第74話 宗教は、地域によって全然違う

「さあ! 着いたよ! ここがアールスハイド大聖堂だ!」


 魔動バスから降りた私たちは、バス停の目の前にあるアールスハイド大聖堂を見上げていた。


 アールスハイド大聖堂は、アールスハイド王国の創神教総本山ということもあり、とても大きい。


 華美な装飾な無いけど、緻密な彫刻があちこちに施されていてとても荘厳だ。


 その大聖堂に、ヨーデン出身の二人は口をポカンと開けて見入っている。


「わぁ、凄いです……」

「本当ね……こんな建物、ヨーデンじゃ見たことないわ」


 狙い通りの反応をしてくれる二人に、私は内心のニヤニヤが止まらない。


 自分の国の名所を見て感動してもらえるのって、凄く気分がいいよね。


「ほらほら、中に入って観光しようよ」


 私がラティナさんとイリスを連れて中に入ろうとすると、二人はなぜか顔を見合わせ動かなかった。


「? どうしたの?」

「あの、私たち、入っていいんでしょうか?」

「え?」

「だって、私たち、創神教徒じゃないわよ?」


 ああ、そういうことか。


「まあ、観光客向けに公開されてるんだし。入っちゃいけないところに入らなきゃ大丈夫じゃない?」

「ええ。問題ありませんわ」


 ほら、この国の王女様が言ってるんだから、大丈夫だって。


 私は、それでも戸惑っている二人の手を取り、大聖堂に向かって歩いて行った。


 そして、中に入ると、更に感嘆の声をあげる二人。


「ふわぁ」

「ふぉお」


 二人が見ているのは、大聖堂の壁に描かれた壁画。


 これは、殉教者イースの旅立ちから、聖女ヴァネッサとの出会い、イース神聖国の前身となった国の圧政に立ち向かい、処刑され、それに奮起した市民の手で革命が成されるまでを描いたものだ。


 ……というのを、ヴィアちゃんやアリーシャちゃんが解説していた。


 いや、私も知ってるよ?


 けど、王族・貴族の令嬢としての教養で絵画も学んでいるのか、二人の解説が詳しくて面白いのだ。


 私だけでなく、デビーやレティも二人の説明に聞き入っていた。


「そういえば、私、初めてこの国の宗教のことを聞きました。そんな歴史があったんですね」


 ラティナさんが感心してそう言っているけど、それはちょっと違うんだよな。


「今のは創神教の歴史というか、創神教の聖人イースの物語ですね」

「そうなんですか?」

「ええ。創神教は、この世界をお創りになった創造神様の教えを守る宗教です。この大陸には、地方によって宗派が違いますが、どれも名称は創神教です」

「へえ、大陸全体が一つの宗教を信仰してるんですね」

「ヨーデンは違うのですか?」


 ヴィアちゃんがそう訊ねると、イリスは「えーっと」とどう言おうか考え始めた。


「そうですねえ……ヨーデンでは、地元の神様を信仰するのが一般的ですね」

「じ、地元の神様?」


 なに、そのフレンドリーそうな神様は?


「ええっと、ヨーデンでは大昔の偉人が神様として祀られているんです」

「神様、元人間だったの!?」


 それはまた、衝撃の事実だ。


「ええ。とは言っても、記録も残ってないくらい昔の話なので、実在したのかどうかは微妙らしいですけどね」

「まあ、そんなもんか」

「で、その偉人が地方ごとに祀られているんです。中には、離れているのに同じ神様を信仰しているという地域なんかもあるんですよ」

「へえ。それにしても、大陸が違うと宗教もここまで違うものなんだね」

「面白いですよね」


 そんな話をしながら大聖堂を見学してまわる。


 見学している最中、イリスが不意にこんな質問をしてきた。


「そういえば、この国って教会で結婚式をするんでしょ? ここでもできるの?」


 イリスが興味津々といった表情でそう訊ねてくるが、ここはそういう教会じゃあないんだよなあ。


「ここ、アールスハイド大聖堂で結婚式を行うことができるのは王族だけなんですよ」

「ということは、今の王様とお后様もここで結婚式をしたの?」

「ええ。まあ、そうですわね」


 イリスの質問にヴィアちゃんはそう答えてから私の方を見た。


 そう、ここで結婚式を挙げられるのは、この国では王族のみ。


 ……のはずなんだけどな。


「ん? シャルがどうかしたんですか? 殿下」


 ヴィアちゃんの視線の意味が分からないのは、イリスとラティナさんのみ。


 他の人たちは、ニヤニヤしながら私を見ている。


 まあ、知ってるよね。有名な話だし。


「イリス、ラティナ、実はその話には例外があるんだよ」

「例外、ですか?」


 デビーの言葉に首を傾げるラティナさん。


 その反応を見て、デビーはニヤニヤしたまま言った。


「さっきイリスが言った陛下と王妃様の結婚式ってね、シン様とシシリー様の結婚式と合同だったんだよ」

「ええ!? 王様と合同!?」


 デビーの言葉に、イリスはまさに驚愕と言った表情で叫んだ。


「そう。シン様って、今も昔も立場は平民だけど、魔人王戦役の英雄、世界の救世主だからね。そんな方と聖女様、それとこの国の次期国王が一緒に結婚式を挙げることで、世界に平和が戻ったことを伝えたかったんだって」


 デビーのその説明に、イリスとラティナさんは納得の表情を浮かべた。


「確かに、世界に危機が訪れてたんなら民衆の不安は大きいだろうからね。そういう政治的な意味合いがあったのか」

「あ、でも、シン様と陛下、すごく仲が良いですよね。それなら、そういう事情がなくてもここで式を挙げられたんじゃないですか?」


 ラティナさんの言葉に、さすがにそれはどうだろう? と思っていると、私たちの後ろから声をかけられた。


「挙げられたと思いますよ。というか、シン君がここで式を挙げさせてくれと今の陛下にたのんで了承してもらっていたそうですから」


 その声に皆で後ろを振り返ると、そこにはなぜか、ママがいた。


「え? あれ、ママ? なんでここにいんの?」


 護衛の人は私がここにいることは知っているけど、別にそれを連絡したりしない。


 つまり、私がここにいることをママは知らないはずなのだ。


「ああ、今日は大聖堂に隣接している治療院に来ていたのですよ。そうしたら、神子様が「娘さんがお友達と大聖堂に参拝に来ていますよ」と教えてくれたんです」

「あ、そうなんだ」


 ママはアルティメット・マジシャンズの業務で、教会に隣接している治療院を定期的に巡回している。


 私は小さい頃、そんなママによく引っ付いて一緒に治療院に通っていた。


 ……まあ、血を見るのが苦手なので、いつも休憩室で神子さんたちから遊んでもらってた。


 だから、王都にある教会には顔見知りの神子さんが結構いるのだ。


「それよりママ、治療院の方はいいの?」

「ええ。もう治療院の診療時間は終わりましたからね。シャルと一緒に帰ろうかと思ったんですよ」


 ママはそう言うと、周囲に視線を巡らせた。


「そういう訳で、シャルとヴィアちゃんは私が家に連れて帰りますので。皆さんはどうぞ、このまま解散してください。お疲れさまでした」


 ママは今もさりげなく周囲にいる護衛さんたちに聞こえるようにそう言うと、ゲートの魔法を展開した。


 うう、こういうの見ると、やっぱママって格好いいなあ。


 果たして、私はママのようになれるのか?


 ママの揺れる母性を見ながら、自分の身体を見下ろすのだった。


 ……くそぅ。


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