第70話 ホテルのでの一幕

 パパの引率による竜討伐がようやく終了した。


 無我夢中で、魔法を使いまくって倒すことにだけに注力した。


 効率とか、竜の素材のこととか、気にする余裕は全くなかった。


 だから、とにかく今日は疲れた。


 ホテルに戻ってきた私は、着替えもシャワーも浴びないままベッドに倒れ込むと、そのまま眠ってしまった。



「やば! 今何時!?」


 少し寝たことで体力が回復した私は、部屋が暗くなっていることに気付き、慌てて起きだした。


 ヤバイ、ひょっとしたら、寝過ごしてご飯を食べそこなったかも!


 そう思って部屋を出ようとすると、隣のベッドでヴィアちゃんが寝息を立てていることに気が付いた。


「あーあ、ヴィアちゃんもそのまま寝ちゃってるよ」


 王女様としてはありえないことだと思うけど、それほど疲れていたんだろう。


 ヴィアちゃんも私と同じく魔法だけで竜を討伐することができる。


 なので、常に全力で魔法を撃ち続けていた。


 そりゃ、疲れて当然だわ。


 それが理解できた私は、そのまま寝かせといてやろうと思い、起こさないでそっとホテルの部屋を出た。


 ホテル内のレストランに着いた私は、受付の人に所属と名前を告げるとテーブルまで案内してくれた。


 私たちはこのレストランを自由に使っていいことになっていて、食事も別に全員揃ってでないと食べられない、ことはないそう。


 なので、一人きりで寂しいけれど、私は夕食を一人で食べた。


 相変わらずヨーデン料理は美味しいので、つい食べ過ぎてしまった。


 お腹が苦しい……。


 このままじっとしていてもお腹が苦しいだけなので、ちょっとホテルを探索して腹ごなしをしようと歩き出した。


 ポテポテとホテルを見学しながら歩き回り、ようやくお腹が落ち着いてきたころ、視線の先に見知った人影があることに気が付いた。


「あれは、マックスと……ラティナさん?」


 そう、マックスとラティナさんが、二人ならんでホテルのロビーを歩いていたのだ。


 なんであの二人が一緒に? と疑問に感じ、思わず私は二人の後を付けていた。


 二人は楽しそうに談笑しながら歩いており、私の存在には一切気付いていない。


 ……なにをそんなに楽しそうに話しているんだろう?


 モヤモヤしたものを感じながらも、二人の後を付けるのを止められない。


 やがて二人は、ホテルの中庭に辿り着いた。


 そこでマックスは立ち止まり、ラティナさんの方を振り向いた。


 私は、マックスが立ち止まった時点で柱の陰に隠れていたので、見つかることなくやり過ごせた。


 ふぅ、危ない。


 急に振り向くんだもん。あらかじめ隠れてなかったら絶対見つかってたよ。


 内心で安堵したあと、コッソリと柱の陰から二人の様子を覗き見る。


 マックスは今まで見たことがないくらい真剣な顔をしていた。


 そして、しばらく無言でいると、意を決したように口を開いた。


「ラティナさん、俺、ラティナさんのことが好きなんだ。付き合ってくれないか?」

「!!」


 こ、告白……マックスがラティナさんに告白した!?


 その衝撃的な事実に、私は撃ち抜かれその場で硬直してしまった。


「……お気持ちは凄く嬉しいです」

「!?」


 ラティナさんは、マックスの気持ちが嬉しいと言った。


 ということは、告白を受け入れるってこと!?


 マックスもそう思ったのか、その顔には喜びの表情が現れた。


「じゃ、じゃあ!」

「でも……すみません」

「え?」

「私は今、やらないといけないことが沢山あるんです。とても、恋愛なんてしている余裕はありません」

「……」


 喜びの表情から一転、マックスの顔は絶望に塗り潰された。


「マックス君のことは、良い人だと思います。けど……全てを放って恋愛するほどの想いでは……」

「そ、そっか……」

「本当に、ごめんなさい」


 ラティナさんはそう言って頭を下げると、マックスを置いてホテルに走って戻って行った。


 その場には、呆然としたマックスが取り残されていた。


 正直、マックスが告白をしたとき、とても胸が締め付けられたし、断られたときはホッとした。


 嬉しかった、のではなく、ホッとした。


 ということは、これはやっぱり恋心とかではないんだろうか?


 ともかく、今目の前でマックスが失恋したのは事実。


 しばらく呆然としていたマックスは、フラフラとよろめいたあと、近くにあったベンチに座り込んだ。


 そして、深い深い溜め息を吐いたあと、両手で顔を覆った。


 ……あれ、泣いてるのかな?


 どうしよう、慰めてあげた方がいいのかな?


 でも、今出て行ったら、覗いてたことがバレるかも。


 そう思った私は、少し時間を置いてから、偶然中庭に来たように装うことにした。


「あれ? マックス? こんなところでなにしてんの?」


 私が声をかけると、マックスはハッとして顔をあげた。


 その目は……やっぱり泣いたのか、真っ赤になっていた。


「な、なんだシャルか。お前こそなにしてんだよ?」

「いや、部屋に帰ってベッドにダイブしたら寝ちゃってさ。さっき起きてご飯食べてちょっと散歩してたらマックスをみかけたからさ、なにしてんのかなって思って」


 私がそう言うと、マックスは納得した顔をしたあと、私から目を逸らした。


「ま、まあ、シャルやヴィアちゃんはデカい魔法が使えるからな。あんだけ連発してたら、そりゃ疲れるだろ」

「そうそう。ヴィアちゃん、まだ部屋で寝てた」

「そっか。俺はまあ、そこまでデカい魔法は使えないからな、疲れたは疲れたけど、そこまでじゃないわ」


 そんな当たり障りのない話をしていたのだけど、マックスがここにいる理由を私が追及しなかったからだろう、自分から話し出した。


「なんか、シャルに気を遣われてるみたいだから言うけど……俺がここにいた理由な」

「うん」

「さっきここで、ラティナさんに告白したんだ」

「へ、へえ……」

「……あんまり驚かないのな」

「い、いやいや! 十分驚いてるよ! いつの間にそんな親密に? ってちょっと驚いただけ!」

「そっか」

「それで……目が赤いってことは……」

「……ああ、いい感じだったと思ったんだけどなぁ……」


 マックスはそう言うと、ベンチの背もたれに寄りかかり、天を仰いでまた溜め息を吐いた。


「ふ、ふーん。それは残念だったね」

「ああ……」


 ……。


 気まずい!


 安易に慰めてあげようと思わなければよかった!


 そんな後悔をしつつも、話しかけたんだからなにか話さないと!


「いつからラティナさんのこと好きになったの?」

「いつ? いつって……そうだな、この留学でパートナーになったころかな」


 うん、まあ、予想通りだね。


 一生懸命サポートしてくれるラティナさんに、惹かれて行ったと。


「……そっか」

「ああ……」


 ……。


 また、私たちの間に沈黙が訪れた。


 なにか言わなきゃいけない。


 けど、なんて言っていいか分からない。


 どうしようかと悩んだけど、色々考えて、私はこれだけ言うことにした。


「マックス」

「ん?」

「……辛かったね」

「!」


 私がそう言うと、マックスは目を見開き、みるみるうちにその目に涙を溢れさせた。


「……好きになった」

「うん」

「本気だった」

「うん」

「見た目とかじゃなくて、いつも頑張ってる姿とか、下心なく励ましてくれるところとか、そういうところを好きになった」

「そっか」

「諦めたくないけど……彼女の邪魔もしたくない」

「そうだね」

「……辛いなあ」


 マックスはそう言うと、また両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。


 私は、ただジッと側に居るだけ。


 今のマックスに必要なのは、きっとそれだと思ったから。


 しばらく嗚咽を漏らしていたマックスだったけど、しばらくするとそれも聞こえなくなった。


「……はぁ」


 そして、小さい溜め息と共に顔をあげた。


「シャル」

「ん?」

「ありがとな」

「なにが?」

「……話を聞いてくれたこと」

「まあ、私じゃなんのアドバイスもできないから、聞くしかできないんだけどね」

「いや、今はそれがありがたかった」

「そっか」

「……よし、帰るか」

「その顔で?」

「……そんなに酷い顔してる?」

「うん。メッチャ目、腫れてるよ」

「うわあ、どうしよう」

「……治してあげよっか?」

「お、いいのか?」

「いいよ、それくらい」


 私は、マックスの目に手を当てて、治癒魔法を使った。


 手をどけたら、マックスの目はいつも通りに戻っていた。


「はい、これで大丈夫」

「ん、ありがと。じゃあ、戻るか」

「うん」


 マックスの言葉に従い、私たちはホテルの中に戻った。


 その間、特に会話はなかったけど、それを苦痛には思わなかった。


「じゃあ、また明日」

「うん。また明日。竜の討伐でね」

「うげっ、またアレやるのかぁ」

「あはは、明日は一人で狩れるようになりなよ」

「そこまで頑張りたくないなあ」

「なによ、軟弱者め」

「うるせ」


 そんな軽口を叩いて、私たちはお互いの部屋に入った。


 部屋に戻った私は、浴びていなかったシャワーを浴びて、再びベッドに潜り込んだ。


 ここ最近、胸がモヤモヤして寝付きにくかったんだけど、今日はすんなりと眠れる気がした。


 こうして私は、まだ寝たままだったヴィアちゃんの寝息を聞きながら、眠りに落ちたのだった。


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