第73話 カルチャーショック

 イリスを伴って魔法学院を出た私たちは、最初にラティナさんにしたように王都の名所や美味しいお店などを紹介しようとしたのだけど、イリスは私たちの横を走り去って行ったものに興味を示した。


「ねえ、シャル、今の……」

「ん? ああ、魔動バス? ヨーデンにも乗り合い馬車って会ったでしょ? あれの魔動車版」

「それは空港からここまで送ってもらったから知ってる。飛行艇は特別な乗り物で希少だとは聞いていたけど、魔動車は本当に普通に街中を走ってるのね……」


 イリスは、走り去っていく魔動バスを見ながらそう言った。


「まあ、まだまだ高級品だから個人で持ってるのは貴族とかお金持ちくらいかな。個人で買えない人のために魔動バスが走ってるの」


 私はそう言ったあと、イリスに提案してみた。


「ね、もし興味があるなら、魔動バスに乗ってみない?」

「え!? いいの!?」


 何気なく提案したのだけど、イリスからかなりな勢いで反応が返ってきた。


「ああ、うん。お金さえ払えば誰でも乗れるよ」

「じゃあ、乗ってみたい!」


 と、イリスの希望もあって魔動バスに乗って王都を観光することになった。


 さっそくバスの停留所に向かおうとしたとき、ヴィアちゃんに呼び止められた。


「ちょっと、シャル」

「なに?」

「乗り合いバスになんか乗ったら、護衛たちが困るではありませんか」

「……あ」


 そうだった。


 私とヴィアちゃんには、少なくない数の護衛が付いてるんだった。


 乗り合いバスに乗ったら護衛を撒くことになっちゃうし、どうしよっかな……。


 そうして悩んでいると……。


「シャルお嬢様」

「うひゃい!」


 急に後ろから護衛の一人に話しかけられた。


 え!? 今さっきまでそこに人いなかったよね!?


 いつの間に……。


「え? なに?」

「驚かせてしまい、申し訳ありません。シャルお嬢様はこのままバスにお乗りください。私と姫様の護衛一人が同乗して、後ほど同僚に連絡しますので」

「あ、ああ、そう。分かった。じゃあ、そうするわ」

「はい」


 護衛はそう言うと、目の前から姿を消し、少し離れた場所でバスを待つ乗客に紛れていた。


 その護衛の横には、いつの間にかヴィアちゃんの護衛と思われる人もいた。


 ……え? いつの間に?


 私が、あまりにも見事な護衛の隠密技術に驚愕している中、レインが一人だけ憧れのヒーローを見る目で護衛たちを見ていた。


「……格好いい」


 キラキラした目でそんなこと言われると、また例の研究会熱が再燃するんじゃないかと心配になる。


 現に、アリーシャちゃんも額に手を当てて溜め息吐いてるし。


「ま、まあ、これで問題なくバスに乗って移動できるね」


 レインのニンジャ熱は置いておいて、これで護衛の問題も解決できたのでイリスに話しかけたんだけど、なぜかイリスは戸惑った顔をしていた。


「え、あ、うん」

「ん? どうしたの?」

「ああ、いや。シャルって……」

「私?」

「……全然そうは見えないけど、本当に凄いお嬢なんだね……」

「……喧嘩売ってるのかな?」

「ふふ、それだけ親しみやすいと言っているのですわ。イリスさんは」


 ディスられてるのかと思ってイラっとした私を宥めるように、ヴィアちゃんが仲裁に入ってきた。


「そ、そうそう! あんな凄い護衛の人が付いてるのに、全然お高く留まってないし、いい子だなって思ったのよ!」

「……本当に?」

「ホント、ホント!」

「……ま、いいや。ところで、このバス停って、どこ行きのバス?」

「そういえばそうですわね」


 私とヴィアちゃんがそう言うと、一緒に付いてきていたマックスが溜め息を吐いた。


「それ知らないでバスに乗ろうとしてたのかよ」


 呆れたようにそう言うマックスに、ムッとした。


「だってしょうがないじゃん! 一人でバスに乗るの初めてなんだもん!」

「私も初めてですわ」


 ヴィアちゃんも、私と同じくバスには始めて乗るようだ。


 そりゃそうか、王女様だもんね。


「私は……何度か乗ったことがありますわ」


 意外だったのは、伯爵令嬢のアリーシャちゃんだ。


 貴族の御令嬢で、確か実家には自家用魔動車があったはず。


 それなのに乗り合い魔動バスに乗ったことがあるですと?


「え? なんで?」


 私が純粋な疑問からそう訊ねると、アリーシャちゃんはポッと頬を赤らめた。


「えっと、その、レインとデートするときに……」

「……」


 けっ! ああ、そうですか! そりゃようござんしたねえ!


「なら、乗ったことないのはシャルとヴィアちゃんだけか。デボラさんとマーガレットさんは?」

「普通に毎日乗ってる」

「私もです」


 デビーとレティは毎日バスを使っているらしい。


 じょ、上級者だったのか……。


「ちなみに、ラティナさんは?」

「私は乗ったことないです」

「そう。まあ、王都内を巡回してる魔動バスは一律料金だし、行き先さえ間違えなければ特に難しいことはないよ。ちなみに、ここのバス停に来るバスの行き先はアールスハイド大聖堂だな」

「お、それなら観光には丁度いいね」


 アールスハイド大聖堂は、アールスハイド王国における創神教の総本山。


 まあ、創神教全ての総本山であるイース神聖国の大聖堂には、歴史や権威の点で負けてるけど、建物そのものは決して引けを取らない教会なのだ。


「そういえば、私も大聖堂には行ったことがなかったですね」


 ラティナさんは夏季休暇前から留学して来ていたけど、行ったことがなかったらしい。


「え、そうだったんだ。じゃあ、もっと早く連れて行ってあげれば良かったね」

「ああ、気にしないでください。王都は広いですし。それに、シャルさんは今まで色んなところに連れて行ってくれたじゃないですか」


 全然気にしていない様子で微笑むラティナさん。


 こりゃあ、マックスが惚れちゃうのも無理ないね。


 私も惚れそうだもん。


 そんな風に皆でお喋りしていると、通りの向こうからバスがやって来た。


「お、バス来たぞ。ワヒナさん、市民証ってもう発行されてる?」


 マックスがそう訊ねると、イリスはクスっと笑った。


「イリスでいいよ、マックス君。ええ、こっちに着いてすぐ作ってもらったから大丈夫」

「そっか。ちなみに、口座にお金入ってる?」

「うん。使節団から支給されたお小遣いが入ってるよ」

「分かった。じゃあ、乗るときに市民証を精算機にかざして。それで口座から料金が引落しされるから」


 この市民証での決済は、ここ五・六年で急速に広まったシステムだ。


 それまでは、普通に銅貨や銀貨が使われてたんだけど、パパが今まで不可能とされてきた市民証の解析に成功して、市民証に登録されている銀行口座からの直接決済ができるようになった。


 市民証自体本人でないと起動できないし、現金を持ち歩く必要もなくなったので盗難や強盗が目に見えて減ったらしい。


 マックスの説明を受けたイリスは、驚いて目を見開いていた。


 皆で市民証の準備をしているうちに、バスが停留所に留まり、私たちは料金を支払いバスに乗り込んでいく。


 全員がバスに乗りバスが動き出すと、イリスがポソッと呟いた。


「……凄すぎて、まるで別の世界に迷い込んだみたい」


 イリスはそう言いながら、窓の外を流れていく景色をジッと見ていた。


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