第69話 竜の討伐とイレギュラー

「ヴィアちゃん! そっち行った!」

「分かってますわ! えーいっ!」

「ナイス、ヴィアちゃん! はあっ!」


 私たちは今、絶賛竜討伐の真っ最中です。


 索敵魔法に次々と引っ掛かっていき、それをヨーデンの兵士さんと、私たちアールスハイドの生徒で交互に討伐を繰り返していく。


 最初はその容貌に恐怖心を抱いていたけど、こうも次々と襲い掛かってこられたら、恐怖心を抱いている暇なんてなくなったよ!


 今だって、複数の小さい竜が連携を取りながら襲い掛かってきてるし!


 いくら小さいからといっても、竜は竜。


 油断していい相手じゃないからそんなことはしていないけど、この数はちょっとマズイって!


「あっ! しまった!」


 複数いる竜のうちの一頭が、私たちの横をすり抜けて後ろのヨーデン組に襲い掛かった。


「うわっ! こっち来た!!」

「きゃああっ!!」


 まだ攻撃魔法が実践レベルで使えないイリスたちが竜に襲われたらひとたまりもない!


 私は慌ててそちらに駆け付けようとした……んだけど……。


『GUGYA!!』


 イリスたちに襲い掛かった竜が、見えない壁にぶつかって悲鳴をあげた。


「ママ!」


 ママが張った障壁に阻まれたんだ!


「こっちは大丈夫ですから。シャルは目の前の竜に集中しなさい」


 ママはそう言うと、障壁にぶつかって悶絶している竜に向かって指を向けた。


「ごめんさないね」


 そう一言呟いたあと、指先から小さな石の弾丸を射出した。


 その弾丸は、寸分たがわず竜の頭部に命中し、竜は一瞬で絶命した。


「……すご」


 あんな小さな魔法で、私たちが苦労している竜をアッサリ倒すなんて……。


 やっぱり、ママも凄い。


「これは……まだ母さんにも届いてないかな?」


 お兄ちゃんもママの魔法を見て、自分がそのレベルに達していないことを自覚したらしい。


 うちの両親、どうなってんの?


 とにかく、後ろの護りは完璧だと分かったので、目の前の竜に集中することができ、その後は問題なく竜の群れを倒すことができた。


「ひぃ……疲れた……」

「本当……休む間もないじゃない……」


 私の隣で、デビーも息が上がっている。


 魔法で倒しているのだけど、とにかく数が多いから集中している時間が長いし、なにより噛み付かれたら一発で致命傷になるから、竜の噛み付き攻撃は常に避け続けないといけない。


 それが、とにかく負担なのだ。


「それにしても、こんなに竜っているのね……」


 ようやく息が整ったデビーが、私たちが倒した竜を見ながら呟いた。


「ヨーデンの人が、焦って攻撃魔法を覚えたいっていうのも分かるね……」


 レティがそう言うのもよく分かる。


 とにかく、数が多い。


 魔物化していなくても脅威となる竜。


 それがこんなに増えているんなら、どうにかして攻撃魔法を手に入れようとしたのも分かる。


 その証拠に、私たちはある程度攻撃魔法を使い慣れているけど、使い慣れていないヨーデンの兵士さんは、大勢で一体を取り囲み、それでようやく討伐している。


 私たちは、一人で複数体倒すことができているけど、ヨーデンの兵士さんは複数人で一体。


 そりゃ、竜の間引きが間に合わないわけだよ。


 私たちがいつまでもヨーデンに居残って竜を討伐し続けるわけにもいかないし、パパがこんな強行な手段を取るのもしょうがないか。


 それでも、私たちがいる間に少しでも竜を討伐しておいた方がいい。


 そう思って疲れた身体に鞭打ち、索敵魔法を展開したときだった。


「!!」

「あ、あ……」


 索敵魔法に、とんでもない魔力が引っ掛かった。


 今まで感じたどの竜よりも大きく、そして……禍々しい魔力。


「パ、パパ……」

「おお、どうやら本格的に急いだ方がいいかもしれないなあ」

「そんな悠長にしてる場合じゃないでしょ! これって、これって!!」


 私は、索敵の最悪の結果を口にした。


「竜が! 魔物化してんじゃん!!」


 

 索敵に引っ掛かったのは、魔物化した竜の魔力。


 その、今まで感じたことがないほどの悍ましい魔力に、私は身体の震えが止まらなかった。


「に、逃げ……」

「あぁ……もうだめだ……こっちに向かってる……」

「こんな……まさか竜の魔物がいるなんて……」


 私たちですら恐怖で固まってしまったのだ、イリスや兵士さんたちが生を諦めてしまってもしょうがない。


 それほどの存在だった。


 だというのに……。


「んー……他にはいないみたいだな」

「ですね。偶然一体見つけてしまったというところでしょうか?」

「かな。さて、これは流石にお前たちには荷が重いから、俺が相手するよ」


 パパとママには、一切恐怖も、気負いもなかった。


「パ、パパ……」


 私が思わずパパを呼ぶと、ママが側にきて私の頭を抱き締めてきた。


「はいはい。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。パパがやっつけてくれますからね」


 私の頭を抱き締めながら、まるで小さいころのように宥めてくるママ。


「……小さい子供じゃないんだから」

「そう? こんなに怯えてるの、シャルが小さいときに、怖い夢を見たってママたちのベッドに潜り込んできたときとソックリだけど」

「も、もう! いつの話をしてるのよ!」


 私が思わず叫ぶと、ママはクスクスと笑っていた。


「もう怖くないのなら、しっかりと見なさい」


 ママはそう言うと、こちらに向かってくる、まだ見えない竜の魔物に視線を向けた。


「皆さんも、目を逸らさずに見てください。あれが今、あなたたちの国に迫っている脅威です。しかし、きちんと対処すれば退けられる脅威です。なので、過剰に怖がったり、諦めたりしてはいけません」


 ママは、ヨーデンの人間全てに言い聞かせるようにそう言った。


 すると、恐怖と絶望から生きることを諦めかけていたヨーデンの人たちの目に生気が戻り始めた。


「……そうですね。これは目を背けてはいけないことだ」

「だな。俺たちがなんとかしないと……」

「!! 来るぞ!!」


 兵士さんが言葉を発した直後、私たちの目の前にその魔物は姿を現した。


 その姿は、今まで出会った竜の中でも一際大きく、そして凶悪な姿をしていた。


 見ただけで分かる。


 これは、生物の頂点に立つモノ。


 目にしただけで、身体の奥底から湧き上がってくる恐怖心が抑えられない。


 私たちは、止められない震えをなんとか押しとどめようと必死になっているというのに、パパは相変わらず緊張感がない。


「ああ、やっぱり暴君だったか。これは、マズいやつが魔物化したな」


 パパは、目の前の化け物を相手にしても、自然体を崩さない。


 まるで、こんなの敵ではない、とでも言うかのように。


 そして、それはパパにとっての事実だった。


「俺に見つかったのが運の尽き。そして、ヨーデンにとってはラッキーだったな。悪いけど、狩らせてもらうぞ」

『GUWOOOOO!!』


 パパが戦闘態勢に入ると、竜の魔物もそれを察知したのかパパに襲い掛かっていた。


 噛み付かれる! と思った瞬間、竜の魔物の噛み付きは空を切った。


「え?」


 パパが消えてしまった。


 え? 一体どこに?


「まあ、魔物化したとはいえ、獣なら真っすぐ突っ込んでくるよな。お陰で対処が楽でいいよ」


 パパを探していると、上からパパの声が聞こえてきた。


 慌てて上を見ると、竜の魔物の噛み付きをジャンプでかわして、竜の頭に踵落としを決めるところだった。


「おぉらっ!!」


 噛み付きを躱されたあとの無防備な体制だった竜の魔物は、頭頂部にパパの踵落としを喰らって、そのまま地面に倒れ伏した。


 地面に頭がめり込むのではないかと思うほどの勢いで地面に叩きつけられた竜の魔物は、相当ダメージが大きかったのかフラフラしている。


 そんな竜の魔物の様子を冷静に見ていたパパは、さっきママが使ったのと同じ、石の弾丸を竜の魔物に向けて発射した。


 その発射された弾丸は、全く目で追えず、発射されたと思った次の瞬間、竜の魔物の目が爆ぜた。


 そしてそのまま、竜の魔物はゆっくりと倒れていき、それ以降動くことはなかった。


「え?」


 私は、一瞬何がおきたのか分からなかった。


 そして、少ししてから石の弾丸が竜の目に直撃したこと、そしてそのまま竜の魔物の脳を破壊したことを理解した。


「ふう……どうだ? 暴君竜の魔物、ちゃんと見たか?」


 とんでもない魔法を使ったというのに、一切の気負いも見せず、パパは兵士さんたちに向かって講義の続きをするかのように声をかけた。


 まあ、実際講義のつもりなんだろうな。


 この短期留学の間に、竜については色々と聞かされた。


 そんな竜の中でも、最強に強いのが、今目の前で倒された暴君竜。


 それが魔物化したということは、これが竜の魔物の最高峰。


 それを、ちゃんと見たかと確認していた。


「は、はい……正直、戦い方は凄すぎて真似できませんが、最強種の魔物を見たことで、これ以降落ち着いて対処できる気がします」

「よし。これからは、君たちがこの国を守らないといけないんだ。恐怖心に呑まれないようにな」

『はい!』


 こうして、突如起こった竜の魔物との遭遇についてなんの問題もなく終了した。


 さて、こんな特大のイレギュラーがあったのだから、私たちの訓練も終わり……にはならず、当たり前のように討伐の続きをやらされましたよ。


 ひぃ。


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