第61話 授業の予定

 波乱続きだったパーティーがようやく終わった。


 途中、例のホテルでお兄ちゃんとヴィアちゃんに絡んできた女がヴィアちゃんに向かって行っていたけど、なんであんなに攻撃的だったんだろ?


 まあ、お兄ちゃんが華麗に取り押さえたので特に誰にも怪我無く収まったので良かったかな。


 ヴィアちゃんが、また王女様がしちゃいけない顔してて、それをイリスさんたちが見て生温かい笑顔で見られてたこと以外、特に害は無かったし。


 パパとママは、沢山の大人の人たちと色んな話をしていたみたいだけど、私たち学生が大人と話をしてもよくわからないから、ヨーデンの学生さんたちと常に一緒にいた。


 このパーティーで随分仲が良くなったと思う。


 ポンス君だけは、私たちの輪から離れて孤立しちゃってたけど、ヴィアちゃんにあんだけやらかして、味方だったはずのヨーデンの学生さんたちにまで見放されちゃったら話しの輪には入れないよね。


「今日はありがと。楽しかったわ」

「私も。明日からよろしくね」


 別れ際、イリスさんと握手をして別れの挨拶を済ます。


 そう、明日からヨーデン国立魔法学校にて変成魔法の授業が始まるのだ。


 アールスハイドではパパだけが完全に習得していて、そのうち私たちにも教えてくれるという話だったのだけど、それより一足先に教えてもらえる。


 今まで使ったことがない魔法ということでワクワクしていたのだが、私以上にワクワクしている奴がいた。


「本当楽しみだよ! 一度ラティナさんに見せてもらってから、絶対に覚えたいと思っていたんだ!」


 実家が鍛冶工房をしているマックスである。


 今は多方面に渡る製造を行っているけど、その本質は金属加工業。


 物質を自在に変成できる変成魔法は、鍛冶師にとって喉から手が出るほど欲しい魔法なんだろうな。


 その熱意に、ヨーデン組はちょっと引き気味だ。


「そ、そうなんだ。変成魔法なんて地味でしょ? 私はアールスハイドの攻撃魔法とかの方が魅力的に感じるわ」

「私もイリスの意見に賛成ですね。アールスハイドで魔法を学んで思いましたが、やはり私もアールスハイドの魔法の方が魅力的に映ります」


 そういえば、ラティナさんは元々イリスさんと友達なんだそうだ。


 留学生選抜で競い合い、最終的にラティナさんが選ばれたのだとか。


 本人はコネで選ばれたとか謙遜していたけど、イリスさんもラティナさんなら負けてもしょうがないと思えるほど優秀だったんだそう。


 これ、パーティーで聞いた。


 そんなラティナさんがアールスハイドの魔法の方がいいと言ってくれたのは嬉しいけど、これって無いものねだりなんじゃないのかな?


 私やマックスはヨーデンの変成魔法が面白いと感じ、ヨーデン組はアールスハイドの魔法が魅力的だと思うってことはそうなんじゃないだろうか?


 そんなことを考えていると、マックスが力強く反論した。


「そんなことはないよ! 変成魔法がどれほど可能性に満ち溢れているか分かってない! これを覚えれば、今まで作れなかった魔道具が作れるかもしれないんだ!」


 マックスはラティナさんに詰め寄り、変成魔法の有用性について熱く語った。


「そ、そうなんですね……」


 物凄く近くまでマックスに詰め寄られたラティナさんは、顔を引きつらせながら一歩引いた。


 それを見たマックスがハッとした顔をして距離を取る。


「ご、ごめん……」

「い、いえ……」


 女の子に近付き過ぎたことに顔を赤くして謝るマックスと、近寄られ過ぎて赤くなっているラティナさん。


 ……なんだろう。


 なんか、イラっとする光景だな。


「とにかく、明日からよろしくね!」


 ちょっと強引だけど、無理矢理話を終わらせて、この場を解散させることができた。


 そうしてまた馬車に乗ってホテルに帰るんだけど、行きと同じようにラティナさんとお兄さんもまた一緒の馬車に乗り込んだ。


「あれ? ラティナさんたちもホテルに帰るの? 実家とか帰らなくていいの?」


 折角里帰りしているんだから実家の両親に顔を見せてあげればいいのに。


 そう思って聞いたのだが、ラティナさんは小さく微笑んで首を横に振った。


「元々この帰郷は予定外のものだったんです。当分実家には戻らない予定でしたし、なにより皆さんと同じ宿舎に泊って同じ時間を過ごしたいと思ったんです」


 ラティナさん! なんていい娘なんだ!


「そっか! そういうことなら全然問題ないよ。私もラティナさんと一緒にお泊りできて嬉しい!」

「はい!」


 こんないい娘にイラつくなんて、しちゃいけないよね。


 ……そういえば、なんでイラついたんだろ?


 まあ、よく分かんないからいいか。



 そして翌日、私たちはヨーデン国立魔法学校を訪れ、そこの魔法実習室に案内された。


 するとそこには、すでにヨーデンの学生たちが勢揃いしていた。


「おはようイリスさん」

「おはようシャルさん」


 私がイリスさんと挨拶をすると、ヴィアちゃんも一緒に挨拶した。


「皆さま、おはようございます」


 そう言って優雅にお辞儀するヴィアちゃん。


 その所作に、イリスさんたちは一瞬見惚れていたけど、すぐに挨拶を返してくれた。


 特に過剰な反応はなく、これなら皆と普通に授業が受けられると、内心ホッとした。


 しばらくイリスさんたちと談笑していたんだけど、そこで私はあることに気付いた。


「あれ? ポンス君は?」


 私が訊ねると、イリスさんはちょっと困った顔をした。


「実は、カフーナ君、今回のこと辞退しちゃったの」

「え!?」


 辞退!?


 え、だって、ポンス君ってヨーデン国立魔法学校の優秀者なんでしょ?


 それが辞退!?


 確かに、昨日は大層な恥を掻いていたけど、辞退するようなことか?


 もしかしたら、別の原因かもしれないし、昨日会ったばかりの他人の事情に踏み込んでもしょうがないから、それ以上は聞かないことにした。


 またヴィアちゃんに絡まれても面倒だしね。


 そうこうしているうちに時間になったようで、昨日も会ったラルース先生がミーニョ先生と一緒に教室に入ってきた。


「おはようございます。皆さん、もう全員揃っていますね。それでは、今日の予定についてお話ししたいと思います」


 ラルース先生は、そう言って今日の予定を話してくれた。


 まず、私たちに変成魔法を教える。


 その際のサポートをヨーデンの生徒たちがしてくれるとのこと。


 そして、ある程度時間が経てば今度は交代。


 イリスたちヨーデンの生徒に、魔力制御量増加の練習をしてもらう。


 私たちアールスハイドの生徒は、それのサポートだ。


 魔力制御量の増加訓練を行うとラルース先生が告げた途端、イリスさんたちが激しく動揺したのが分かった。


 青白くなり、明らかに恐怖を抱いている。


「わ、私たちが魔力制御量増加の訓練を受けるなんて聞いてません!」


 青い顔のまま激しく拒絶するイリスさん。


 やっぱり、ヨーデンでは魔力量の増加訓練は暴走と直結しているから恐怖の対象なんだな。と改めて思った。


「皆さん、静かに。ヨーデンの皆さんが怖がるのも無理はありません。正直、私も怖い。しかし、今回はアールスハイド側からそれを克服するための魔道具をお借りすることができました」


 ラルース先生はそう言うと、ミーニョ先生に視線を向けた。


 ミーニョ先生はその視線を受けて小さく頷くと、異空間収納を開き、中から人数分の腕輪を取り出した。


「これは、シン様が作り出し、今では北大陸の魔法使いに着用が義務付けられている腕輪だ。この腕輪は、魔力制御に失敗し暴走する直前で、魔力を平定させてくれる魔道具になっている。これを付けている限り、魔力暴走という事故は怒り得ないので安心してほしい」


 ミーニョ先生がそう言うと、イリスさんたちは唖然とした顔になっていた。


 この魔道具に驚いたのかな?


「い、異空間収納……」

「あの、伝説の……」

「じ、実在したのか!?」


 あ、そっち?


 そういえば、ラティナさんが異空間収納の魔法を習得できたときの喜びようと、妹に先を越されてしまったお兄さんの嘆き様は記憶に新しい。


 最初に見た異空間収納のインパクトが強すぎて、腕輪のことにまで意識が行ってなかったみたい。


「え? ちょっと待って? 暴走しかかってる魔力を平定させる魔道具? そんな夢みたいな魔道具なんて存在するの?」


 お、ようやくイリスさんの意識が腕輪にまで到達した。


「まあ、確かに驚くのも無理はない。私もかつて、この魔道具が発表された際は同じような感想を持ったものだ。まるで夢の魔道具だと。しかしこれは現実だし、北大陸ではすでに一般的なものだ」

「こ、こんな魔道具が一般的……」

「そうだ。その証拠に、ここにいるアールスハイドの生徒たちにっとっては、小さいころからあって当たり前のものなので、これが凄い魔道具だということすら認識していない」


 うん。全然意識したことなかった。


 他の人たちも同じだったようで、ミーニョ先生に向かって頷いている。


 それを見たヨーデンの学生さんたちは全員唖然としている。


「そ、そんなに国力に差があるのね……そりゃ、大人たちが必死にご機嫌を取ろうとするわけね」


 イリスさんは諸々納得がいったと言わんばかりに頷いた。


「えー、今回、本来なら君たちはアールスハイドの生徒たちのサポートで終わるはずだったのですが、特使であるウォルフォード殿の好意により、学生にも魔力制御量増加訓練を受けさせ攻撃魔法を覚えればどうかと提案があったのです」

「特使様の……」


 イリスさんはそう呟くと、私の方を見た。


 あ、はい。特使様の娘です。


「そういったシン様のご提案があったので、本来私も引率だけの予定だったのだが、君たちに授業を行うことになった。急な変更ですまないがよろしく頼む」


 ミーニョ先生がそう言うと、ヨーデンの学生たちは慌てて頭を下げた。


「い、いえ! ちょ、ちょっと……いえ、まだかなり怖いですけど……折角教えてもらえるのだから、頑張って勉強します! よろしくお願いします!」


 頭を下げながらイリスさんがそう返した。


「うん。それで、両方の授業が終わったら、ウォルフォード殿が指導している兵士たちの訓練に合流してもらうから」

「へ、兵士たちの訓練にですか!?」

「うん。合流する前は魔力量増加訓練を、合流してから攻撃魔法を教えるらしい。ウォルフォード殿は、北大陸では魔法使いの王という『魔王』の称号で呼ばれている御人だ。そんな方から魔法を教われるのはとても名誉なことなんだよ?」

「そうです。私だって御教授を受けたことはない。君たちが羨ましいよ」


 ミーニョ先生の言葉はリップサービスではなく本心だ。


 メッチャ羨ましそう。


「そう、ですか。魔王……」


 イリスさんはそう言うと、私を見た。


 あ、はい。魔王の娘です。


「それと、午後からはウォルフォード殿の奥様であるシシリーさんに同行して病院に行ってもらう」


 ラルース先生の言葉に、ヨーデンの学生たちに動揺が走る。


「びょ、病院?」


 あれ? これは聞いてないのかな?


「ああ。シシリーさんは類まれな治癒魔法の使い手らしくてな。アールスハイドでは聖女様と呼ばれるほど民に慕われているらしい。今回、病院で治癒魔法を実践することで、治癒魔法の有用性と、この魔法を覚えたいと思ってもらえるように生徒たちを同行させたいのだそうだ。ちなみ、カサールはアールスハイドでシシリーさんから治癒魔法の手解きを受けているそうだ」

「ラティナが!?」


 イリスさんが驚いてラティナさんを見る。


 ラティナさんは、ラルース先生に向かってニッコリ微笑んだ。


「ラルース先生。シシリー様、もしくは聖女様とお呼びください。それほど素晴らしい方です」

「あ、うん。ごめん」

「いえ」


 ラティナさんはそれだけ言って口を閉じた。


 いやあ、ラティナさんはすっかり聖女信者になっちゃったなあ。


 治癒魔法を教えてくれる先生として慕っているんじゃなくて、聖女様に心酔しちゃってる感じがする。


「聖女様……」


 イリスさんはそう言って私を見た。


 あ、はい。聖女の娘です。


「……ねえ」

「なに?」

「もしかして、殿下よりシャルさんの方が凄いんじゃない?」

「……凄いのはパパとママであって、私じゃないから」


 イリスさんの言葉に、私は思わず不機嫌な態度でそう言ってしまった。


 ……私、感じ悪い。


 そう思ったのだが、イリスさんはなぜかフッと笑った。


「シャルさんが、親の力を自分と力と勘違いする嫌な人じゃなくて良かった。今日から頑張ろうね」

「! う、うん! がんばろ!!」


 うう、イリスさん、メッチャいい人だ。


 最初に絡んできたのは何だったんだ。


 ポンス君の呪縛から解き放たれていい人になったんだろうか?


 まあ、それはともかく、今日からの授業がますます楽しみになってきたぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る