第79話 ハンター協会にて、お約束

 ミーニョ先生の授業が終わったあと、デビーが速攻で先生に謝りに行っていた。


 あまりにも素早い動きだったので、付いて行けず、私が見たのはデビーが頭を下げている場面だった。


 そして、ミーニョ先生が小さく息を吐いたあと、デビーの頭をポンポンと叩き「言わなかった俺も悪いから、そんなに気にするな。これから気を付けるようにな」と言って去っていった。


 頭をポンポンされてそんな言葉をかけられたデビーは、真っ赤な顔と潤んだ瞳でミーニョ先生の後ろ姿をジッと見つめていた。


 ……。


 …………。


 いや、長えよ!


「いつまで先生のこと目で追ってんのよデビー」

「ふぉわっ!?」


 私が声をかけたのがよっぽど驚いたのか、デビーは不思議な声をあげて飛び上がった。


「ちょっ! 急に声かけないでよシャル!!」

「あー、ゴメンゴメン。いつまで経ってもコッチ戻ってこないからさあ」


 私がそう言うと、デビーは驚きに目を見開いた。


「い、いつから見てたの?」

「え? 先生がデビーの頭をポンポンしながら優しい言葉をかけてたとこから」

「〜〜!!」


 先生とのやり取りを見られたことによる羞恥なのか、デビーは真っ赤になったあと、教室に走って行ってしまった。


「もうシャル。そういうのは言っちゃダメよ?」


 一緒になってデビーの様子を伺っていたヴィアちゃんが、したり顔でそんなことを言った。


「ええ? だって気になるじゃん」

「それは分かりますけど、好きな人とのやり取りは、秘めておきたいものなのですよ?」

「……?」

「それが分からないようでは、シャルに春が訪れるのは、もう少し先になりそうですわね」

「え、いや……」


 私が困惑してたのはヴィアちゃんの言ってることが分からないからなじゃい。


 私たちに見せつけてんのか? と言いたくなるくらい全力全開でお兄ちゃんとイチャイチャしているヴィアちゃんから信じられないことを聞いたから、脳が理解するのに時間を要したんだよ!


 え? なに? もしかして、ヴィアちゃんってあれでもお兄ちゃんとのイチャイチャを秘めてるの?


 それとも、あれは秘めるようなものではなくて、私たちが見ていないところではもっとイチャイチャしてんの?


 ついこの間まで恋愛雑魚だったのに……いつの間にそんな超進化を遂げやがったんだ……。


「さてシャル。今日は私も放課後は時間がありますから、イリスさんの魔物討伐に参加しますわよ」

「あ、そうなの? それこそ許可とか大丈夫?」

「ええ。護衛にも先ほど連絡しましたし、問題ありませんわ」

「そっか。じゃあ、私も後で連絡しとこ」


 ヴィアちゃんの衝撃発言はとりあえず置いといて、今日の放課後のために連絡を含めた準備は進めておこう。


 そうして残りの授業もこなし、放課後がやってきた。



 今日の魔物討伐に参加するのは、私、イリス、ヴィアちゃん、デビーの四人。


 マックスは家の手伝いがあり、レティとラティナさんはママの治癒魔法レッスン、ハリー君とデビット君は研究会があって不参加だ。


 ちなみに、レインとアリーシャちゃんは前々からデートの約束をしていたそうで、お店の予約があるからと参加を断られた。


 ……私たちの中で一番青春を謳歌してるのって、間違いなくレインとアリーシャちゃんよね。


 まあ、初等学院の頃から知ってる仲だし、仲良くて結構だね。


 さて、そんなリア充どもは放っておいて、私たちは実力アップと小遣い稼ぎのための魔物狩りだ!


 というわけで、まずは魔物ハンター協会に足を運ぶ。


 ここは、毎日魔物の素材のレートが張り出されていて、なんの魔物を狩ると儲けがいいのかが分かる。


 それ以外にも、アルティメット・マジシャンズに依頼したけど、パパたちが対応するまでもなくハンター協会で対処可能と判断された依頼が張り出されている。


 王都民のお手伝いから、魔道具士からの素材採取依頼まで、幅広い依頼がある。


 こういった依頼にはランクがあり、アルティメット。マジシャンズが出来て以降ハンター協会にランク制度が設けられた。


 ランク一が初心者で、そこから実力や依頼の達成度、人柄などを見てランクが上がっていき、今のところランク十が最高位とされている。


 ちなみに、アルティメット・マジシャンズはこれ以上に難易度の高い依頼しか受けないため、彼らにはランクが付けられていない。


 つまり、あそこに所属できているイコール、最高のハンター以上の人材ということになる。


 ちなみに、私のランクは五。


 まあ、学院があるからしょっちゅう協会には来れないし、そもそも依頼とか受けたことない。


 だから、魔物討伐の実績でいうとこれくらいが妥当なんだってさ。


 というわけで、魔物のレートを確認した私たちだったが、ハンター協会を初めて見たイリスが物珍しそうにあちこちを見て回っている。


「イリスー、あんんまりウロウロしちゃダメだよ?」

「あ、ゴメン。こういう施設、向こうにはないから珍しくて」

「あー、そうだったね。もう少し見て回る?」

「いいの?」

「うん。今日はイリスのためにここ来たんだもん。参考になるなら見て回っておいでよ」

「ありがと。じゃあ、ちょっと待っててね」


 イリスはそう言うと、依頼が掲示されている掲示板に向かっていった。


「そういえば、ヨーデンには市民証がありませんから、素材の持ち込みでしか魔物討伐の報酬は得られませんのね」

「それ考えると、市民証ってホント意味分かんないくらい凄い魔道具ですよね」


 デビーがそう言うのは、市民証は倒した魔物の数をカウントしてくれるのだ。


 素材がなくても市民証にはちゃんと討伐した記録が残るので、討伐数に応じて報酬が支払われる。


 一体どんな仕組みをしているのか、皆目見当もつかない。


 パパは、その仕組みを全部理解して、色々と応用しちゃったんだけどね。


 ……改めて考えると、パパの頭の中ってどうなってんの?


 こんな意味不明魔道具まで解析しちゃうんだもんな。


 協会内を興味津々で見て回っているイリスを見ながら、邪魔にならないところで三人で話をしていると、ようやく満足したのかイリスがこちらに合流した。


「おかえり。満足した?」

「うん。すごく興味深かった。この、トンデモ魔道具を使った魔物討伐数のカウントは真似できないけど、ランク制度による依頼の受付はヨーデンでも取り入れられるかもしれない」

「おー、イリスの意見って、為政者の発言みたい」

「ちょっと、やめてよ」


 そうやってキャッキャしながら協会を出て魔物討伐に行こうとすると、私たちに声をかけてくる人たちがいた。


「ねえねえ、君たち。その制服って高等魔法学院の制服でしょ? 凄いなあ、よかったら俺たちと一緒に魔物狩りに行ってその凄技を見せてくれない?」


 声をかけてきたのは、数人の若い男のハンターだった。


 なんだ、ナンパか。


「私たち、今日はちゃんと目標があるので、そういったお誘いは結構です」


 私はそうキッパリ断ったんだけど、そのナンパ男たちはしつこかった。


「ええ? いいじゃん。そんなツンケンしないでさ。一緒に狩った方が楽しいって」


 ナンパ男たちは魔物狩りをレジャーかなにかと勘違いしているのか、楽しんで魔物を狩ろうと言ってくる。


 そもそも、魔物は人間に害を及ぼすものだけど、元は普通の動物だ。


 命あるものだ。


 狩らなきゃ人間に害を及ぼすから狩るのであって、楽しんでするようなものじゃない。


 パパやひいお婆ちゃんからも、口うるさくそう教わってきた。


 それなのに、この人たちは楽しもうと言ってくる。


「だから、私たちは遊びに行くんじゃなくてちゃんと目的があるんで。そういう目的なら他を当たってもらえます?」


 ナンパ男たちの物言いにカチンときたので、少し強めに拒絶した。


 すると、ナンパ男たちは気分を害したようで、雰囲気が変わった。


「は? 女だからって下手に出てりゃいい気になりやがって。ちょっと大人のお兄さんの怖さを思い知らせてやらないと行けないな?」


 ナンパ男はそう言いながらこちらに近付いてくる。


 けど……。


「おら! 大人しく……ギャッ!?」

「うがっ!?」

「な、なんだぁ!?」


 そんなこと言いながら私たちに近付いてきたら、護衛さんたちが黙ってないよね。


 どこからともなく現れた私とヴィアちゃんの護衛さんたちに、あっという間に取り押さえられるナンパ男たち。


 断られた時点で引き下がっていればこんなことにはならなかったのに。


 無理矢理言うことを聞かせようとして迫ってきたのが運の尽き。


 私はともかく、一緒にいるヴィアちゃんには気付かなかったのかな?


 ヴィアちゃん、結構な有名人だと思うんだけど。


 周りの皆さんも、ヴィアちゃんがオクタヴィア王女殿下だと認識した上で関わってきてなかったのに。


 なんせ、オーグおじさんの頃から、王子王女が市井をフラフラ出歩くのは頻繁にある出来事になってしまっているので、王都民は割と慣れていて知っているのだ。


 王族は、気付いても近寄っちゃいけないって。


 それを知らないってことは、別の街からきたのかも。


 可哀想に。


 ナンパ男を警備隊員に引き渡しに行っている護衛さんたちを見送りながら、私は不毛な時間を過ごさせられたと不機嫌になっていたのだけど、なぜかイリスはウキウキしていた。


「うわ、ナンパ。ナンパされたよ。人生初ナンパ」

「あ、そう」


 どうでもいいことで嬉しそうにしているイリスに、私は思わず脱力してしまうのだった。


 初ナンパがあんなんで嬉しいかあ?


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