第60話 パーティーは騒動の温床

 シャルロットたちが騒ぎを起こしたとき、その保護者であるシンとシシリーはヨーデン大統領ファナティをはじめとする政府高官たちと会話をしているところだった。


「……なにやら揉め事が起こったようですな」


 跪いているのがヨーデンの学生であったため、ファナティは、またアールスハイドに無礼を働いてしまったのではないかと内心物凄く焦っていた。


「……ああ、どうやらヴィアちゃんの身分が明かされたようで、ヨーデンの子たちが驚いてしまったようですね」


 こちらはこちらで、またシャルロットが問題を起こしたのかと冷や冷やしていたシンは、集音の魔法で生徒たちの会話を拾い、致命的な問題が起きているわけではないことに安堵し、それをファナティたちに伝えた。


 これに安堵したのはファナティたちも同様であった。


「そ、そうですか。それならまあ、良かった……のですかな?」

「ええ。どうやらヴィアちゃんが身分を隠してヨーデンの子たちに接していたのが原因みたいですし、気軽に話していた子が王女様でビックリした……くらいの揉め事でしょう」

「そうですか。まあ、シン殿が問題とされないのならいいのでしょうが……」

「大丈夫ですよ。元々学ぶ身として忖度をされたくないというのがアールスハイド王家の考えのようでしてね。現国王は私の同級生なのですが、それはそれは気軽な態度で接してきたものです」


 シンが何気なく話した内容に、ファナティたちは顔が引きつるのが分かった。


 目の前にいるのは、北大陸最強……いや、歴史上最強の魔法使いと言われている人物。


 さらにこの人は、北大陸最大と言われているアールスハイド王国国王と友人関係にもある。


 魔法という実力だけでなく、権力まで持っているのかと、ファナティをはじめとする政府高官は、身体中から嫌な汗が噴き出るのを抑えられなかった。


「ん? ああ、どうやら私の息子が仲裁に入ったようです。あれで収まるでしょう。まあ、子供同士の揉め事に親が介入しても根本的な解決にはなりませんから、これくらいの問題なら子供たちに任せておきましょう」


 シンは軽い調子でそう言うと、ファナティたちに向き直った。


 王女様が関わっているのに、子供に任せていいのか!? と叫び出したい気持ちではあるのだが、当のシンはすでに子供たちから関心を外しており、シシリーと共にパーティーに提供されているヨーデン料理に手を伸ばしている。


「うわ、これも美味しい。シシリーも食べてごらん」

「そうですか? では頂きます」

「はい、あーん」

「あーん……ん、本当ですね。とても美味しいです」

「だろ? どの料理にも大量に香辛料が使われているな。もしかして、香辛料はヨーデンでは一般的なのですか?」


 パーティ会場という公の場で、いきなり「あーん」とかしだすこの夫婦に呆気に取られていると、急に話題が振られた。


「え、あ、そ、そうですね。我が国では、気候上香辛料がよく育つのです」

「そうですか。それは素晴らしいですね」


 笑みを浮かべてそう言うシンだが、それ以上の話はしなかった。


 シンの態度から、この香辛料はアールスハイドに対する絶好の交易品になりうる。


 既にカカオは大量に輸出されたのだから、間違いないだろう。


 しかし、今回の騒動によりヨーデンはかなり立場が悪い。


 アールスハイドとしては、香辛料が手に入らなかったとして、残念ではあるがそこまでダメージを負うことはない。


 しかし、ヨーデンとしてはアールスハイドの進んだ魔法や魔道具技術はなんとしても欲しい。


 ただでさえ交易に対する熱量が違うのに、そこへきて今回の事件だ。


 ファナティは、改めて今回の襲撃を画策した黒幕のことを憎んだ。


 すでに捕縛し、地位と財産を没収した上で懲役刑を科しているが、法制度を捻じ曲げてでも処刑してやりたいほどには。


 こうして、シンとシシリー夫妻は和やかに、大統領たちは脂汗を流しながらの会談は続いていたのだが、ふと、シンが周囲に視線を巡らせた。


「シン君? どうしましたか?」


 周囲を見渡したあと、少し不愉快そうに眉を顰めたシンに気付いたシシリーがシンを気遣うように声をかけた。


「ん? いや。まあ、見てるだけだから害はないか……」

「?」


 なにかに気付いた様子のシンだったが、今ここで話すことでもないと判断したのか、それ以上なにも言わず別の話題に切り替えた。


「そういえば、攻撃魔法を覚える人員の選定は進んでいますか?」


 シンがそう言うと、ファナティはシンが大統領府を去ったあとに行われた会議の内容を話し出した。


「まだ決定ではありませんが、軍の兵士の中で魔力制御が特に優れているものを選抜する予定です。まだ決定ではありませんが、すでに選定には入っています」

「そうですか。あ」


 シンは、話している途中でなにかを思い付いたようで、視線をシャルロットたちの方へ向けた。


「良かったら、学生たちも一緒に訓練を受けませんか?」

「学生たちも?」


 シンからの思わぬ提案に、ファナティは一瞬考えた。


 今回、アールスハイドの学生たちには変成魔法を教えることになっている。


 なら、逆にヨーデンの学生たちがアールスハイドの魔法を教えてもらってもいいのではないか?


 その方が、お互い切磋琢磨するのでは?


 そう考えたファナティは、シンの申し出を受けることにした。


「それはいいですね。現役の兵士と将来を担う学生が同時に訓練を受けることは、きっと将来のためになります」

「そうですか。じゃあ、午前中は学生は変成魔法の授業をしたあとは兵士たちと一緒に攻撃魔法の訓練をしましょう。そして午後からはシシリーについて病院での治療を行いましょう」


 会議室ではなく、パーティー会場で今後の予定を次々に決めていくシンに驚きつつも、提案されていることは全てヨーデンにとって有意義なものであるため、反論など一切起きない。


「それでは、時間については調整して……」


 ファナティがそう言おうとしたときだった。


「なんだ? 入口が騒がしいな」


 パーティー会場の入り口で女性が騒ぐ甲高い声と、それを窘める男性の怒声が聞こえてきた。


 会場中がその騒ぎに気付いており、皆が会場入り口の扉に注目していた。


「おい、君。これは一体なんの騒ぎだ?」

「は! 確認してまいります!」


 ファナティは近くにいたスタッフに声をかけると、スタッフは確認するために入口に向かって行った。


 そして、様子を確認して帰ってくると、その表情は非常に困惑していた。


「なんだったのだ?」


 ファナティがそう訊ねると、スタッフは、ファナティの後ろに控える政府高官のうちの一人に視線を向けた。


「む? 私がどうかしたか?」


 その男性がスタッフに問いかけると、スタッフは非常に言いにくそうに口を開いた。


「それが、その……受付で女性が「自分はザラン財務大臣の娘で、招待されているのに入場できないのはおかしい」と暴れておりまして……」

「なっ!?」


 スタッフがそう言うと、ザラン財務大臣と呼ばれた男性は、目を見開いて驚愕した。


「あのバカ娘がっ!? 今日のパーティーに出席するのは禁じたはずなのに! 言いつけを守らなかったのか!!」


 ザラン財務大臣はそう叫ぶと、ファナティとシンに頭を下げ「私が対処します」と言って入口に向かった。


 その対応でなにがあったのか察したシンは、一応ファナティに確認することにした。


「えっと、もしかして、ホテルでの一件を聞きました?」


 シンの問いに、ファナティは小さく息を吐いてから答えた。


「ええ。カサールから話を聞きましてね。あのホテルには外国からの賓客が宿泊しているから重々気を付けるように言っていたにも関わらず、明らかに外国人であるシルベスタ様やオクタヴィア王女殿下に暴言を吐くなどあってはならないことですから、招待者名簿から削除しましたし、ザラン……先ほどの財務大臣ですが、彼からも伝えていたのです」


 にも関わらず、あの娘は会場に来て、名簿から抹消されているので会場に入れずに暴れだしたと。


「なるほど。中々個性的な娘さんなようですね」


 シンがそう言うと、ファナティは深い深い溜め息を吐いた。


「まったく……我が国には、優秀で有望な人材が多数いるのです。にも関わらず、皆さま方に接触するのは問題を起こす人間ばかり……私は呪われているのかと思ってしまいますね」


 過激派が王女を襲い、学生同士で揉め事を起こし、大臣の娘が失礼を働く。


 なんでこんなに立て続けに面倒ばかりが起きるのだと、ファナティは大統領という立場にいるにも関わらず泣きたくなってきた。


 そうこうしているうちに、入口の騒動はザラン財務大臣が到着したことで、より一層激しさを増した。


 娘をなじる父の声と、それに激しく反論する娘の声が、会場内に駄々洩れである。


 ホテルでの当事者であるシルベスタとオクタヴィアも、声の主と言い合いの内容から、シルベスタに絡んできた女性が出禁をくらって、それに納得できずに騒いでいるのだと理解できた。


「ああいう人って、どこにでもいますのね」

「人間の本質は、どの国でも一緒ってことじゃない?」


 オクタヴィアとシルベスタが呑気にそんなことを話していると「おい! 待て!」という男性の焦った声のあとに、入口の扉が『バーン!』という激しい音と共に開き、女性が会場に入ってきた。


 入ってきた女性は、綺麗なドレスを身に纏っているものの、激しい言い争いをしたあとに強行突破をしてきたからか、髪は乱れ、汗だくで化粧も崩れ呼吸も荒いため、見ているものに恐怖を与えた。


 そんな女性がギョロギョロと視線を巡らせると、シルベスタとオクタヴィアのところで視線を固定させ、目を見開いた。


「お、お前えっ!!」


 その女性が一直線に二人の元に走ってくる。


「私は! 大臣の娘なのよっ! その私が! なんでこんな扱いを受けなきゃいけないのよっ!!」


 そう叫びながら、二人のうちオクタヴィアに向かって突進していく。


 その異様な容姿と様子に一瞬呆気にとられた会場の護衛は、動き出しが遅れてしまった。


 その結果、女性を二人のもとに辿り着かせてしまったのだが……。


「おっと」

「ぐえっ!」


 女性がオクタヴィアに到達する前に、シルベスタが女性の腕を掴み足をかけると、面白いように空中で一回転し、そのまま地面に背中から落ちた。


 その様子は、まるで前方宙返りをしようとして失敗し、背中から落ちたような恰好だ。


 武術の心得などなさそうな女性は当然受け身など取れず、まともにダメージを喰らってしまった。


 倒れて動けなくなった女性に護衛たちが群がり、あっという間に拘束していく。


「オクタヴィア王女殿下に対する暴行未遂の現行犯で逮捕する!!」


 拘束した護衛のその台詞により、女性は、自分が襲おうとした人物がアールスハイドの王女であることにようやく気付いた。


「あ、あ……」


 半回転して身体を打ち付けた身体的衝撃と、自分が襲おうとした人物が想像以上のVIPだった精神的衝撃が合わさり、女性は白目を剥いて失神してしまった。


 あまりの出来事に会場中が呆然とする中、ザラン財務大臣がシンのもとに全力でかけつけ、そのままシンに向かって土下座を行った。


「誠に申し訳ございません!! あのバカ娘には厳罰を与えますので! どうか! どうかお怒りをお鎮め下さいませ!!」


 脂汗を搔き、震えながら土下座をするザラン財務大臣。


 そんなザラン財務大臣を見ながらシンは小さく息を吐くと、先ほど襲われたばかりのシルベスタとオクタヴィアに声をかけた。


「おーい、シルバー、ヴィアちゃん。あの人どうする?」


 シンがそう訊ねると、シルベスタとオクタヴィアは互いに顔を見合わせたあと、小さく頷きあった。


「ヴィアちゃんに任せるよ」

「そうですわね。そちらの方は抑えようとしてくださったようですし、当人の処罰だけで構いませんわ」

「ということなので、申し訳ありませんが娘さんを許すわけにはいきませんが、このことで両国の関係にこれ以上の溝を作るつもりはありません」


 シンがオクタヴィアの判断を受けてそう言うと、ザラン財務大臣はますます深く頭を下げた。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「さあ、いつまでもそんな恰好をしていないで、立ち上がってください。このままだと、会場の空気最悪ですよ」

「は、はい……」


 シンに促され、よろよろと立ち上がるザラン財務大臣。


 当事者を処罰すれば、これ以上のお咎めはないと言われても、気にしないわけにはいかない。


 ファナティは、ますますヨーデンの立場が弱くなったことに、自分も気を失って現実逃避をしたくなったのだった。


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