第75話 人の振り見て我が振り直せ
ママの開いたゲートは、ウォルフォード家のリビングに繋がっており、一瞬でアールスハイド大聖堂から帰宅することができた。
「しゅ、瞬間移動……!!」
あ、そっか。
イリスには南大陸から北大陸まで一瞬で移動できる魔法があるとは言っていたけど、見たのはこれが初めてだったね。
「そ、これがゲートの魔法。パパが開発して、今ではパパが開設した魔法士集団『アルティメット・マジシャンズ』に所属した人のみにしか伝えられない秘匿魔法よ」
私の説明に、イリスは納得して頷いていた。
「確かに、こんな魔法があったら、不法侵入し放題だもんね……所属の分かってる人にしか教えないのは当然ね」
「そう。だから、私もまだ教えて貰えてないんだよ」
アルティメット・マジシャンズ代表の家族なんだし、素性も所属もハッキリしてるんだから教えてくれてもいいのにさあ。
そう思ってママを見ると、ママは薄く微笑んだまま目を細めた。
私は、すぐに目を逸らした。
……こわ。
「ゲートの魔法をアルティメット・マジシャンズ所属の魔法士にしか教えないのは、私たちだけでなく、国も含めた協議で決まったことです。それを、家族だからと安易に教えていれば組織の規律が乱れます。なので、何度言っても、シャルがアルティメット・マジシャンズに所属できるまで、教えるつもりはありませんよ」
「ちぇ、分かりましたよ」
他にも人がいたら絆されるかな? とか思っていたけど、甘い考えだったようだ。
「本当にこの子は……」
ママは溜め息を吐いたあと、イリスに向き直った。
「改めて、お久しぶりですねイリスさん」
「あ、はい! お久しぶりです、シシリー様」
イリスと挨拶をしたママは、そのまま会話を始めた。
「アールスハイドに来てどうですか? なにか、困ったこととかありませんか?」
ママがそう訊ねると、イリスは残像が見える勢いで首を横に振った。
「いえいえ!! 困ったことなんてなにもありません! むしろ、想像以上に技術が発展していて快適そのものです!」
「そう? なら良かったわ」
イリスがアールスハイドでの生活で苦労をしていないと分かったからか、ママからはちょとホッとした雰囲気が見られた。
「それで、今日はどうしてアールスハイド大聖堂に? なにか気になるものでもあったのかしら?」
「あ、いえ。シャルが街を案内してくれるというので、街に出たのですが、私が魔動バスに興味を持ってしまって……」
「乗りたいか聞いたら乗ってみたいって言うから。そのときたまたま近くにあったバス停のバスの行き先がアールスハイド大聖堂だっただけ」
「ああ、そうだったのね」
「はい。それでも十分驚きました。馬もなしに動く車、市民証という身分証明書で支払いができる魔道具など……どれもヨーデンからしたら、空想小説の中にしか存在しないと思ってましたから」
イリスの言葉に、ラティナさんが「うんうん」と頷いている。
「凄いですよね。やっぱり、一度も歴史を途切れさせていないと、こんなにも技術が発展するのですね」
そんなイリスの言葉を、すぐにマックスが否定した。
「いや、北大陸は古代文明が滅んだあと一度歴史が途切れてるよ」
「え?」
マックスの言葉に、イリスは虚を突かれたような顔をした。
「っていうか、古代文明とか私たちの親世代じゃゴシップとか都市伝説の類の話だったらしいし」
「シン様がクワンロンで古代文明の遺跡を発見したことで、古代文明があったことが証明されたんですよね」
デビーとレティがそう補足してくれるけど、本当に、パパ、どんだけ歴史に顔を出してんのよ。
首突っ込みすぎでしょ。
「ええ!? ということは、つい最近まで古代文明があったことすら知らなかったんですか!?」
「そうだよ」
イリスの言葉を肯定すると、イリスは顎に手を当ててなにやら考え込み始めた。
「え、ということは、歴史的には私たちと同じ感じ……なら、歴史の途中で天才が現れたってこと?」
考え込んでいたイリスが出した結論に、ママが頷いて肯定した。
「ええ、何人か歴史に名を残すほどの天才が現れています。まず、イリスさんも持っている市民証を開発した、二百年以上昔の方。それと、近年生活用の魔道具を多数開発し、市民の生活水準の向上を成し遂げたのが……我が家のメリダお婆様です」
「え? 我が家?」
「はい。主人の祖母で、この子の曾祖母ですね」
ママは私の頭に手を乗せながら言った。
「……シャルの?」
おう。なんだこらその疑いの目は?
喧嘩なら買うぞ?
そう思ったら、頭の上に載っているママの手にキュッと力が入った。
はい、大人しくしてます。
「そして、魔動車や飛行艇、今回イリスさんたちが魔法を習う切っ掛けになった魔力制御の腕輪や、その他、私たちの常識では考えられないような数々の魔道具を作ったのが、主人です」
「シン様が!?」
イリスは、心底驚いた顔をしている。
「え? で、でも、シン様って、魔法使いであって魔道具師ではないですよね?」
「いえ、魔法使いであって魔道具師でもあるんです」
「……」
ラティナさんはある程度知っているからあんまり驚いていないけど、初耳はイリスには驚愕だろうな。
私だって、魔法を覚えるのに必死で魔道具なんて簡単なものしか作れないし、ましてや新商品なんて考えもつかない。
驚愕しているイリスさんと、改めてパパの規格外さを実感している皆を見て、ママは苦笑した。
「あの人は本当に、天才というかなんというか……興味を持ったことはなんでもすぐに実行してしまうんです。その結果が今のコレですね。まあ、それが悪いわけではありませんし、なにかに夢中になっているシン君も素敵なんですけどね」
おっと、油断してたらママの惚気が始まったぞ。
嬉しそうにニコニコした顔でそう話すママを、女性陣は羨ましそうに、マックスとレインは、見慣れているのか苦笑して見ていた。
「まあ、ですのでイリスさんも、もちろんラティナさんも、気になったこと、興味が出てきたものは我慢しないでくださいね。折角の留学なのですから、実りあるものにしないと、ね?」
「「は、はい!!」」
最後にウィンクしながらそう言われたイリスとラティナさんは、頬を染めながら返事してた。
これは……また、ママのファンが増えちゃったかな?
「ただいま……あれ? イリスさん?」
「あ、シン様。お邪魔してます」
「ああ、いらっしゃい。なに? 早速遊びに来てくれたの?」
「はい。今日はアールスハイド大聖堂に行っていたのですけど、そこでシシリー様にお家に招待されまして」
「そうなんだ。シシリー、ただいま」
「はい。お帰りなさいシン君、お仕事お疲れ様でした」
そう言ったママは、パパに声をかけながら近づいていき、流れるようにお帰りのチューをした。
……さっき、パパのことを惚気ていたからか、いつもより長いぞ。
「……ん。どうした? シシリー。今日は甘えてる?」
「ふふ。シン君の素敵さを再認識してしまったので」
「そうか。それはしょうがないな」
「はい。しょうがないんです」
二人はそう言うと、また顔が近付いて……。
「ちょっ! だから! 子供の前でイチャイチャしないでって言ってるじゃん!」
「ん? ああ、はは、すまん」
「あら。ふふ、ごめんなさいね」
『……いえ』
目の前で大人のキスシーンを見せつけられた私たちは、全員が真っ赤になって俯いている。
……いや、ヴィアちゃんだけは二人を見ないでキョロキョロしているな。
「おじ様! シルバー様は!?」
「ん? ああ、シルバーならもうすぐ帰ってくると……」
「ただいま」
パパが、お兄ちゃんはすぐに帰ってくると言い切る前にゲートを通ってお兄ちゃんが帰ってきた。
お兄ちゃんが目の前に現れたということは、すなわち……。
「シルバー様! お帰りなさいませ!」
ご主人様が帰ってきた飼い犬みたいに、ヴィアちゃんがお兄ちゃんに飛び付いた。
「おっと、ただいまヴィアちゃん」
「はい! お帰りなさいませ!」
ヴィアちゃんはそう言うと「んー」とお兄ちゃんに唇を突き出した。
……いや、アンタ、王女様が人前でなにやってんの?
「あの、ヴィアちゃん? ほら、人が見てるよ?」
「……んはっ!?」
お兄ちゃんの一言で、ハッと我に返ったヴィアちゃん。
これはあれだな、お兄ちゃんの姿が見えた途端に、お兄ちゃんしか視界に映らなくなっちゃったんだろうなあ。
私たち皆に見られている中で、お帰りのチューをしようとしたことに気付き、ヴィアちゃんは顔どころか首まで真っ赤になってお兄ちゃんの後ろに隠れた。
「いやはや、息子のキスシーンを見るのは中々恥ずかしいね」
「そうですねえ」
いやはやじゃねえよ年中ラブラブ夫婦が!
こっちは年中そんな思いしてんのよ!
皆も同じ気持ちだったのか、珍しくパパとママを見る目が冷ややかだった。
ヴィアちゃんは結局、パパが王城に送っていくときも、赤い顔のまま俯いて顔を上げることが出来なかった。
……明日、どんな顔して登校してくるんだろうね?
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