第67話 自分の心は自分が一番分からない
ヨーデンでの留学生活も順調に過ぎ、気付けばもう後半だ。
あと数日で、私たちはアールスハイドに帰らないといけない。
私たちの変成魔法については、ある程度思い通りに動くようにはなってきた。
メチャメチャ神経使うけどね。
とにかく、魔力を精密に制御しないと物質に干渉することができないから、変成魔法発動中は、凄く集中しないといけない。
でも、そのお陰で普通の魔力制御も精密に行うことができるようになってきて、魔法の精度が上がった。
まさか、別の魔法を練習することで別の魔法に応用ができるとか考えたこともなかった。
そんな変成魔法だけど、形を変えられるようにはなったのに、なんか出来栄えがよろしくない。
なんというか……不格好なのだ。
「おかしいなあ……なにが駄目なんだろ?」
私が自分で変成した銅を前に首を傾げていると、マックスがそれを見てポツリと言った。
「芸術的センス」
「はあ!? なに? 私に芸術的センスがないって言いたいわけ!?」
そう叫びながらマックスが変成したものを見てみると……。
「ナニコレ!?」
マックスの目の前にあったのは、まるで今にも羽ばたいて飛んでいきそうな鳥の銅像が鎮座していた。
「す、すご……」
一本一本まで作り込まれた羽、その中にも鳥の筋肉まで感じられるような造り。
たった数日でここまで出来るようになるとは……。
「ってか、もう変成魔法極めてんじゃん」
「いえ、これはまだ初歩です」
「初歩でここまで出来なきゃいけないの!?」
これを見たあとじゃあ、私に芸術的センスがないと言われても納得してしまう。
そんなものが出来るようになってから初歩卒業……。
無理でしょ?
「あ、いえ、初歩と言ったのは材質の話です。銅は比較的柔らかい金属ですから。ここから徐々に硬度の高い金属や石なんかを変成できるようにするんです。初歩って言ったのはそういうことです」
「あ、なるほど。こういうのを作れって意味じゃないのね」
「そうです。というか、こんなの私にもできませんよ。本当に凄いですねマックス君」
「いやいや、ラティナさんの教え方が上手いからだよ」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
「いやいや」
「いえいえ」
「……アンタたち、いつまでそれやってるの?」
マックスとラティナさんの謙遜合戦は、放っとくといつまで続きそうなので無理やり中断させた。
「はは。それじゃあ、次の金属で試してみようか」
マックスがラティナさんに確認すると、ラティナさんは「確認してきます」と言ってラルース先生に許可を取りに行くとアッサリ認められたらしい。
ラティナさんは「ありがとうございます」と言って、学校の校舎内に入って行った。
そしてしばらく待っていると、その手になにかを持ちながら戻ってきた。
「マックス君。鉄を持ってきましたので、今度は鉄を変成できるように頑張りましょう」
胸の前でグッと拳を握るラティナさん。
「いよいよ鉄か……ウチはこれを扱うことが多いから、頑張らないとな」
「はい、頑張りましょう!」
ラティナさんとマックスが、なんか青春の一ページを演じている。
あそこだけ、なんかキラキラしてる気がするよ。
「あらあら? もしかしてあの二人って……」
「いや、そういう話は聞いたことないよ。ラティナさん、アールスハイドでは私たちと一緒にいることがほとんどだから」
「そうなの?」
「うん。多分、今回の留学でそっちが一人欠員になったでしょ? その代わりをラティナさんが務めてるから、それで仲良くなったんじゃないかな」
「なんだ、そうなのね。あのラティナにようやく彼氏ができたのかと思ったのに」
「そういえば、ラティナさんも恋人はいたことないって言ってたけど、ホントなの? ラティナさんだったらモテそうなのに」
私がそう言うと、イリスはちょっと憂いを帯びた顔になった。
「そりゃあ、モテたわよ。美人で成績も良くって、おまけに家も代々官僚を産み出してきた家柄よ。モテないはずないじゃない」
「なら、なんで恋人がいなかったの?」
「まあ、ラティナ自身が興味なさそうだったし、例のカフーナ君、彼の告白も断ったから、自分じゃ無理だって誰も挑戦しなくなったのよ」
「あ、そうなんだ」
っていうか、ラティナさん、男を見る目あるな。
昔のポンス君は、上手くその本性を隠していたみたいなのに、それを嗅ぎ取ったのかも。
「ところで、あのマックス君ってシャルの幼馴染みなんでしょ? どんな子なの?」
連日の訓練でコンビを組んでいるので、私とイリスはお互いを呼び捨てにするくらいには仲良くなった。
そんなイリスから、マックスについて訊ねられた。
「実家はアールスハイド一大きい工房だね。マックスの両親とウチの両親は学生時代からの仲間で、パパと一緒に世界を救ったことがあるから、メッチャ尊敬されてる」
「うぉ……予想以上にいいとこの子だった……」
そうなんだよ、マックスも十分優良物件なんだよ。
「本当はマックスのお父さんが工房を継ぐ予定だったんだけど、パパたちと一緒に英雄になっちゃったから国を守る仕事をしてるのね。だから、その息子であるマックスが継ぐことになってるの」
「へえ、工房の跡取り。ってことは、変成魔法って是が非でも覚えたい魔法だね。だからあんなに真剣なのか」
「さっきの鳥を見ても分かる通り、相当器用だよ。魔法も上手いから付与魔法も得意だし、マックスが工房を継いだら、工房は安泰だろうね」
「うーん、聞けば聞くほど優良物件に聞こえるよ。それはそうと、シャルは幼馴染みなんだよね?」
「うん」
「アンタはマックス君と付き合うとか、考えたことないの?」
「……え?」
私が、マックスと、付き合う?
「あ、はは、ないない。だって、それこそ赤ちゃんのときから一緒に育ってきたんだよ? 今はもう男兄弟みたいな感じで……」
「でも『みたい』な感じであって、結局は他人でしょ?」
「それは、まあ、そうなんだけど……」
マックスのことは嫌いじゃない。むしろ好きだし絶対的な信頼もある。
でも、それが家族的な好きなのか、恋愛的な好きなのか、改めて言われるとよく分からない。
急にイリスから振られた話題に混乱していると、イリスは「あー、ゴメン」となぜか謝ってきた。
「幼馴染み同士は色々と難しいって聞いたことあるから、下手な詮索してゴメンよ」
「あ、ううん。いいよ、別に」
「そう? あんまり気にしないでね」
「分かってるよ」
そうは言っても、一旦意識してしまったことは中々忘れることはできない。
そういえば、ヴィアちゃんとお兄ちゃんも幼馴染みといえばそうだよね。
お兄ちゃんは、ヴィアちゃんが赤ちゃんのときから知ってるのに、よく恋愛感情を持てたな。
……歳が離れてるからか。
私たちは同い年だから、ずっと一緒にいたけど、お兄ちゃんは言うほど一緒にいたわけじゃない。
ちょっと距離があったから、今こうして恋人同士になれたのかも。
なら私は?
そう思ってマックスとラティナさんのことを見る。
二人を見ると、胸がモヤモヤしてくる。
ちょっと前からこんな感じになってたけど、これは嫉妬? それとも、仲のいい幼馴染みに恋人ができたら私との時間が取れなくなって寂しくなる、という気持ち?
自分の気持ちが全く分からない。
そんな混乱した気持ちで授業を受けていたからだろうか。
「……」
「シャル、変な話してゴメンよ」
私の目の前には、とても前衛的な銅像が鎮座していた。
題名を付けるなら『混乱』
今の私の心情にピッタリだな。
とにかく、一度気持ちをリセットしないと。
でも、どうやってしようかな? なんて考えていると、その日の午後、パパからとんでもない話を聞かされた。
いつも通り、兵士さんたちとの攻撃魔法の練習が終わったあと、パパが何気ない感じでポロっと言った。
「兵士たちは攻撃魔法を使い慣れてきたころだろうから、そろそろ実践でもしてみるか?」
パパの言葉に、兵士さんたちは一瞬ざわめき、すぐに真剣な顔になった。
「はい! 自分のこの力が、どれほど魔物に通用するのか、試してみたいと思っていたところであります!」
流石、ヨーデンでも精鋭と言われる兵士さんたち。
まだ及び腰なイリスたちと違って、その目には覚悟がある。
これが、最前線で戦っている男の顔なんだな。
「いやいや、戦うのは魔物だけじゃないよ」
「え?」
「竜と、戦ってみようか」
いや、パパ、そんなとんでもないこと、にこやかに言わないでよ。
さっきまで精悍な顔つきだった兵士さんたちが、とたんに真っ青になってるよ。
今までも竜との戦闘は経験があるだろうけど、今回は攻撃魔法を使っての実践の予定。
戦い慣れていない戦闘方法でいきなり戦えなんて、無茶振りもいいとこじゃん。
「そんな悲観するな。俺もサポートに入るし、君らなら攻撃魔法と変成魔法を織り交ぜて上手く戦えると信じてるよ。それに、俺たちが帰ったら君たちが竜の間引きをしないといけないんだよ? いつまでも人任せにするつもりかい?」
パパのその言葉で、兵士さんたちはハッとした顔をして、もう一度気合を入れ直した。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません! 我々で、竜を討伐してみせます!」
「うん。よろしく」
パパはそう言うと、今度は私たちの方を見た。
「学生さんたちは、まだそのレベルに達してないから見学ね」
『はい!』
イリスたちの表情から、助かったという感情が見て取れる。
まあ、そもそも魔物とだってそんなに戦闘経験ないだろうし、いきなり竜とか死にに行くようなもんだよね。
そう思っていたんだけど……。
「あ、ただ、シャルたちアールスハイドの学生は参加な」
……ん?
「え? パパ、今なんて?」
「シャルたちは、竜討伐に、参加、な」
……。
『うえぇええっ!?』
パパからの超無茶振りに、余計な事を考えている暇などなくなってしまったのだった。
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