第59話 歓迎パーティの開始と顔合わせ

 ラティナさんのお兄さんがパーティー会場の扉を開けると、会場全体で拍手が起こった。


 まあ、ヨーデンはアールスハイドに対して問題を起こした方の国だけど、敵対したいわけじゃなく、むしろ仲良くしたい国だからね。


 むしろ、問題を起こしてしまった手前、なんとしてもその失点を挽回したいのだろう。


 会場に集まっている人たちの視線が好意的だ。


 若干、怯えが入っている視線も混じっているけどね。


 パパのことは使節団から報告が入っているだろうし、私たちはヨーデンの人たちが使えない広範囲攻撃魔法が使える。


 あまり恐怖心を煽らないように気を付けないとね。


 なので私たちは、歓迎の拍手をしてくれる人たちに笑顔を見せて会場を歩いていく。


 すると、周りを警護の人に守られたおじさんが私たちに近付いてきて、にこやかにパパと握手をした。


「先ほどぶりですなシン殿」

「歓迎ありがとうございます、ファナティ大統領」


 大統領ってファナティさんって言うんだ。


 日中に大統領からの謝罪があったそうだけど、さっきの今でこんなににこやかに談笑できるもんかな?


 それとも、無理してるんだろうか?


 そんなことを考えている間も、パパと大統領の話は続いていた。


「先ほどから、会場中が良い匂いに包まれていますね」

「ははは。我が国最高の料理人が腕によりをかけて用意したヨーデン料理です。アールスハイドの皆様のお口に合えばよろしいのですが」

「そうですね。では、育ち盛りの子供たちは待ちきれない様子ですので、そろそろ始めましょうか」

「そうですな」


 握手を解いた大統領は近くにいた給仕の人から飲み物の入ったグラスを受け取った。


「お集まりの皆様、グラスを手にお取りください」


 その号令で、会場にいた人たちが一斉にグラスを手に取る。


 私たちも給仕の人からグラスを渡された。


 私たちは、アールスハイドの法律では成人しているのでお酒も飲めるのだけど、ママからの指示でお酒は禁止されている。


 飲める、と言っても慣れてはいないし、こんな国賓級の扱いをされるパーティーで酔っ払って醜態を晒す危険性は避けないといけない。


 と、こんこんと諭された。


 というわけで、私たち学生はジュースだ。


 グラスに入っているジュースは濃いオレンジ色で、これも美味しそうな甘い匂いをしている。


 うぅ、早く飲みたい。


「今日、我々は素晴らしい客人を迎えることができた。過去、我々の祖先が避難してきた大陸にある国、アールスハイド王国は私たちよりも高度に魔法文明が発達している。このアールスハイド王国交流は我がヨーデンのさらなる発展に寄与するものと私は確信している。そんなアールスハイドからの使者をヨーデンの歴史上初めて迎えることができたことに感謝を込めて……乾杯!」


『乾杯!!』


 大統領の乾杯の音頭でパーティーが始まった。


 早速手に取ったグラスの中身を飲む。


「! うわっ! 美味しい!」


 口にしたジュースは、甘みが強く酸味は少ししかない、滅茶苦茶美味しいジュースだった。


「ラ、ラティナさん! こ、これ! 滅茶苦茶美味しいんですけど!!」


 私はメッチャ興奮していたんだけど、興奮していたのは私だけじゃなくて、王女様であるヴィアちゃんも感動していた。


「こんな美味しいジュースは初めて飲みましたわ。これは、なんという果物ですの?」


 大国の王女様の舌を唸らせるなんて、チョコレートといいヨーデン最高かよ。


「ああ、これはマンゴーという果物ですね。これはジュースにしてありますが、果肉も美味しいんですよ」

「そうなの!? どこ!? そのまんごーの果肉はどこにあるの!?」


 ジュースでこんなに美味しいなら果肉はもっと美味しいに違いない。


 そう思って料理の乗っているテーブルを探しに行こうとするが、ラティナさんに止められた。


「まあまあ、落ち着いて下さい。マンゴーはヨーデンでは沢山採れますから無くなったりしません。それより、先にお料理を口にして、最後にデザートとして食べるのはいかがですか?」

「あ、そうだね」


 マンゴージュースの衝撃で料理のことをすっかり忘れていた。


 さっき会場の外にまで漂って来ていたヨーデン料理の匂い。


 そんな良い匂いを放つ料理、一体どんな味がするのか?


 私は、まず近くにあった肉料理に手を伸ばした。


 鶏肉かな?


 こんがりと付いた焼き色と良い匂いが食欲をそそる。


「はむ」


 その鶏肉料理を口にした瞬間、私の頭の中で電流が走った。


「うまーっ! ナニコレ!? うまーっ!」


 あまりの美味しさに思わず大きな声で叫んでしまった。


「ちょ、ちょ、これ、メッチャ旨くない!?」


 この感動を分かち合いたくて、近くにいたマックスに同意を求める。


 するとマックスは、私と同じ鶏肉料理を口にしたあと、目を見開いて固まっていた。


「これは……こんなに大量のスパイスを使った料理は初めて食べた……それなのに刺激だけじゃなく深い旨味がある。凄いな……」


 マックス、あんた、鍛冶師になるんじゃないの? 目と感想が料理人のそれだよ。


 あまりにも真剣な様子のマックスに、興奮して爆上がりにたテンションが落ち着いてしまった。


 なんか自分の世界に入っちゃってるし、もう一口食べよ。うまー。


「ふふ。凄いですねマックス君。一口食べただけでそんなに分析できるんですか?」


 ラティナさんがマックスを褒めてるけど、それって鍛冶師と魔道具師を目指している人間に向ける賛辞じゃないよね?


 そんなこと言われてもマックスは……。


「え? ああ……爺ちゃんの店でも香辛料は使うんだ。でも、高価なんでこんな贅沢な使い方はできない。だから感動してしまって」

「そうなんですね。ヨーデンでは香辛料は割と普通の調味料ですね。種類も沢山あって、その配合が家庭の味になっているんです」

「そんなに一般的なのか……これも交易で沢山入ってきたら、アールスハイドの食事事情が一変するかもしれないな」

「そうなると、ヨーデンとアールスハイドの交流は増々深くなりますね」

「だね」


 ……あ、あれ?


 なんかマックス、普通に喜んでない?


 っていうか、 マックスは将来、ビーン工房を継ぐんだよね? 石釜亭の方じゃないよね?


 仲良く談笑している二人を見ていると、また胸がモヤモヤしていると、私たちに話しかけてきた一団がいた。


「カサール。彼らを紹介してくれないか?」


 声をかけてきたのは、ラティナさんと同じような浅黒い肌をした背が高く、ちょっとぽっちゃりした男性で、その後ろにも数人の男女がいる。。


 声をかけてきた男性は二十代後半くらいかな? その後ろの人たちは私たちと同い年くらい。ということは彼らが……。


「ああ、久しぶりです先生。ミーニョ先生、彼らがヨーデン魔法学院の先生と生徒たちです」


 やっぱり、後ろにいる彼らが今回私たちが留学する先の生徒さんたちなんだ。


「やあ、今回は無理を言ったようで申し訳ない。私は彼らの担任でミーニョです。よろしく」

「私は学院の教師でマヒーナです。噂に聞くアールスハイドの生徒さんたちを受け入れることは栄誉になるので、どうぞお気になさらず」

「そう言ってもらえると助かります」


 まずは責任者の大人同士の挨拶から。


 このあと自己紹介する流れなのかな?


 と思っていたら、後ろに控えていた生徒の内、男子が一人こちらに歩み寄ってきた。


 まあまあ顔立ちの整っているイケメン君だ。


 その彼は、私たちの前……というより、ヴィアちゃんの前に来ると、フッと微笑んだ。


「初めまして。私はカフーナ=ポンスと言います。美しいお嬢さん、貴女のお名前は?」


 側にいる私たちを無視して、ヴィアちゃんにだけ話しかけた。


 まあ、ヴィアちゃんは王女様だし、私たちと同じような服を着ていても滲み出る高貴さは隠しきれてないけどさあ。


 私たちを無視するのは印象悪いよ?


 ヴィアちゃんもそう思ったみたいで、笑顔ではいるけど目が笑っていない。


「オクタヴィアと申します。よろしくポンスさん」

「はは。私のことはカフーナと呼んでください。貴女のことはヴィアと呼んでも?」


 うわ、なんて馴れ馴れしい男なんだコイツ。


 私たちが呆れた目でポンス君とやらを見ていると、ヴィアちゃんはニッコリ笑って言った。


「お断りしますわ、ポンスさん」

「なっ!?」


 ファーストネームで呼んでもらうことも、愛称で呼ぶことも拒否されたポンス君は、信じられないといった顔をしてヴィアちゃんを見た。


「は、はは、どうやら緊張なさっている様子だね。僕たちは君たちと一緒に学ぶのだから親睦を深めるのは有効だと思うのだけど?」

「確かに、親睦を深めるのは大事ですわ。ですが、それと呼び名に関係はありませんわよね?」

「いや、しかし!」


 ヴィアちゃんが明確に拒否しているにも関わらず食い下がるポンス君。


 まあ、こんな美少女には滅多にお目にかかれないからね。


 必死になるのは分かるけど、拒否していることに食い下がると印象が悪いよ?


「そもそも、なぜそんなに呼び名に拘るのですか? 今回の留学の目的は技術交流のはず。親密になる必要性を感じません」

「いや、それは……」

「ちょっと! なんなのよアンタ! カフーナ君が親睦を深めようって言ってるのに、なにが不満なのよ!」


 ヴィアちゃんの追求にポンス君がしどろもどろになっていると、後ろから女生徒が口を挟んできた。


「貴女は?」

「私も今回の選抜メンバーの一人よ!」

「そうですか。私はオクタヴィアと申します」

「え、あ、イ、イリス。イリス=ワヒナよ」

「イリスさんですね。よろしくお願いします。私のことはヴィアと呼んでください」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕のことを拒否したのに、なぜイリスの名前は呼ぶし愛称で呼ばせるんだ!?」


 ポンス君がそう叫んだので、ヴィアちゃんはキョトンとした顔をしている。


「なぜって、イリスさんは女性で、ポンスさんは男性ですから」

「な、なんだそれ!? き、君は性別で差別するのかい!?」


 自分を蔑ろにされたからか、イリスさんという女生徒に負けたの思ったからか、今度はヴィアちゃんを窘めるような口調になった。


「そういう意図はありません。私には婚約者がいますので、男性との関係に誤解を生まないように距離を取っているのですわ」

『!?』


 ヴィアちゃんの言い放った「婚約者」という言葉に、ヨーデンの生徒たちが驚愕したのが分かった。


 ヨーデンって貴族とかいないから、学生の頃から婚約者がいるとか理解できないんだろう。


「え? え? ヴィアさんって、婚約者いるの!?」

「ええ。とても素敵な方ですのよ」


 さっきまでの攻撃的な態度から一転、イリスさんは興味津々にヴィアちゃんに話しかけていた。


 もしかしたら、ポンス君を巡ってのライバルになるかもって牽制していたのが、そうじゃないって分かって敵意が消えたのかも。


 ヴィアちゃんとイリスさんが早速友好を深めていると、ポンス君はしばし呆然としたあと、なにか納得した顔になった。


「なるほど、政略結婚か。好きでもない相手と結婚させられるだなんて、なんと可哀想な人なんだ」


 ……はあ?


 コイツ、なに言ってんの?


 さっきヴィアちゃんが「素敵な方」って言ったの聞いてなかったのか?


「そんなものに従う必要なんてないよ! 僕なら君を幸せにしてあげられる! だからヴィア! 僕の手を取って!!」

「勝手に愛称で呼ばないでください。不愉快です」


 跪いてヴィアちゃんに向かって手を伸ばすポンス君を、即答で振るヴィアちゃん。


 なんだろう。笑っちゃいけないのに、あまりにも滑稽すぎて笑いが抑えきれない。


 私たちアールスハイド組が笑いを堪えているのと対照的に、ヨーデン組はとても恥ずかしそうにしている。


「ちょ、ちょっとカフーナ君。さっきのヴィアさんの言葉聞いてなかったの? 素敵な方って言ってたじゃない。政略結婚でもちゃんと想い合っているのよ!」


 さっきまでカフーナ君側だったイリスさんも、さすがに恥ずかしいと思ったのかポンス君を窘める。


 が、イリスさんの認識にはちょっと誤解がある。


「まあ、政略結婚だけど想い合っているのではなくて、想い合っているから婚約したんですけどもね」

「え!? そうなの!?」


 ヴィアちゃんの言葉に、増々盛り上がるイリスさんとヨーデンの女子生徒たちと、ヴィアちゃんにすでにお相手がいるということで若干落胆している様子の男子生徒たち、そして、跪いたまま固まっているポンス君。


 カオスだ。


「えーっと、イリスさん? 私はシャルロット=ウォルフォードです。私たちのこともよろしくね」


 このおかしな空気をなんとかしようと、自己紹介をしつつヴィアちゃんたちの会話に加わった。


「あ、ご、ごめんなさい。イリス=ワヒナよ、よろしくねシャルロットさん」

「シャルでいいよ、イリスさん」


 私が挨拶をしたのを皮切りに、次々と挨拶を交わしていくアールスハイド組とヨーデン組。


 最初はどうなることかと思ったけど、いい雰囲気になりそうで良かった。


 ……んだけど。


「えっと、ポンス君、だっけ? 彼、あのままにしておいていいの?」


 片膝をついたまま項垂れているポンス君に気付いたマックスが、イリスさんにそう訊ねた。


 イリスさんはポンス君を見ると、呆れた人を見る目になった。


 あれ? 変わり身早くない?


「彼、学院で一番優秀で格好良かったから憧れてたんだけどなあ……あんな残念な人だったなんて知らなかったよ」

「ああ。いきなりヴィアちゃんを愛称呼びしようとしてたもんな。ウチの国じゃ考えられないよ」


 マックスがそう言った瞬間、項垂れていたポンス君がガバッと起き、マックスに詰め寄ってきた。


「お、お、お前がヴィアさんの婚約者だったのか!!」


 そして、全く的外れなことを言ってきた。


「こ、こんな冴えない奴が!? ヴィアさん! 今からでも遅くない! 考え直したほうがいい!!」

「愛称で呼ばないでくださいと、何度言えば分かるのですか? それに、マックスは婚約者ではありません」


 マックスが冴えない奴だって。


 中等学院時代とか結構モテてたのに、ポンス君には自分より劣ってると見えるんだろうなあ。


 なにをもって劣っている認定しているのか知らないけど。


 またしてもヴィアちゃんに速攻で拒否られたポンス君は、なんか顔を真っ赤にして怒っている。


 なんで?


「はあっ!? 婚約者がいるからファーストネーム呼びも愛称呼びもしないって言ってただろうが! ならコイツはなんなんだよ!」


 ああ、それで怒ってるのか。


 こいつらはいいのに、自分はだめなのかと。


「マックスとシャル、レインは生まれたときからの幼馴染みですわ。それは周囲の人間全てが知っていることですし、問題ありません」

「な、なら! 他の奴は!?」


 ポンス君はそう言うと、ハリー君やデビット君に視線を向けた。


「で、殿下を愛称呼びなど! 畏れ多くてできるか!!」

「そうだよ! 名前呼びすらしたことないよ!!」


 視線を向けられたハリー君とデビット君は、高速で首を横に振りながら否定した。


「そうそう、私ら女子だって殿下のこと名前呼びしたことないよ」

「畏れ多いですよね」


 それに追随するように、デビーとレティも賛同する。


 ヴィアちゃんと愛称呼びするのは私たちだけという認識をヨーデンに伝えられた、と思っていたのだけど、ヨーデン組の態度がおかしい。


 なんか、固まってる?


「ね、ねえ、ラティナ」

「なに? イリス」

「今、あの人たち、ヴィアさんのこと「殿下」って……」


 あ、そういえば、さっきもヴィアちゃんファーストネームしか名乗ってないや。


 ラティナさんがヴィアちゃんに視線を向けると、ヴィアちゃんはコクリと頷いた。


「ええ、そうよ。この方はオクタヴィア王女殿下。アールスハイド王国第一王女様なの」


 そう言った瞬間、ヨーデン組が一斉に跪いた。


「お、お、王女殿下でしたか! そうとは知らず! ご無礼を致しました!!」


 そう言って深々と頭を下げるのはイリスさん。


 どうでもいいけど、スカートで跪くとパンツ見えるよ?


 ヴィアちゃんもそう思ったのか、跪いているヨーデン組に立つように言った。


「皆さんお立ちになって。そもそも、私はファーストネームしか名乗っていないのですから無礼もなにもありはしませんよ。それより、このことが原因で遠慮されることの方が悲しいです」

「で、殿下……」

「ですから、さっきまでのように接して下さいませ。ね? イリスさん」

「は、はい! ありがとうございます!」


 わあ、イリスさん速攻でヴィアちゃんに堕ちちゃったよ。


 そういえば、オーグおじさんもこういうの得意だって言ってたし、王族の人心掌握スキル、凄いな。


「お、王女……」


 ん? ポンス君の様子がおかしい。


 他のヨーデン組と違って跪いてないし、なんかボーッとしていたかと思うと、なんかニヤニヤしだした。


 気持ち悪……。


「や、やっぱり君は僕と……」

「シャル、ヴィアちゃん、これは一体どういう状況?」


 ポンス君の様子を警戒していると、後ろから声を掛けられた。


「あ、お兄ちゃん」

「なんで、ヨーデンの子たちが跪いてるの?」


 こんだけ人がいる会場で跪いている集団がいたら、そりゃ気になるか。


 周りも、一体何事か? という顔でこちらを見ている。


「ヴィアちゃんが王女様だってバレちゃったから」

「ああ、そういうこと」


 この異様な状況を簡潔に説明すると、お兄ちゃんは納得した表情になってまだ跪いているヨーデン組を見ていたのだけど……。


 お兄ちゃんが登場して、あの子が黙っているはずがない。


「シルバー様!」


 さっきまでヨーデン組を跪かせ、優しい笑みと言葉をかけていたヴィアちゃんが、その表情を輝かせお兄ちゃんに飛び付いた。


「おっと。飛び付くのははしたないよ、ヴィアちゃん」

「だってシルバー様、私を放って他の人と話しに行ってしまわれたのですもの」


 ヴィアちゃんはそう言うと、プクッと頬を膨らませた。


 さっきまでの威厳はどこに行った?


 ほら、ヨーデン組の人たちも唖然としてるよ。


「あ、あの、ヴィアさん」

「はい?」

「えっと、その方が?」


 イリスさんはそこまでしか言わなかったけど、なにを言いたいかは私にも分かった。


 ヴィアちゃんは満面の笑みを浮かべると、お兄ちゃんの腕にしがみつきながらイリスさんの質問に答えた。


「ええ。この方が私の婚約者。シルベスタ=ウォルフォード様ですわ」


 お兄ちゃんの腕を両手で抱き締め、スリスリと頬ずりをするヴィアちゃん。


 だから威厳!


 ヨーデン組に呆気に取られているから!


 そう思っていたのだけど、ヨーデン組の、特に女子の様子がおかしい。


「イリスさん?」

「え!? あ、あの……」


 イリスさんに話しかけると、イリスさんは慌てて立ち上がったのだけど……その顔が真っ赤になっていた。


「ど、どうしたの!?」

「い、いえ、なんでも……それより、その、さっきシルベスタ様のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたと思うんだけど……」

「うん。私のお兄ちゃんだよ」

「そ、そうなんですね……」


 イリスさんはそう言うと、赤い顔をしながらも切なそうな顔になった。


 なに?


「……こんな格好いい方、生まれて初めてみたわ」


 あ、そっち!?


 ヨーデン組は、お兄ちゃんに驚いてたの!?


 よくよく見ると、ヨーデン組の女子はお兄ちゃんを見て熱に浮かされたような顔をしているし、男子は悔しそうで妬ましそうな顔をしている。


 ヴィアちゃんも、そんなヨーデン組の様子を見たのか、お兄ちゃんと腕を組みながらドヤ顔をしている。


 ……自慢したくてしょうがないんだろうなあ。


 あ、そういえば、ポンス君は?


 そう思って彼を見てみると……お兄ちゃんを見て、愕然とした顔をして固まっていた。


 まあ、大体の男子はお兄ちゃんを見ると自身喪失するよね。


 そんな人は今まで沢山見てきたよ。


 まあ、これでヴィアちゃんにウザ絡みしてくる輩はいなくなるかな?


 そう思っていると、イリスさんが溜め息を吐いた。


「とても素敵な方だけど……ヴィアさんには勝てないわね……」


 そう言うイリスさんに賛同するように、他の女子たちも溜め息を吐いた。


 そんなイリスさんの肩を、デビーとレティがポンと叩いた。


「「気持ちは分かる」」

『はぁ……』


 こうして、アールスハイド組とヨーデン組がいる場所は、溜め息で満たされたのであった。


 ……いや、アンタたち、なにしに来てんのよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る