第63話 ヨーデン組、初めての魔力制御量増加訓練

 私たちの変成魔法の授業の次は、ヨーデン組の魔力制御量増加の授業だ。


 すでにイリスさんたちには魔力制御用魔道具が配布され、腕に装着されている。


 ヨーデンの魔法使いは、イリスさんたちに限らずラルース先生すら魔力量を増やす練習をしたことがない。


 とにかく魔力が暴走することを恐れていて、上限を増やすということにかなりの忌避感があるからしょうがない。


 なので、この魔力制御量増加の授業にはラルース先生も参加することになった。


 授業するのは、もちろん我らの担任教師ミーニョ先生だ。


「えー、それでは魔力制御量増加の授業を始めよう。魔力制御の腕輪は問題なく装備されているな」

『はい』

「よし。それでは授業を始めたいのだが……まずは、この腕輪が本当に魔力を暴走させないように制御できるのか不安があると思う。そこで、誰かわざと魔力暴走を起こしてくれないか?」


 ミーニョ先生がそう言うと、ヨーデンの生徒たちは真っ青になった。


 気の強いイリスでさえ顔が青い。


 これは、この最初が一番時間が掛かるんじゃないかな?


 そう思っていると、ラルース先生が一歩前に歩み出た。


「生徒たちを危険に晒すわけにはいかないから、それは私がやりましょう」

「まあ、本当に危険はないのですが。生徒を守ろうとするその気概は称賛されるものです先生。それでは、早速ですが魔力を集められるだけ集めてください。特に繊細に制御しようとは思わないで結構です」


 誰よりも真っ先に名乗りを上げたラルース先生のことをミーニョ先生が褒め称える。


 いや、本当にいい先生だよねラルース先生。


 見た目はちょっとぽっちゃりで、頼りなさそうな感じなのに、冗談も好きだしノリが軽いのに、誰よりも生徒たちのことを考えている。


 そんなラルース先生は、一度深く深呼吸し、両手を前に突き出した。


 ヨーデンの生徒たちが息を呑むのが分かる。


 そして……。


 ……。


 …………。


 ………………。


 いや! やらないんかい!


 中々魔力制御を始めないラルース先生にツッコミを入れようとして、寸前で思い留まった。


 なぜなら、先生の顔は真剣そのもので、物凄い脂汗を掻いていたから。


 多分……今、物凄い恐怖心と戦っているんだろう。


 変なツッコミは入れるべきじゃない。


 私たちまで思わず息を呑んで見守っていると、ようやくラルース先生が魔力を集めだした。


 その量は徐々に大きくなっていき……やがて限界を超えた。


「!!」


 ラルース先生の顔は恐怖で一杯だったが、それでも魔力制御を止めることはなかった。


 そして、暴走する! と思われた瞬間、魔道具が起動し、暴走しかかった魔力を平定させた。


 その様子を、ラルース先生は呆然とした顔で見詰めている。


 ヨーデンの生徒たちも、ラルース先生と同じような顔で先生の集めた魔力を見ていた。


「どうですか? これが魔力制御の魔道具です。これがあれば、魔力暴走の危険なく練習できるでしょう?」


 ミーニョ先生がラルース先生にそう言うと、ラルース先生はようやく我に返り、ミーニョ先生の両手を握りしめた。


「ミーニョ先生! この魔道具は素晴らしいです! 皆! 身を持って体験した私が保証しよう! この魔道具があれば、魔力暴走の危険は一切ない!」


 ラルース先生の言葉に、ヨーデンの生徒たちは頼もしいものを見る目で腕輪を見ていた。


「いや、素晴らしい勇気でしたラルース先生。これで滞りなく授業を進められます」


 ミーニョ先生がラルース先生の勇気を褒めると、ラルース先生は照れ臭そうに頭を掻いた。


「さあ、これでこの授業に危険がないことは分かっただろう。それでは、さっきのパートナーのままで、サポート役だけ交代して練習しよう。準備はいいか?」

『はい!』


 ミーニョ先生からの確認に、全員が声を揃えて返事をした。


「よし。それでは始め……」

「あ、あの、先生」


 ミーニョ先生が授業の開始を宣言しようとしたのだが、その台詞を途中でラティナさんが遮った。


「うん? どうしたカサール」

「あの。私はすでにこの授業を受けているので今やる意味はないと思うのですが……」


 あ、そういえばラティナさんとマックスはパートナーだった。


 ラティナさんには教える必要ないということは、マックスもやることがないってことだ。


「そうだったな。では、カサールとビーンは全体のサポートに回ってくれ。私はラルース先生のサポートに入るから」

「「はい。分かりました」」


 こうして、ラティナさんとマックスが全体を見回りながら魔力制御量増加の授業は進んでいく。


「わっ! また暴走しかけた」


 イリスさんは、ラルース先生の捨て身の実験のお陰で、臆することなく魔力制御をしている……んだけど、信頼が強すぎて何回も暴走しかかっている。


「ふう……危なかった」

「ねえ、イリスさん、ちょっといい?」

「ん? なに? なんかアドバイス?」

「うん、そう。実はさ、イリスさん。魔力制御に失敗して暴走する……ってことを繰り返しても魔力量は増えないよ?」


 私がそう言うと、イリスさんは「え?」という顔になった。


「うそ、それじゃあ、今まで何回も暴走しかけていたのは……」

「……まあ、この魔道具の実力を真っ先に知れたということで」


 思い違いをしていたイリスさんに真実を継げると、イリスさんは少し落ち込んだあとすぐに復活した。


「えっと、それじゃあどうするの?」

「暴走するかしないかの上限を見極めるの。そうやって徐々に制御できる上限を伸ばしていくと、制御できる魔力量が増えるの」

「へえ、そうなのね? えっと、上限上限……」


 私がアドバイスをすると、イリスさんはブツブツ言いながらまた魔力制御を始めた。


 基本的にはミーニョ先生が皆のところを回って適宜アドバイスをしていく。


 さすがに本職の教師だから教えるのが上手い。


 私たちは、そのミーニョ先生のアドバイスに従い、ヨーデンの生徒たちのサポートをしているのだ。


 あと、ラティナさんとマックスはミーニョ先生に行き詰っている人がいたら報告する係になっている。


 お陰で、効率よく練習ができるようになっている。


「あっ! また上限超えた!」

「焦らなくていいよイリスさん。本来魔力制御って、毎日少しずつ増やしていくものだから。急に増やそうと思っても失敗ばっかりして逆に効率悪いよ?」

「うぅ~、もどかしいなあ」

「はは、それ、よく分かる」


 私の近くには、パパ、ママ、お兄ちゃんがいるから、自分の魔力制御量がどうしても少なく思えてしまう。


 魔法を習い始めたころは、はやく三人みたいになりたくてイリスさんみたいな失敗を沢山した。


 そのお陰で今こうしてアドバイスできてるんだけど、イリスさんの焦る気持ちはよく分かる。


 こうして地味な魔力制御の練習を時間になるまで続けた。


 そして、初めての授業が終わったあと、イリスさんから思いがけないお願いがあった。


「ねえ、シャルさんたちってどれくらいの魔力を制御できるの? もし良かったら参考までに見せて欲しいんだけど」


 それはヨーデン側の総意だったようで、皆ウンウンと頷いている。


 ミーニョ先生を見ると、先生も頷いているので皆で魔力制御を見せることになった。


 周りと距離を起き、魔力制御を発動させる。


『!!』


 私は目を閉じて集中しているので、ヨーデン組がどんな表情をしているのかは分からない。


 とにかく、今自分にできる最大値まで魔力を集め、制御していく。


 そうしていくと、制御し切れず魔力が揺らぎ始めた。ここが限界点だ。


 その揺らぎを安定させるように制御に集中し、しばらく経つとその揺らぎを制御することができた。


 また少し、制御量が増えたぞ。


 魔力が安定したのでそれ以上の拡張は行わず、私は魔力制御を解いた。


 集中を解いて小さく息を吐き、目を開けて周りを見ると、魔力制御を終わらせたのは私が最後だったみたいで、皆が私を見ていた。


 ヨーデン組は皆口が半開きになって呆然とこちらを見ている。


「えっと……私、なんかした?」


 少し呆れた顔をしてこちらを見ているヴィアちゃんたちにそう訊ねると、ヴィアちゃんが苦笑しながら口を開いた。


「シャル、貴女また魔力制御量が伸びたのですね。私たちの誰よりも魔力を制御していたのですから、ヨーデンの皆さんが驚かれるのも無理ありませんわ」


 私の魔力制御が他の人より多かったから驚いていたのね。


 そっか、そっか。


 ヴィアちゃんの言葉に、少し得意になっていると、ヨーデン組が声を揃えて叫んだ。


『いやいや! 殿下たちも大概でしたから!!』

「あら?」


 イリスさんたちの話を聞くと、私のことじゃなくて私たち全員の魔力制御量に驚いてしまったとのこと。


 正直に言うと、制御されている魔力が大き過ぎて、私が皆より多く魔力を制御できていたとか分からなかったとのこと。


 あ、そうなんですね。


 ちょっと得意になってしまった自分が恥ずかしい……。


「いやはや、アールスハイドさんは凄まじいですな。もしかして、ミーニョ先生はこれ以上にできるのですか?」


 ラルース先生が拍手をしながらそう言うと、ミーニョ先生が少し照れていた。


「まあ、これでも元魔法師団員ですからね。学生たちよりも魔力制御量は多いですよ」


 ミーニョ先生がそう言うと、イリスさんたちは途端にミーニョ先生のことを尊敬の眼差しで見詰め始めた。


「いやいや、私など全然まだまだで上には上がいるのです。生徒の関係者で言うと、ビーンの両親も相当ですし、殿下の御父上であらせられる国王陛下は人類二位の魔法使いです」

「人類二位……え? 二位?」


 国王様なのに二位っていうのが気になったのか、イリスさんが首を傾げている。


 それを見たミーニョ先生は、苦笑しながら疑問に答えた。


「一位はブッチギリでシン様です。あれは本当の規格外。御本人は否定されていますが、私は本当に神様から遣わされた神の御使い様だと思っています」


 あぁ、やっぱりミーニョ先生もパパの信徒だったか。


 パパは完全に否定しているんだけど、創神教の神子さんを中心にパパが神が遣わし御使い様だという話が浸透している。


 なので、一般の人はパパのことを呼ぶ際に「魔王様」と呼ぶけど、教会関係者やイース神聖国の人たちは「御使い様」と呼ぶことが多い。


 魔王は「魔法使いの王」っていう意味だから、ぜひとも跡を継ぎたいんだけど「神の使徒」っていうのは、継ぎたくて継げるものじゃない。


 まあ、流石にそんな名前で呼ばれたくはないからいいんだけどね。


「ですので、普通の人間という枠の中であれば、国王陛下であらせられるアウグスト殿下が人類の一位ということになります」

「はぁ……国王様は世界最強なんだ……」


 まあ、普通王様って皆に守られる立場なので自分が最強である必要はない。


 おじさんの場合は特殊な事情により、強くなれる素質があり、強くならざるを得なかった。


 それだけのこと。


 実際、今はオーグおじさんが自分の力を発揮することはない。


 あるのは、ヴィアちゃんやノヴァ君にお仕置きをする時くらい。


 ……その魔法の使い方もどうなんだろう?


「さて、これで両方の授業は終わったな。これで午前の授業は終了だ。昼ご飯を食べたら、そのシン様が指導されている訓練場に行き、攻撃魔法の合同訓練を行う予定だ」


 ミーニョ先生がこの後の予定を話すと、ヨーデン組がまた驚きの声をあげた。


「攻撃魔法の訓練もするんですか!?」

「ああ。昨日シン様と大統領で話し合って決めたらしい。君たちには将来この国を背負っていってもらわないといけないと言ってな」


 そう言われてイリスさんたちは真っ青になっている。


 そりゃそうか。


 攻撃魔法を忌避していたのに急に攻撃魔法を教えると言われて、さらに将来この国を背負っていってもらいたいなって激重な発言まで聞いた。


 十五~六の私たちが聞いて青くならないわけがないよ。


「さあ、それでは訓練の前に腹ごしらえだよ。昼食は学校の食堂で食べられるように手配してあるから移動しようか」


 そう言うラルース先生のあとに続き、私たちは食堂に向かって歩き出した。


 どんな料理が出るのか楽しみでキャッキャ言っている私たちとは対照的に、ヨーデン組はまるでお葬式に参列しているみたいに暗い顔をしてドンヨリしていた。


 ……パパの思い付きはいつものことだから、頑張れ!


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