第68話 パパは色々と暴走する
「いよいよ竜討伐かぁ……」
パパからの衝撃発言があった翌日、私たちはいつもの学校ではなく、軍の訓練場を訪れていた。
朝から、竜討伐に行くからである。
「私たちは見学だから、シャルたちは頑張ってね」
今日は私たちの討伐を見学する予定のイリスたちも集合している。
今回の竜討伐にはママも同行し、障壁にてイリスたちを守る役目を負っている。
あと、討伐の際に怪我をしたときもママが回復要因として治癒魔法をかける手筈になっている。
一撃で即死しない限り、回復はしてもらえるので安心だ。
……いやいや! 一撃で即死する危険がある戦闘って!
今までもお小遣い稼ぎで魔物の討伐とかはしたことあるけど、竜とは戦ったことなんてない。
そもそも竜は北大陸西側では保護対象になっていて、イース神聖国の保護区でしか見ることができない。
大砂漠を挟んだ東側にあるクワンロンでは、時折氾濫するくらい生息しているらしいけど、クワンロンになんか行ったこともない。
つまり、私たちが竜と戦えるかどうかなんて全く未知数なのだ。
「シン様、やはり子供たちには荷が重いのでは……」
ほら、ヨーデンの兵士さんも心配してくれているよ。
「いや、昨日までの彼らの実力を見る限り、十分単独で討伐できるだけの力は備えているよ。あとは、実際に討伐して自信を付けることだけだ」
「そ、そうですか」
あ、兵士さんが説得された。
というか、ママは今回の竜討伐についてどう思っているんだろう?
……まあ、ヨーデン生徒の護衛と回復要因として普通にいる時点で、反対はしてないな。
自信がないわけじゃないけど、今まで戦ったことのない相手だけに不安はある。
そんな不安感からか、つい隣にいる人に声をかけた。
「ねえ、竜の討伐って自信ある?」
私がそう訊ねると、事も無げに答えた。
「大丈夫でしょ」
「いや、お兄ちゃんはそうかもしれないけどさ」
ちなみに、なぜお兄ちゃんがここにいるのかというと、お兄ちゃんも竜討伐に参加するから。
今まで戦ったことがないから、一度戦ってみたいと自ら志願したそうだ。
……ちっ、魔法エリートめ。
「私は、シルバー様がいらっしゃればなにも怖くはありませんわ」
「ヴィアちゃんは、僕の側から離れないようにね」
「分かりました!」
ちぃっ! このバカップルめ!!
なんか、この二人を見てたら、不安を感じている自分がバカみたいに思えてくるな。
「よーし、皆集まったな。それじゃあ、竜討伐にいくぞ」
パパの号令で、皆揃って訓練場を出た。
そして、街を出たところでパパが異空間収納から大きくてゴツイ車を出した。
軍用の兵士輸送車だ。
「悪いけど、馬車だと時間が掛かるから、今日はこれに乗って行くよ」
パパはなんの説明もしてないけど、それでいいの?
ヨーデンの人たち、唖然とした顔をしているよ?
「それじゃあ、俺が運転する方には兵士さんたち、ミーニョ君が運転する方には学生たちに乗ってもらうよ。シャル、皆に説明してあげて」
「あ、うん。分かった」
マックスたちはさっさと乗り込んでしまったので、私がイリスたちにこれについての説明をする。
「えっと、これは、馬無しで動く馬車みたいなもの」
「……馬なしなら馬車とは言わないんじゃ」
「うん。魔法の力で動いてるから、これは魔導車って言われてる。馬車よりも早くて、疲れないからずっと走り続けられる。これは大人数を運ぶための魔導車で、軍用だから多少の悪路もゴリ押しで踏破しちゃうの」
「ごりおし」
「そう、だから……」
そう、これ、軍用車なんだよ。
「メッチャ揺れるから、気を付けて」
「きゃああっ!」
「うおおっ!」
「わああっ!」
軍用兵士輸送車がヨーデンの地を爆走している。
運転しているのはミーニョ先生だけど、その前をパパが運転している車が走っているから置いて行かれないように同じ速度で走っている。
けど、そのパパの車が早い。
必然、こちらの車の速度も上がるわけで……その結果、車内は搭乗者の絶叫で溢れることになりました。
「って! パパ、飛ばし過ぎじゃない!?」
ママに向かってそう叫ぶと、ママは揺れる車内でニコニコしながら前を走る車を見ていた。
「そうねえ……久しぶりに運転したみたいだし、ちょっとはしゃいでしまっているのかもしれないわねえ」
そう言うママの顔は、笑っているのに目が笑ってなかった。
パパ……お仕置き確定だよ……。
その後もしばらく車の暴走は続き、ようやく停車した。
車内では、皆揺れまくる車に酔ってしまって、死屍累々の様子だった。
「う……おぇ……」
「とうさん……とばしすぎ……」
ヴィアちゃんは王女様にあるまじき行為をしているし、鍛えているはずのお兄ちゃんまでヘロヘロになっていた。
私も、皆と同じように酔ってヘロヘロだ。
というか、途中で何回か吐いた。
「まあまあ、皆大丈夫?」
ママはそう言うと、私たちに治癒魔法をかけてくれた。
その瞬間、嘘みたいに気持ち悪さが無くなった。
「凄い……流石シシリー様……」
「私は、自分に治癒魔法をかける余裕なんてなかったのに……」
レティは、純粋にママの治癒魔法に感嘆し、ラティナさんはこんな状況でも自分に治癒魔法をかけていたママに驚きを隠せないでいた。
「ふふ。こう見えて色々と修羅場を経験していますからね。これくらいのことはできるんですよ」
ママは、聖女様とか言われて治癒魔法特化の魔法使いだと思われているけど、実際は攻撃魔法も相当な使い手だ。
なんせ、魔人を一人で討伐できるのだから。
そんなママだから、過去の魔人王戦役にも従軍したし、沢山の手柄も立てたらしい。
そりゃ、これくらいの事態も経験してるか。
「それより、ちょっとパパとお話ししてきますから、皆は少し休んでいなさい」
ママはそう言うと、やはり私たちと同じように酔ってヘロヘロになっている兵士さんたちを、治癒魔法を使って回復させているパパのもとに歩いて行った。
その後ろ姿を目で追っていると、ミーニョ先生が運転席から降りてきた。
「皆、大丈夫か? スマンな、シン様に置いて行かれないようにと、かなり無理をして飛ばしてしまった」
「いえ、先生が悪いんじゃないですよ。全部パパが悪い」
「あー、うーん……」
先生はパパの信奉者だから、あんまり悪く言いたくないのかな?
でも、悪いことは悪いって言わないといけないと思うよ。
「そうだって。だってほら、アレ見てよ先生」
そう言って私が指差した先では、パパが地面に膝を揃えて座り、ママから説教を受けている姿があった。
あの姿はまるで……。
「あはは、いつものシャルを見てるみたい」
「うぐっ! ちょっと自分でもそう思ったんだから、態々口に出して言わないでよマックス!」
「でも、おじさまをシャルに置き換えたら、よく見る光景ですわ」
「既視感ある」
「本当にですわね」
「皆が非道い!!」
ここは、暴走したパパを皆で攻める場面でしょ!
なんで私が辱められてんのよ!
ヴィアちゃんたちとそんな話をしていると、ママの説教が終わったみたいでこちらに戻ってきた。
「皆さん、お待たせしました。ゆっくり休めましたか?」
『はい!』
「うん、よろしい。随分緊張も解れたみたいですし、早速ですが行きましょうか」
そういえば、さっきのやり取りのお陰だろうか、緊張感が薄らいだ気がする。
こうして、パパたちのあとに私たちアールスハイドの生徒、さらにその後ろからママが率いるヨーデンの生徒という順番で竜の生息域に入って行った。
「さて、これから行うのは索敵魔法という魔法だ。えっと、シャル、悪いけど見本を見せてもらっていいか?」
「私? いいけど、パパがやった方がいいんじゃないの?」
「俺はもう索敵魔法使ってるから。発動から見せるには今使ってない人の方がいいの」
「え? いつの間に」
「ここに入る前にはもう使ってたよ。無防備に竜の生息域に入るわけないだろ? シャルも、皆も、索敵魔法は常に意識するようにな」
「はーい。じゃあ、使うね」
「あ、ちょっと待った。それじゃあ皆、これからシャルが索敵魔法を使うから、魔力がどんな風に展開していくか見ていてね」
『はい!』
「じゃあ、シャル、いいよ」
兵士さんたちが揃って返事をしたのを確認して、パパが私にゴーサインを出した。
「ふー……んっ!」
自分の魔力を、薄く、広く広げていく。
こうすると、魔力を帯びているものを感知できる。
この世界の生物は例外なく魔力を帯びているので、この索敵魔法で生物がどこにいるのか把握できる。
今この周辺には……。
「……え?」
「さて、索敵魔法の魔力は感じられたかな?」
私の戸惑いをよそに、パパは今の索敵魔法の魔力の動きを兵士さんたちに確認していた。
「い、いや、パパ……」
「はい! 魔力が、とても薄く、広く広がっていくのが感じられました!」
「ヨーデンの生徒さんたちはどうかな?」
「あ、私にも分かりました。あんな魔力の使い方があるんですね」
イリスの言葉に頷くヨーデンの生徒たち。
理解してもらえたようで良かった……じゃなくて!
「あの、パパ!」
「じゃあ、この魔法は攻撃魔法より簡単だから、皆で試してみて」
『はい!』
私の呼びかけを無視して、パパは皆に索敵魔法を使うように指示する。
「ちょっとパパ! なんで無視するのよ!?」
「ん? シャルの言いたいことは分かってるから。慌てないで待ってろって」
「ええ……」
私が、さっきから必死にパパを呼んでいた理由、それは……。
「え……」
「こ、これは!?」
「なに、これ……」
「うん、上手く発動できたようだね。それが索敵魔法だよ」
ヨーデンの皆は、兵士さんたちだけでなくイリスたちも索敵魔法に成功したらしい。
ということは、皆も気付いたってことだ。
「こ、こ、この魔力は……」
「ああ、それ? それは……」
パパがそう言ったところで、茂みの向こうから一体の獣が飛び出してきた。
それは、大きなトカゲのようで、でも二足歩行をしていて、その口には信じられないくらい鋭い牙が並んでいた。
「この竜の魔力だね」
私が索敵魔法で気付いたのはこの竜の魔力だ。
すぐ近くに、こちらに向かっている大きな魔力があるのに気付いたから、必死にパパを呼んでいたのに!
「いやあ、丁度いい所にこの竜がいたから、皆に索敵魔法で感知してもらおうと思ってさ」
「そんな理由で放置してたの!?」
「うん。まずは索敵魔法を覚えてもらうことが第一だからさ。いきなり竜を討伐しろなんて言わないよ」
「じゃ、じゃあ、この竜は……」
「もちろん……」
『GUWAAAAA!!」
パパの言葉の途中で、こちらをずっと伺っていた竜が咆哮をあげ突進してきた。
その迫力たるや、今まで討伐してきたどの魔物よりも恐ろしかった。
これで魔物化してないの!?
嘘でしょ!?
初めて見る竜に恐怖心を抱いていると、パパがスッと前にでた。
「今回は俺が倒すよ」
パパはそう言うと、サッと腕を横に振った。
その瞬間、パパの魔法が発動し、襲い掛かってくる竜に向かっていった。
使ったのは、レティもよく使う風の魔法。
それを、薄く、鋭くしたものを竜に向かって軽く射出した。
そんな魔法で! と思った瞬間、その風の魔法が竜の首を通過していき、竜の頭がズルっとズレた。
『え!?』
それは、きっと誰にも理解できなかっただろう。
パパは、高等魔法学院生でも行使できる魔法を放った。
けどそれは、私たちが使う魔法とは、威力が格段に違った。
軽く放たれた風の魔法で、竜はアッサリと首を刈り取られ、その命を落とした。
……同じ魔法なのに、練度が……練度が違う。
パパが凄いのは当然知っていたけれど、実戦で見たのは初めてだ。
それを見て、初めて私たちとどれほど力がかけ離れているのか、ようやく本当の意味で理解できた。
これは確かに、同じ人間のカテゴリーに入れていいのか迷うくらい凄い。
そんな実力を見せた当のパパはというと……。
「索敵魔法が使えれば、こういう風に竜の接近にも簡単に気付けるので、いつも使うようにしてくれ」
竜を討伐したことなんて、まるでなんてことないように指導を続ける。
いや、パパの魔法が衝撃的過ぎて、全然話が入ってこないよ!
「さて、それじゃあ、もう一度索敵魔法だ。今度は皆に倒してもらうからね」
『……』
もう、皆なにを言っていいのか、なにに驚いていいのか分からなくなって、とりあえず黙って索敵魔法を展開させた。
こうして、私たちの竜討伐は始まったのだった。
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