第62話 初めての変成魔法の授業

「それじゃあ、まずはアールスハイドの生徒さんたちの魔力制御を見せてもらえるかな?」


 ラルース先生の言葉を聞いた私は、先生に質問をした。


「あの、私たち一度ラティナさんに変成魔法を見せてもらったことがあるんですけど、そのときは魔力を多く集めるのではなく、少なくても精密な制御をしていました。私たちもそうするべきですか?」


 私のその質問に、ラルース先生は少し驚いた顔をした。


「おや、すでに変成魔法を見ていましたか。皆さんがどれくらいの量の魔力を制御できるのか見て、そんなに必要ないよと言うつもりだったのですが」

「ええ!?」


 じゃあ、さっきの言い方はわざと?


 はっはっはと笑うラルース先生は、少し、いや大分悪戯好きな先生のようだ。


「それで、ウォルフォードさんの質問ですが、その通りです。魔力の量は必要ありませんので、少ない魔力でもどれくらい精密に制御できるのか見せてもらえますか?」


 ラルース先生から具体的な指示が出たので、私たちはその指示通りに魔力を制御し始めた。


 ただ……最近この練習もしてるんだけど、これメッチャ難しいんだよね。


 量を集めるだけだったらなにも考えずにできるんだけど、少ない魔力を精密にって言われると途端に難易度が上がる。


 皆で四苦八苦しながら魔力制御をしていると、ラルース先生が「はい、止めていいですよ」と声をかけた。


 かなり四苦八苦してたからどんな評価になるのか戦々恐々としていたのだけど、ラルース先生から出た言葉は意外なものだった。


「いやはや、皆さん魔力の精密制御も中々のものですね。そこまで制御できるのはウチの学校にもそうはいませんよ」

「本当ですか!?」

「ええ。それだけ制御できるなら十分変成魔法を使えるでしょう」

「やった!」


 魔力の精密制御ができなかったら、日がな一日その練習ばっかりさせられるのかと思ってたから、合格を貰えたのは凄く嬉しい。


「さて、それでは早速変成魔法の練習をしていきましょうか」


 先生はそう言うと、私たちの前に金属の塊を一人一つずつ置いた。


「これは銅の塊です。変成魔法の練習は、まずこの銅を使って行うのです」


 先生の説明を皆で真剣に聞く。


「先ほど制御した魔力を、この銅全体に行き渡らせるように纏わせます。あとは、この銅をイメージ通りに変成させるように魔力を動かすのです。なので、魔力制御には精密さが必要になるのです」


 はあ、なるほどね。


 大雑把な魔力制御だと、対象に行き渡らないってことなのか。


「原理自体は簡単です。あとは、実際にやってみて少しずつ慣れて行きましょう。では皆さん、一人ずつサポートに回ってください」

『はい』


 ラルース先生の指示で、イリスさんたちが一人につき一人付いてくれることになった。


「イリスさん、よろしくね」

「ええ。ビシバシいくわよ?」

「ええ? 優しくしてよう」

「貴女たち、一週間しかいないんでしょ? その間に覚えようと思ったら厳しくいくに決まってるじゃない」

「ちぇ」


 私のサポートはイリスさんだ。


 パーティーを通じて仲良くなっていたのでこれは嬉しい。


 他は? と周りを見てみると、ヴィアちゃんには別の女子生徒が付いていた。


「よろしくお願いしますわね」

「ひぁ、ひゃ、ひゃい! よ、よろしゅくおねぎゃいしましゅ!!」


 ……ヴィアちゃん担当の子、可哀想なくらい緊張してる……。


 王女様なんてヨーデンの人にとっては物語の中にしか登場しない人物だからね。


 緊張するなって方が無理か。


 まあ、数日一緒にいて、ヴィアちゃんが怖くないと分かったら慣れてくるでしょ。


 他も見てみると、男子には男子が、女子には女子が付いてくれている。


 ……ただ一人の例外を除いて。


「ごめんねラティナさん。本当だったら全体のサポートだったんでしょ?」

「カフーナ君が辞退しちゃったからしょうがないですよ。気にしないでください」


 そう、男子であるカフーナ君が辞退してしまったので、こちらの男子一人の担当がいなくなってしまったのだ。


 そこで、急遽全体のサポートをするはずだったラティナさんがマックスの担当になった。


 まあ、アールスハイドでは同級生だし、知らない仲じゃないから問題ないんだろうけど……。


 なんだろうな、マックスのだらしない顔を見ていると、意味もなくイライラしてくるな。


「ちょっと、鼻の下伸ばしてないで真剣にやりなさいよ」

「は、はあっ!? 伸ばしてねえよ!」

「ふーん、どうだか?」

「てめ……」

「ほらほら、喧嘩している時間はありませんよ。では、早速始めましょう」


 私とマックスの言い合いが起こる前に、ラルース先生に止められそのまま変成魔法の実習が始まった。


 変成魔法を試して感じたことは……これ、メッチャ難しい!!


 銅の塊が動くのは動くんだけど、全然思い通りに動いてくれない。


 そもそも金属である銅が形を変えるっていうことだけでも凄いことなんだけど、思い通りの形にならないと全然意味がない。


 ただ、物体が形を変えただけになっちゃう。


「ふぬっ! くっ! このっ!」

「ああ、シャルさん。力入りすぎ。そんなに力んでも変わらないわよ」

「そ、そっか。ふー……」

「……今度は力抜き過ぎ。魔力が散り始めてるわ」

「む、難しい……」

「力を込めるんじゃなくて、魔力を精密に動かす感じよ」

「こ、こう? あ! ちょっと思い通りに動いたかも!?」

「……ええ、そうね」


 なんだかイリスさんの視線に諦めが入っている気がする……。


 他の皆はどうなんだろう? と思って周りを見回すと、大体私と同じような感じになっている。


 ヴィアちゃんは「あら? あら?」と自分の意図しない形に変成されていき、首を傾げている。


 アリーシャちゃんも「くっ! この! 言うことを聞きなさい!」と、なぜか銅に向かって怒っている。


 デビーとレティ、ハリー君とデビット君も同じ感じで、思うように変成できていない。


 レインに至っては最早前衛芸術みたいな形になっている。


 本人はなぜか満足そうだ。


 そして、ここでもただ一人、例外がいた。


「……凄いですねマックス君。初めてでこんな繊細な加工ができるなんて」

「はは、実家で嫌というほど金属に触れているからね。魔力を通すと金属のことが手に取るように分かる。これは、俺向きの魔法だな」


 そう、マックスは最初から凄く精密な模様のついた腕輪に銅を変成していた。


 これ、変成魔法を使わずに加工したら一体どれくらい時間が掛かるんだろう? っていうくらい精密な模様を、この短時間で作ってしまった。


 凄い……マックスって変成魔法に才能があったんだ。


 初めてでそこまで成功したマックスに、ヨーデンの生徒たちも驚きを隠せない様子で、口々にマックスのことを褒めていた。


 魔法に関して、今までマックスに負けたことはなかった。


 けど、今ハッキリとマックスに負けた。


 それが悔しくて、負けるものかと再度銅に向かって魔力を放出させた。


「ちょっ! シャル! 魔力込めすぎ!」

「え?」


 わっ!


 なんか銅が変な動きしてる!


「ウォルフォード! すぐに魔力を切れ!」

「わ! わわわ!」


 ミーニョ先生の指示に従って魔力を切ろうとしたけど、間一髪で間に合わなかった。


「「わあっ!!」」


 魔力を込めすぎた結果、銅が爆散した。


 やばい! 金属片が飛んでくる!


 と覚悟したが、一向に銅の破片が飛んでくることはなかった。


 なんで? と思って恐る恐る顔を上げると、そこには私の銅を障壁で包み辺りに爆散しないように抑え込んでいるマックスがいた。


「ふぅ……間に合った」


 障壁の中の銅が机に落ちるのを確認したマックスは障壁を解除しながら私を見た。


「シャル! お前、なにやってんだ! 危うく皆に大怪我させるとこだったんだぞ!」

「こ、ごめん……まさかこんなことになるとは……」


 これはまさに想定外の事態だった。


 ラルース先生からも、魔力を込めすぎると物体が爆散するなんて注意事項はなかったし。


 しかし、例え知らなかったとはいえ皆を危険に晒したことは事実。


 なので、私はヨーデンの生徒とアールスハイドの皆に向かって頭を下げた。


「危ないことをしてすみませんでした……」


 そう言って頭を下げるが、ラルース先生を始めとしたヨーデン組からなにも言葉が返ってこない。


 呆れて物も言えないのかな? と思って恐る恐る顔を上げてみると、なぜか皆驚いた顔をしていた。


 ……これは、どういう感情なんだろう?


 とにかく、なにか言ってくれないかな、と思っていると、ラルース先生がようやく口を開いた。


「……変成魔法使用中に魔力を込めすぎると爆散するんですね……知りませんでした」


 ……先生も知らなかったのか。


「ま、まあ、幸い怪我人もいませんし、誰も知らなかったということで、これは事故ということにしましょう」


 ラルース先生の恩情で、私はお咎めなしになったようだ。


 はぁ……なんだろうな。


 初めて魔法で上手くいかなかった気がする。


 そのことに落ち込みつつも、残りの時間は絶対に魔力過多にならないように細心の注意を払ったからなのか、魔力制御がより精密になり、結果としてある程度自分の思い通りに変成できたのは、喜んでいいのやら……。


 そんな感じに、私たちアールスハイド組の初めての変成魔法の授業は終了したのだった。

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