で対処するべきです」
へえ、ママってお兄ちゃんのこと溺愛してるから、お兄ちゃんの周辺が騒がしくなることを嫌うのかと思ってた。
意外とちゃんと大人として尊重してるんだな。
「あ、そうそう! シルバーちゃん、ヴィアちゃんと婚約したのよね!」
カーチェお婆ちゃんはパアッと笑顔になって両手をポンと叩いた。
そして一緒にいるヴィアちゃんを見つけると、立ち上がってヴィアちゃんの手を取った。
「おめでとうヴィアちゃん。子供の頃から知っている二人が恋をして婚約するなんて……お婆ちゃんは嬉しいわ」
「お婆さまではありませんが、ありがとうございます。教皇猊下に祝福されたとなれば、私たちの幸せは確約されたも同じですね」
「もう、つれないことを言わないでちょうだい。私だってヴィアちゃんが生まれた時からお世話をしていたのよ?」
「それはありがとうございます」
「もう。さすがはアウグスト王の娘さんね。線引きがしっかりしているわ」
私だけでなくヴィアちゃんまで孫扱いをしようと企んでいるカーチェお婆ちゃんだが、その企みは尽く失敗している。
ヴィアちゃんは大国の王女様だからねえ、特にオーグおじさんやエリーおばさんの教育が行き届いている気がする。
うち?
昔から休日ごとに家に遊びに来ては私たちを構い倒して帰っていくカーチェお婆ちゃんに、創神教教皇猊下としての敬意なんて持てるはずないよ。
むしろ、昔カーチェお婆ちゃんが真面目な顔して式典を仕切っているのを見て、思わず笑ってしまったことがあるくらいだわ。
そうやって私たちと戯れていたカーチェお婆ちゃんだが、ふと視線をイリスに向けた。
「貴女が、もう一人のヨーデンからの留学生ね」
「は、はい! イリス=ワヒナです!」
「ふふ、そう緊張なさらず。私はエカテリーナ=フォン=プロイセン。創神教にて教皇の地位を戴いています」
「は、はは!」
来た大陸最大宗教のトップを目の前にして、イリスが恐縮して頭を下げた。
「イリスさん、頭をあげてください」
「し、しかし……」
イリスは困ったようにラティナさんを見るが、ラティナさんは私たちが来る前にこれを経験したのだろう。
苦笑しながら首を横に振るだけだった。
「別大陸出身の貴女が信仰しているのは創神教ではないでしょう? 信仰していない宗教の人間に頭を下げるのはおかしいと思いませんか?」
「は、はあ」
「なので、できればシャルと同じような態度で接していただければと思いますわ」
「それは無理です」
「あら、また失敗してしまったわ」
カーチェお婆ちゃんはそう言うと、コロコロと笑った。
「あ、お婆ちゃん。レティとラティナさんのことはもう知ってるんだよね?」
「ええ。さっき自己紹介してもらったわ」
「じゃあ、次はこの子、デビー。最近、私と仲良くしてくれてる子なの」
私はそう言って、デビーをカーチェお婆ちゃんの前に連れ出した。
「あ、あの、デボラ=ウィルキンスです……」
いつものハキハキしたデビーらしくなく、尻すぼみな挨拶。
そんなガチガチのデビーの頭を、カーチェお婆ちゃんは優しく撫でた。
「そう。シャルと仲良くしてくれているのね。ありがとう。これからも仲良くしてあげてね」
「は、はい!!」
創神教教皇に頭を撫でられるという超レア体験をしたデビーは、感動で目が潤んでいる。
「ふふ。シャルも、デボラさんと仲良くね。もし困ったことがあったらなんでも言ってきなさい。なんでも力になるわ」
「あ、じゃあ早速お願いが」
「あら、なに?」
「お小遣い欲しい!」
「まあ、いいわよ? いくら欲しいの?」
「マジ? やった! えっとね……」
「……シャル?」
今、地獄からの声が聞こえた気がする……。
「あなたは、一体、なにを、言っているのかしら?」
小さく区切りながら話しかけてくるママが超怖い。
「じょ、冗談です、ママ」
「……本当ですか?」
「本当です!」
「……」
ママは無言で私の目をジッと見たあと、小さく息を吐いた。
「いいでしょう。もうこういった冗談は言わないように」
「はい!」
「それから、エカテリーナ様」
「は、はい!」
初老のお婆ちゃんで、創神教の教皇であるカーチェお婆ちゃんが、ママの一声で直立不動になった。
「あまりシャルを甘やかさないでくださいませ」
「はい! わかりました!」
ママはそう言うと、静かにお茶を飲み始めた。
私は、カーチェお婆ちゃんと二人、顔を見合わせて小声で言葉を交わし合った。
「……シシリーさん。本当に師匠にそっくりになってきたわ……」
「そのうち、女帝を継ぐんじゃない?」
「女帝のあとつぎね」
カチャン。
ビクッ!
ティーカップがソーサーに戻された音に驚き、私たちはそおっとママを見た。
ママは、めっちゃ笑顔でこちらを見ていた。
私は……この世で一番恐ろしい笑顔を見た……。
もう、女帝継いでね?
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