第76話 ウォルフォード家は扱いづらい

「おはようございます、シャル」


 昨日、我が家で公開イチャラブという黒歴史を披露したヴィアちゃんは、今日、何ごともなかったかのように登校してきた。


 ……王族、メンタル激つよ……。


「お、おはようヴィアちゃん」


 昨日の……私だったら黒歴史一直線な出来事にも全く動じていない様子のヴィアちゃんに恐れ戦きながら挨拶をすると、ヴィアちゃんはニコニコと上機嫌で話しかけてきた。


「シャル、昨日の私たち、新婚夫婦のようじゃありませんでした!?」


 マジか。


 昨日のことは無かったことにするのかと思いきや、自分から踏み込んできた……だと……?


「え、ああ、うん。そう、だったね?」


 あまりの衝撃にしどろもどろになっている私など気にならないようで、肯定されたことが嬉しかったのか、ヴィアちゃんは頬に両手を当ててクネクネしている。


「うふふ! やっぱり? そう見えてしまいましたか! ああ、でも、あの台詞が言えなかったことは失敗でしたわ!」

「あ、あの台詞?」

「ええ『ご飯にします? お風呂にします? それとも……』きゃー!!」


 それ、アマーリエ先生の、少女向け小説に出てくる台詞じゃない。


 そういや、ヴィアちゃんもアマーリエ先生の小説のファンだったな。


 先生、身近にいるし。


 と、そこで私はあることに気付いた。


「ねえ、ヴィアちゃん」

「いや〜ん……なんですか? シャル」


 ……クネクネしてるところから、急に真顔にならないでほしい。


 ちょっと、怖い。


「ええっとね、その台詞って、練習してもヴィアちゃんには意味ないんじゃないの?」

「? なぜ?」

「だって、ヴィアちゃん、王女様じゃん。ご飯だってお風呂だって、全部使用人さんたちが用意してくれるじゃん」


 そう、さっきヴィアちゃんが引用した小説の主人公は平民の女性。


 ご飯を作るのもお風呂を入れるのも、全部自分でやるからこそあの台詞が出てくる。


 それを、王女様が予行演習したとしても、生かせる場面なんか無いのだ。


 そう進言したのだけど、ヴィアちゃんはなぜかキョトンとした顔をし、そして……爆弾発言をブッ込んできた。


「あら、私はシルバー様に嫁ぐのですから、王族からは抜けて平民になりますのよ?」

『ええーっ!?』


 ヴィアちゃんの急な爆弾発言に、教室中から大声があがった。


「え? え? 殿下、平民になっちゃうんですか!?」


 デビーも混乱しているのか、若干目を回しながらそう訊ねてきた。


「え、でも、この前聞いた陛下の妹姫様って、ご結婚されて公爵様になられたんですよね?」


 レティが、以前ハーグ商会で聞いた話を持ち出してきた。


 私も、メイお姉ちゃんが結婚して王族を抜けても貴族の位にはいるから、ヴィアちゃんもそうなると思っていたんだ。


「ああ、それは、メイ姉様のお相手がスイードの王族でしたから。お互いの地位に相応しい爵位をということで与えられたものですわ」


 そこで、叫んだあと放心していたアリーシャちゃんがハッと気を取り直した。


「そ、そうですわ! 王族が臣籍降下する際は公爵位を与えられるのが通例のはず! 確かに、シルバー様は平民ですが、お家はウォルフォード! 爵位を与えられてもなんら問題はないはず!!」

「その、ウォルフォードが問題なのよ」


 ヴィアちゃんの言葉に、アリーシャちゃんはまたハッとした顔をした。


「気付いたかしら? 両家での話し合いの際に、シンおじ様が仰ったの『ウォルフォード家に権力を与えるべきじゃない』とね」


 確かに、ウォルフォード家は『賢者』と呼ばれるひいお爺ちゃん、『導師』と呼ばれるひいおばあちゃん、『聖女』と呼ばれるママ、そして『魔王』『神の御使い』『英雄』『救世主』と呼ばれるパパがいる。


 爵位の有る無しに関わらず、これだけ有名な家もそう多くはない。


 むしろ、世界一有名な一家と言ってもいい。


 現在貴族としての権力はないけど、経済力と圧倒的な武力という力を持っている。


 そこに、王女様であるヴィアちゃんが嫁ぐことで公爵位なんかが齎されたら……。


 新たな王家に担ぎ上げようとする人が出てきてもおかしくない。


 それを理解した皆は、ようやく納得した顔をした。


 だが、私は、どうしても納得し難いことがあった。


「どうしたの? シャル。そんな難しい顔をして」


 皆が納得する中、一人だけ眉を顰めている私に、ヴィアちゃんが不思議そうに訊ねてきた。


「ヴィアちゃん」

「なに?」

「……私、その両家顔合わせ、呼ばれてない」


 私がそう言うと、ヴィアちゃんは呆れた顔をして溜め息を吐いた。


「当たり前ですわ。私とシルバー様の今後の話し合いですのよ? なぜその場に、義妹になるとはいえシャルを呼ばないといけませんの? もちろん、ノヴァやショーンだって呼んでませんわよ」

「そーれーでーもー! そういう話し合いがあるってことくらいは教えてくれてもいいじゃん! なんか私だって、提案できることがあるかもしれないじゃん!」

「結婚後の打ち合わせですのよ? ほとんどお父様とシンおじ様でお話し合いをされていて、私たちやお母さまたちだって話に入れませんでしたのに」


 そう言ってヴィアちゃんは私をジトリと見た。


 その目は『その話し合いに、あなたが入っていけるとでも?』と雄弁に語っていた。


「むぅ、無理か」

「当たり前ですわ」

「ちぇ。あ、でも、ヴィアちゃん、平民になるんだ。じゃあ、王位継承権はノヴァ君に譲るの?」

「譲るもなにも、私はシルバー様に嫁ぐ予定でしたから、最初からノヴァに全てまかせてましたわ」


 うおお……マジでそんな計画立ててたのか。


 っていうか、結果的にお兄ちゃんと相思相愛で上手くいったから良かったものの、もしお兄ちゃんに振られてたらどうするつもりだったんだろうか?


 ……まあ、普通にノヴァ君が立太子して、ヴィアちゃんは女公爵になってたか。


 ともあれ、王国の後継者騒動とか起きなくて良かっ……。


「……そういえば、ヴィアちゃん」

「なんですの?」

「平民になるって言って、例の台詞が言いたかったってことは……ヴィアちゃんがお兄ちゃんのご飯作るの?」


 アリーシャちゃんはメシマズを克服したとの報告があったけど、ヴィアちゃんは王女様。


 そうそう料理なんて作らせてもらえないだろう。


 ということは、お兄ちゃんはメシマズの嫁をもらうことに……。


「なにを言っているんですの?」

「え? もしかして、ヴィアちゃんも料理の練習してたの?」


 そ、そこまで努力してたのか……。


「そんなことしておりませんわ」

「え? じゃあ……」

「もちろん、コレルさんに作ってもらうに決まっているではありませんか」

「……」


 ああ!!


 ヴィアちゃんは、お兄ちゃんに嫁ぐ予定。


 そう『ウォルフォード家長男』にだ。


 ってことは……。


「え? 私、お兄ちゃん夫婦と同居すんの?」


 私がそう言うと、ヴィアちゃんがちょっと頬を膨らませた。


「何ですの? 嫌ですの?」

「そんなことはないけど……」

「けど、なんですの?」

「……パパとママだけじゃなくて、お兄ちゃんとヴィアちゃんがイチャイチャしてるのを見なきゃいけないのかと思って」


 イチャラブ夫婦が二組って……。


 しかも一組は、お兄ちゃんと、姉妹同然に育った親友兼幼馴染みって……。


 拷問かよ……。


「あら、それくらい我慢なさいな」

「……やる方はいいよね。見せられる方はたまったもんじゃないよ」

「そうですか? 私はシャルと同居できて嬉しいですけれど?」


 言葉だけ聞いていれば感動的な台詞なんだろうけど、ニヤニヤしながら言ってやがるから憤りしか感じないよ。


「それに」

「なによ?」

「そんなに家族のイチャイチャを見るのが嫌なら、シャルもお相手を見つけてその方の家に嫁げばよろしいのでは?」


 ……。


「そんな相手……いないじゃん……」


 ちらりと脳裏に浮かんだ顔があったけど、それは違うと思う。


 多分……。


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