第78話 ウォルフォード家はやばいよ
イリスが早速興味のあるものを見つけたようで喜ばしいけど、アールスハイドで学べることは付与魔法だけじゃない。
ラティナさんが習っている治癒魔法もそうだし、皆が使える攻撃魔法だってある。
なので、これからの学院生活で色々と勉強をして他にも興味が持てるものがないか知っていく必要がある。
なので、魔法実習以外にもある座学の時間も、イリスにとっては重要な時間になる。
その座学で、イリスが興味深そうに授業を受けていたのが歴史の授業だ。
ヨーデン出身のイリスは、当然アールスハイドや北大陸の歴史は知らない。
私たちにとっては常識な出来事も、イリスは驚きを持って受け止めていた。
そういえば、ラティナさんも最初の歴史の授業は興味深そうに聞いていたな。
ただ、興味深いで止まったみたいだけど。
「はい、じゃあ、今日はここまで。ワヒナさん。外国からの途中編入で大変だと思うけど、こちらの歴史にも興味を持ってもらえると嬉しいわ」
歴史担当の女の先生が、授業終わりにイリスにそう言ったけど、もう十分興味津々みたいですよ。
先生が教室を出て行ったあと、私はイリスの席に、さっきの授業の感想を聞きに行った。
「どう? イリス。歴史に興味持ったみたいだけど、どんな感想?」
「とりあえず支給されたときに教科書にはザッと目を通したけど、政治形態がこれだけ違うのに文明の発展具合が数十年前までウチらとあんまり変わらかった、っていうのは驚いたかな」
「それはもう完全にひいお婆ちゃんとパパのお陰だね。教科書にも載ってたでしょ?」
「うん。シン様の名前が教科書に出てきたときは驚いたけど……教科書の後半、メチャメチャ出てない?」
「出てる」
「……世界を救っちゃって、歴史に名を残すくらいの超天才魔法使いの娘って、どんな感じなの?」
おっと、これはまた答えにくい質問をしてきたね。
「どう、って言われてもなあ。パパの功績って、それこそ教科書でしか知らないから、教科書に出てくる歴史的事件を解決したのがパパです、って言われても全然実感ない」
「そうなの?」
「だって家だと、私たちに甘くて、ママと四六時中イチャイチャしてるだけだもん。未だにひいお婆ちゃんに怒られてるときもあるし」
「……え? 英雄、なのよね? なのに、まだ怒られてるの?」
イリスが信じられないという顔をして聞いてくるが……残念ながら事実なのよね……。
「ひいお婆ちゃん、滅茶苦茶怖いもん。前の国王陛下と、エルス自由商業連合国の前大統領と、創神教の教皇様の師匠で、その三人は今もひいお婆ちゃんには頭が上がらないの」
「……あの、なんか、ちょっと聞いただけでとんでもない人たちがいた気がするんだけど……」
「とんでもない人たちだよ。特に、創神教の教皇様がヤバイ」
「この大陸って、宗教が一つしか無いのよね? そこのトップの師匠って……世界を牛耳れるんじゃないの?」
「うん。大人の人は、ひいお婆ちゃんのこと『影の女帝』って呼んでる人もいる」
「……ヤバイ……ウォルフォード家、超ヤバイじゃん」
「ヤバイよ? だからパパが『ウォルフォード家に権力を持たせない方がいい』って言ったんじゃん」
「……ちなみに、ひいお爺さんは? 昨日いたよね?」
「ひいお爺ちゃんは、昔アールスハイドを滅ぼしかけた魔人を討伐したことがあって、世間的には『賢者』って呼ばれてる。権力者に対してはひいお婆ちゃんの方が影響力強いけど、一般的にはひいお爺ちゃんの方が人気ある」
「シャルのお母さんも聖女だし……家族全員有名人って……」
ウォルフォード家の、更に詳しい情報を得て、イリスはドン引きした顔をしていた。
その周りでは、デビーやレティが何度も頷いている。
「まあ、ウチのことは置いといてさ。ラティナさんは早々に治癒魔法に興味を持って習い出したけど、イリスはもっと時間をかけてもいいんだよ?」
私がそう言うと、イリスは少し悩む仕草をした。
「そうねえ……とりあえず、マックス君の家の工房に行くのは、先方の連絡待ちになりそうだし、その間に色々と見て回ろうかしら」
「その方がいいよ。あ、そうだ」
私はあることを思い付いてイリスに訊ねた。
「攻撃魔法、どれくらい使えるようになった?」
私がそう訊ねると、イリスはちょっとドヤ顔をした。
「そうね。竜はまだ無理だけど、普通の魔物くらいなら倒せるようにはなったわよ?」
お、そうなんだ。
「じゃあさ、魔物狩りに行って小遣い稼ぎしようよ!」
「え?」
私の言葉に、イリスは目が点になった。
「イリス、魔物は魔法で倒せるようになったんでしょ? なら、魔物討伐行けるじゃん」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なに?」
慌てて私を止めるイリス。
なにかあったんだろうか?
「え? アールスハイドって、勝手に魔物討伐とかしていいの? ヨーデンじゃ許可がないと魔物討伐に行っちゃいけないのよ?」
「そうなの?」
イリスからヨーデンの魔物討伐事情を聞いた私は、ラティナさんに確認を求めた。
だって、ラティナさん、留学してきてから今までに何回か魔物討伐に行ってるけど、そんな話は聞いてこなかったから。
「あー、そういえばそうでした。シャルさんたちがあまりにも普通に魔物狩りに行くので、そういうものなのかな? って思ってました」
ラティナさんがそう言うと、イリスは溜め息を吐いた。
「はぁ……ラティナ。アンタ、こっちに染まり過ぎでしょ」
「あはは。確かに、居心地いいからね」
ラティナさんがアールスハイドに来てから数ヶ月。
随分と馴染んだよね。
それより。
「ところで、ヨーデンって、なんで魔物狩りに許可がいるの?」
アールスハイドとヨーデンの違いの方が気になった。
「だって、ヨーデンじゃ魔物を狩れるほどの人ってほんの少ししかいないんだよ? ちゃんと魔物狩りができるか実力を見極めて、合格した人にだけ免許が発行されるの」
「ええ? 確かに攻撃魔法は使えないかもしれないけど、こっちの魔物ハンターたちだって魔法使えない人もいるよ? それでも免許とか無いけど?」
「そうなの? でも、それって周りに魔法で魔物を狩れる人がいるからじゃないの?」
「どうなんだろ?」
私は皆を見渡したけど、皆首を傾げるばかりだった。
「まあ、なんで免許がないのかは知らないけど、とにかく私たちだけでも魔物狩りには行けるからさ。練習にもなるし、行こうよ」
「う、うーん……」
私の誘いにイリスは暫く悩んでいたけど、ようやく決心したように頷いた。
「うん。分かった。そもそも、私たちが留学してきた目的って、竜を討伐できるようになることだもんね。怖気づいてられないわ」
「うん。それじゃあ、放課後は魔物狩りね!」
「ええ」
「ほう。それは熱心なことだな」
「「ん?」」
放課後の魔物狩りのために気合を入れていると、後ろから声をかけられた。
そこにいたのはミーニョ先生だった。
「だが、放課後の前に、まだ授業が残っているのは知っているか? もうチャイム鳴ったぞ」
「え!? あ! ご、ごめんなさい!」
慌てて時計を見れば、もう次の授業の時間だった。
バタバタと自分の席に向かう私たちを、ミーニョ先生は苦笑しながら見ていた。
「授業を始める前に、一応言っておくか。ウォルフォード、ワヒナを魔物狩りに連れていくのはいいが、気を付けろよ? もし大怪我したり、最悪死亡したりしたら国際問題になるからな?」
「え?」
先生の言葉に、私は血の気が引いた。
だって……。
「……まさかとは思うが、今までカサールを魔物狩りに連れて行ったりしていないだろうな?」
「あ、あはは……」
ミーニョ先生の指摘が図星を付いていた私たちは、愛想笑いをすることしかできなかった。
そんな私たちを見たミーニョ先生は、深い深い溜め息を吐き、お腹を押さえた。
「……なにごともなくて良かった」
ラティナさんが大怪我とかしてたら国際問題になってたのかあ……。
そしたら、ミーニョ先生は責任取らされるよね?
そうならなくて良かったぁ。
ラティナさんとの狩りによく付き合っていたデビーを見ると、自分の行動で先生を路頭に迷わすところだったと知り、真っ青になっていた。
まあ、そうなるよね。
あとでデビーのフォローもしとくかあ。
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