第58話 男の料理と胸の痛み
慌ただしくパーティーの準備を終えた私たちは、ホテルから送迎の馬車に乗って会場に向かっていた。
「そういえば、馬車なんて久しぶりに乗ったね」
アールスハイドでは……というか北大陸(今後アールスハイドがある大陸を北大陸、ヨーデンがある大陸を南大陸と呼ぶそうだ)では、もう馬車はあまり走っていない。
ほとんどが魔導車に置き換わり、馬車は観光用などで少し残っている程度。
ずっと王都で生活している私は王都観光なんてしないので、まだ魔導車が一般的でなかった初等学院以来、馬車には乗っていない。
昔はこれが普通だったんだなあと、そんなことを思いながら車に比べてゆっくり進む馬車の窓から外を見ていた。
「私はそんなに離れていないつもりでしたが……少しの間に魔導車に慣れてしまったようです。随分ゆっくりに感じますね」
同じ馬車に同乗していたラティナさんも、私の意見に賛同してくれた。
そんな会話をしながら馬車の外を見ていたのだけど、私はあることに気が付いた。
「ねえ、パパ」
「うん?」
「ヨーデンって、なんか暗くない?」
私がそう言うと、パパはニヤッと口角を上げた。
「へえ、気付いたか」
ニヤニヤしながらそう言うのがムカついたので、隣に座っているパパの足を踏んでおいた。
「痛っ!」
「そんくらい気付くわよ! パパの意地悪!」
そう言って「フン」とそっぽを向くと、パパが私を宥めるように頭を撫でてきた。
ふ、ふん。そんなことで誤魔化されないんだからね!
「街灯の種類と数が違うから、しょうがないのさ」
パパは、撫でていた私の頭から手を離すと、そう言って解説を始めた。
あれ? もう終わり?
「街灯?」
「ああ。ここの街灯は、お店なんかの軒先にあるランプだけだろう?」
「うん」
「でも、アールスハイドじゃあ道路沿いに等間隔で魔導ランプが設置されてるだろ」
パパにそう言われて王都の街並みを思い出す。
「そういえばそうだね」
「ここの灯りは、多分オイルランプじゃないかな?」
「はい。そうです」
パパの質問に、ラティナさんが答える。
「だろ? それがお店の数しか設置されてない。けど、魔導ランプはオイルランプより明かりが強い。それに、道路沿いに等間隔に設置されているから数も多い。だから、アールスハイドの方が明るく感じるのさ」
「あ、そういうことか」
「実際、アールスハイドでも、魔導ランプを消せばこれくらいの暗さだぞ」
「「へえ」」
パパの説明に、私だけじゃなくラティナさんも同じように感心していた。
「シャルさんの何気ない質問にこんな的確に返事ができるなんて、シン様は凄いですね」
ラティナさんからの称賛に、パパとママは顔を見合わせて苦笑した。
「いや、俺たちが高等学院生だった頃は王都もこんな感じだったからさ。魔石が格安で流通するようになって魔導ランプが王都中に設置されたとき、その明るさに皆感動した覚えがあるんだよ」
ああ、パパの実体験だったか。
「そうなんですね。それでは、アールスハイドから魔石や魔道具などの技術を取り入れられれば、この街ももっと明るくなるのですね」
もう一人の同乗者、ラティナさんのお兄さんが、今後アールスハイドとの交易で齎されるであろう未来に思いを馳せ……その後肩を落とした。
まあ、本当だったら、もっと対等な立場で交易できてただろうしねえ。
今は落ち込んでいるけど、内心は襲撃者たちに対して怒り心頭だろうな。
ちょっと微妙な空気になってしまったので、雰囲気を変えるためにラティナさんのお兄さんに今日のパーティーについて聞いてみることにした。
「今日のパーティーって、どんな人が集まるんですか?」
ヨーデン政府が催してくれる歓迎パーティー。
これだけ聞くと、国のお偉いさんばっかりなんだろうか?
そうなると嫌だなあ。
国の偉い人ってことは、年上のおじさんとかおばさんばっかりでしょ?
そういう集まりって退屈なんだよなあ。
そんな心配をしていると、ラティナさんのお兄さんから嬉しい情報が出てきた。
「ああ、政府のお偉いさんも来るけど、折角君たちが参加するんだ、学院の生徒たちにも召集をかけたから、一緒に顔合わせもできるよ」
「あ、そうなんですね。良かったです」
どうやら、私たちがお世話になる学院の生徒さんたちも来てくれるらしい。
そこで顔合わせも一緒にするみたいなのでとても楽しみだ。
でも、ちょっと待って。
「あの、すみません。すっかり忘れてたんですけど、こちらの生徒さんも夏季休暇中ですよね? もしかして、私たちのために態々休暇中に出てきてくれるんですか?」
私たちは、夏季休暇中の研修の一環として留学してきているけど、受け入れ先のヨーデンの学生たちは、休暇中に私たちのために呼び出されたってことだよね?
それってヤバくない?
今更だけど反感持たれてないかな?
と、本当に今更な心配をしていると、ラティナさんのお兄さんが笑いながら否定してくれた。
「いやいや、皆北大陸の文化に興味津々だからね。今回、留学生が来るから一緒に学べる学生を募集したら沢山来たんだよ。だから、気にする必要はないよ」
「あ、そうなんですか。それは良かったです」
反感を持たれていないのなら良かった。
ん? でも、興味津々ってことは、あれやこれやと聞かれたりするんだろうか?
まあ、無理を言っているのはこちらだし、それくらいは協力しないといけないよね。
そんな感じで、馬車内の空気が元に戻った頃、馬車がパーティー会場に到着した。
複数の馬車に分乗してきていたのだが、他の馬車も問題なく到着したようで皆でパーティー会場前に集合した。
パーティーの会場は、パパたちが昼間も来ていた大統領府で、そこのレセプションホールを使って行うとのこと。
わぉ。大統領府でパーティーとか、マジで国賓扱いじゃね?
今更だけど緊張してきた。
「では皆さん、私が案内しますので後に着いてきてください」
そう言って先導してくれるラティナさんのお兄さん。
案内図とか見ないで案内できるってことは、大統領府に入り慣れているってことなのかな?
オーグおじさんの前で縮こまってたり、私たちに腰の低い態度を取っている姿しか見ていなかったけど、ラティナさんのお兄さんって、もしかしてエリートなんだろうか?
そんなラティナさんのお兄さんに着いて行くと、なんだかいい匂いがしてきた。
「うわぁ、なんだろう? すっごくお腹が空く匂いがする」
「本当だ。今日出る料理の匂いかな?」
マックスも私と一緒で、匂いの素が気になる見たい。
「なんの匂いだろ? 香辛料だとは思うけど、複雑すぎて分からないな」
匂いを嗅ぎながら、どんな料理なのか推測しようとしているマックス。
アンタ、鍛冶師になるんじゃないの?
なんで料理人みたいな真似してんのよ。
「ふふ、やっぱりオリビアさんの息子さんね。お料理が気になる?」
ママも同じことを思ったようで、クスクス笑いながらマックスに訊ねてきた。
「え? あー、まあ、気になるっちゃ気になるかな? 料理が趣味みたいな感じだし」
マックスがそう言うと、デビー、レティ、ラティナさんが「え?」って顔をした。
「ええ? そうなの? 私は、てっきり物づくりが趣味なのかと思ってた」
「私も」
普段から、男子を自分ちに誘って自分の創作物を見せたりしてるみたいだし、そう思われても仕方ないかな。
「マックスは料理上手ですわよ?」
「やはり、手先が器用だからかしら? 私たちが作ったものより美味しかったのは悔しいですけど」
昔からマックスのことを知っているヴィアちゃんとアリーシャちゃんが、マックスの料理について肯定してきた。
アリーシャちゃんの言う自分たちが作ったもの、というのは、昔ヴァネッサデーで手作りのお菓子を作ったときのことだ。
どうしてもレインに手作りのお菓子を作ってあげたいというので、私とヴィアちゃんも一緒に挑戦したんだけど……。
「は、はは。二人は王女様と伯爵令嬢なんだから、料理なんてしたことないだろ? そりゃしょうがないって」
マックスの顔が、未だに引きつくほど二人の料理スキルは壊滅的だったのだ。
私?
私は平民だし、昔から厨房にはよく出入りしてたから、普通に料理とか習ってたよ。
なんか、昔ママがパパに料理を作ってあげようとして、ヴィアちゃんたちと同じような失敗をしたって聞いてたから、練習できるときには練習しときなさいって言われてたしね。
あのお菓子を食べさせられたときのマックスとレインの様子は、今思い出しても笑える。
「アリーシャの料理は、大分上達してる。もう美味しい」
「……もうということは、昔はそうではなかったと?」
「あれは、お世辞にも美味しいとは言えない」
「ぐっ……まあ、確かに自分でも思いますけど……」
「今が上達してるなら問題ない。オカンの料理より繊細にできてる」
「……まあ、お義母様は元騎士ですから……」
わあ、アリーシャちゃんメッチャ言葉選んだな。
まあ、クリスおばさんの料理はちゃんと美味しいんだけど、元騎士だからか肉マシマシ料理なんだよね。
ちなみに、レインもあんなこと言ってるけど、クリスおばさんの料理は大好きだ。
アリーシャちゃんを元気付けるために、態と引き合いに出したんだろうな。
と、そのとき、今の今まで空気になっていた人物が近寄ってきた。
「ビーン、ちょっといいか?」
「ミーニョ先生? どうしました?」
今回の引率である我らの担任ミーニョ先生だ。
今まではパパがいるから引率を任せて空気に徹していたのに、料理の話になったら会話に参加してきた。
「あ、もしかして、ミーニョ先生も料理が趣味とか?」
「いや、逆だ。全くできないから教えてもらえないかと思ってな」
ああ、マックスの趣味が料理だと知って近寄ってきたのか。
「毎食外食だと出費も馬鹿にならなくてな。自炊を覚えたいのだが、教えてくれる人がいなかったんだ」
「ええ? 先生なら教えてくれる女の人とかいなかったの?」
マックスの何気ない一言に、デビーがピクッと反応した。
そりゃ、気になるよね。
「残念ながら、そこまで親密になった女性はいなくてな。今さら親に頼るのも情けないし、頼まれてくれないか?」
「えーっと……」
引き受けようかどうしようか迷っているマックスがチラチラとこちらを見ている。
こちらってか、デビーか。
その視線を受けたデビーは、勢いよくミーニョ先生の前に飛び出した。
「だ、だったら先生! わ、私が教えてあげてもいいですよ!」
おお! デビー頑張った!
真っ赤な顔で必死にそう言うデビーだったが、ミーニョ先生は一瞬キョトンとしたあと、気まずそうな顔になった。
「いや、料理を教えてもらうとなると家に招かないといけないだろ? 女生徒を家に招くわけにはいかないぞ」
ガーン! という文字が後ろに幻視できるほど、デビーはショックを受けている。
まあ、そりゃそうだよね。
男性教諭の家に女子生徒が出入りしているとなると、どうしても不穏な噂が立つ。
最悪、ミーニョ先生が職と世間的な評価を失ってしまう。
肩を落としてトボトボと戻ってくるデビーを見て、私は内心(ヴィアちゃんの次はデビーかなあ?)と次の恋愛相談が起きそうな気配を感じていた。
結局、マックスはミーニョ先生の提案を受け入れ、休みの日に料理を教えに行くことになった。
マックスを見るデビーの目が、暗殺者みたいだったのが怖かったよ。
「マックス君……」
「ひっ! な、なに? デボラさん……」
「……ミーニョ先生の家に行ったら、女の影がないか調べてきて」
「ええ……なんで俺が……」
「調べてきて」
「はい! 分かりました!」
殺し屋みたいな目をしたデビーに逆らえなかったマックスは、ミーニョ先生の部屋のスパイもすることになったようだ。
「はは、お疲れ、マックス」
「はぁ……本当だよ。なんで俺がこんなこと……」
「だったら、先生の依頼も断わりゃよかったじゃん」
「いや、なんか切実そうだったから」
なんだかんだマックスもお人よしだねえ。
そんな話をしていると、ラティナさんが会話に加わってきた。
「マックス君は凄いですね。私、料理なんて全然できないです」
ラティナさんって、お兄さんもエリートだし、良いとこのお嬢様な感じがするよね。
それだと、料理とかできなくても恥ずかしいことじゃないと思うんだけど。
「まあ、俺は環境が大きいかな。ほら、母親の実家が有名な料理店だから」
「ああ、そういえば。あのお店の料理は美味しかったです」
そのときの味を思い出しているのか、ラティナさんが満面の笑みでそう答えた。
その笑顔を受けたマックスは、ほんのり頬を染めて視線をそらした。
ちく。
ん?
今の、なに?
「さて皆さん、ここがパーティ会場です。皆さん既に中で待っているので、このまま入りますよ」
なんか一瞬胸がモヤっとしたんだけど、その正体を知る前にラティナさんのお兄さんが会場への到着を知らせてきた。
なんだったんだろう、今の……。
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